灰かぶりの姉

吉野 那生

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入社6年目『ソツスキ〜』の那月目線

国枝 那月〜柚月〜

