44 / 56
入社6年目『ソツスキ〜』の那月目線
日々の攻防〜航平〜
しおりを挟む「今…なんか、国枝さん泣いてませんでした?」
「さぁ?目にゴミでも入ったんじゃない?」
原沢と藤川がヒソヒソと話すのを聞き流し、ゆっくりとした足取りで離れてゆく那月の後ろ姿を見つめる。
目があったのは…それ程の至近距離にて那月を見つめるのは、実に5年ぶりの事だった。
那月は、覚えていた頃よりも全体的にシャープになった気がした。
癖のない綺麗な黒い髪は、肩につかない程度に短くなり、パンツスーツと相まって中性的な雰囲気を醸し出している。
怜悧な表情は冴え冴えとして、まるで人形のようだ。
——目が、逸らせない。
昔から綺麗だと思っていたけど、こんなにも惹かれるのは…何故だろう。
視線を絡ませたまま、互いの出方を窺っていると
「野口さん、お久しぶりです。
こちら、総務の原沢さん。
原沢さん、こちら技術の野口さんです」
痺れを切らせたのか、藤川が割って入った。
「あ、初めまして。
原沢です、よろしくお願いします」
「どうも、野口です。よろしく」
まだ半分以上、那月に意識を奪われたまま頭を下げると、改めて彼女の方へ向き直る。
「な…」
名前で呼ぼうとしたのは、わざとではない。
けれど、断固とした口調でそれを遮った那月の目元は、確かに潤んでいた。
微かに強張った肩のラインと意識的な深呼吸からも、彼女の強がりが見て取れる。
——本当は、もっと話したかったんだけどな。
とはいえ、それは外野のいない時にゆっくりと。
そう思い直し、ゆるく頭を振って気持ちを切り替える。
* * *
矢野本部長の挨拶の後は、各自自己紹介。
そのまま今の売れ筋製品の改良から派生して、新型の製品を開発する所まで話が進んだ。
新しく俺の上司となったのは、今西 悠香。
女性だという事にも驚いたが、年齢を聞いてまた驚いた。
——俺より、下か。
別に男尊女卑の思想を持つわけでも、年上は無条件で尊重して敬えなどと、時代錯誤な事を言うつもりもない。
彼女には彼女なりの、抜擢された理由がある筈だから。
俺が本社に戻って早々、プロジェクトに選出されたのと同様に。
その理由はすぐにわかった。
昨年、東北でも…いや全国的にかなりの数を売り上げた新製品。
あれの開発担当が彼女だというのだ。
あのシンプルで無駄のないフォルム。
性能と強度をギリギリまで計算し、流れるようなラインに仕上げる技術。
悔しいが、あれを作ったのが彼女だというのなら、その下で働く事に何の異存もない。
キリの良いところで昼休憩となり、本部長を先頭に皆で親睦を深めるとの名目でランチに繰り出す。
——この辺も変わったな。
5年の間に、工場に隣接して新社屋が建ち本社の移転が完了していた。
その工場自体も建て替えと増築が終わり、見違える程綺麗になっている。
そんな事も含めて、那月と話がしたい。
…のだが、さっきから入れ替わり立ち替わりメンバーが話しかけにやってくる。
まぁ、これから先、一緒にやってくメンバーの事を知りたいと思うのは普通だよな。
コミニュケーションも大事だ。
それはわかる。
わかるんだが…。
結局、今日は1日那月と話が出来なかった。
もしかしなくとも…避けられてるのか?
気がつくと、すでに帰宅しているし。
那月に逃げられたので、仕方なく帰り支度を始めていると
「百聞は一見にしかず。まさにその通りでしたね」
後ろから聞き覚えのある声がかけられた。
「何だよ、それ」
振り向かなくても、もはや覚えてしまったその声は、案の定藤川のものだった。
「何回あなたの話をしても、表情を変えなかったナツが、一目あなたを見た瞬間に泣きそうな顔してたじゃないですか」
「…なぁ、あんたヒマなのか?」
ずいぶんな言い草だとは思う。
が、何が目的で俺の周りをうろちょろするのかわからない、自称「那月の親友」に辟易し始めているのも事実なので、ため息混じりにそう尋ねる。
すると、藤川は器用に片方だけ眉を跳ねあげた。
「まだなんか企んでいるのか?
…余計な事するなよ」
「何ですか?余計な事って」
食えない笑みを浮かべる藤川を、じっとり睨め付ける。
こういう口の減らない女に勝てた試しのない俺は、黙って肩を竦めた。
「まぁ、頑張って「アイスドール」を「国枝 那月」に戻してくださいよ。
ナツはあなたを避ける気満々のようですけど?」
「…アイス、ドール?」
聞き覚えのない単語に眉を顰めると、まるで内緒話をするように藤川はちょいちょいと手招きをした。
仕方ないので耳を寄せる。
「ナツの事です。
案外あのクールな感じが人気あるんですよ。
社内でも今西さんと人気を二分していて」
それは…とても、とてもおもしろくない情報だ。
だが、今の話の流れから察するに…
「もしかして、けしかけてんの?
だとしたら余計なお世話。
友達想いも大概にしとかないと、馬に蹴られるぜ」
「馬じゃなくて野口さんに、ですよね?
まぁ、蹴られるのは嫌なんでここはおとなしく退散しときます」
最後まで減らず口を叩いて、軽やかに去っていく藤川の背を複雑な思いで見送った。
——それにしても、アイスドールね。
確かにその表現は、今の那月にはピッタリだ。
…面白いじゃないか。
お人形さんがどこまで逃げ切れるか、試してやろうじゃないの。
那月が頑なに態度を崩さないのなら…。
俺を徹底的に避けるというのなら、こっちにも考えがある。
また1から那月との関係をスタートさせていくのも、アリかもしれない。
一度は離れたけど、だからと言って壊れた訳でも失くした訳でもないのだから。
2人で過ごした思い出も、その想いも。
こうして、那月と俺のすれ違いと追いかけっこの日々が始まったのだった。
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編
タニマリ
恋愛
野獣のような男と付き合い始めてから早5年。そんな彼からプロポーズをされ同棲生活を始めた。
私の仕事が忙しくて結婚式と入籍は保留になっていたのだが……
予定にはなかった大問題が起こってしまった。
本作品はシリーズの第二弾の作品ですが、この作品だけでもお読み頂けます。
15分あれば読めると思います。
この作品の続編あります♪
『ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編』
【R18】ドS上司とヤンデレイケメンに毎晩種付けされた結果、泥沼三角関係に堕ちました。
雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向けランキング31位、人気ランキング132位の記録達成※雪村里帆、性欲旺盛なアラサーOL。ブラック企業から転職した先の会社でドS歳下上司の宮野孝司と出会い、彼の事を考えながら毎晩自慰に耽る。ある日、中学時代に里帆に告白してきた同級生のイケメン・桜庭亮が里帆の部署に異動してきて…⁉︎ドキドキハラハラ淫猥不埒な雪村里帆のめまぐるしい二重恋愛生活が始まる…!優柔不断でドMな里帆は、ドS上司とヤンデレイケメンのどちらを選ぶのか…⁉︎
——もしも恋愛ドラマの濡れ場シーンがカット無しで放映されたら?という妄想も込めて執筆しました。長編です。
※連載当時のものです。
同居離婚はじめました
仲村來夢
恋愛
大好きだった夫の優斗と離婚した。それなのに、世間体を保つためにあたし達はまだ一緒にいる。このことは、親にさえ内緒。
なりゆきで一夜を過ごした職場の後輩の佐伯悠登に「離婚して俺と再婚してくれ」と猛アタックされて…!?
二人の「ゆうと」に悩まされ、更に職場のイケメン上司にも迫られてしまった未央の恋の行方は…
性描写はありますが、R指定を付けるほど多くはありません。性描写があるところは※を付けています。
セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】
remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。
干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。
と思っていたら、
初めての相手に再会した。
柚木 紘弥。
忘れられない、初めての1度だけの彼。
【完結】ありがとうございました‼
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
私の心の薬箱~痛む胸を治してくれたのは、鬼畜上司のわかりづらい溺愛でした~
景華
恋愛
顔いっぱいの眼鏡をかけ、地味で自身のない水無瀬海月(みなせみつき)は、部署内でも浮いた存在だった。
そんな中初めてできた彼氏──村上優悟(むらかみゆうご)に、海月は束の間の幸せを感じるも、それは罰ゲームで告白したという残酷なもの。
真実を知り絶望する海月を叱咤激励し支えたのは、部署の鬼主任、和泉雪兎(いずみゆきと)だった。
彼に支えられながら、海月は自分の人生を大切に、自分を変えていこうと決意する。
自己肯定感が低いけれど芯の強い海月と、わかりづらい溺愛で彼女をずっと支えてきた雪兎。
じれながらも二人の恋が動き出す──。
【完結】やさしい嘘のその先に
鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。
妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。
※30,000字程度で完結します。
(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
---------------------
○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
---------------------
優しい微笑をください~上司の誤解をとく方法
栗原さとみ
恋愛
仕事のできる上司に、誤解され嫌われている私。どうやら会長の愛人でコネ入社だと思われているらしい…。その上浮気っぽいと思われているようで。上司はイケメンだし、仕事ぶりは素敵過ぎて、片想いを拗らせていくばかり。甘々オフィスラブ、王道のほっこり系恋愛話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる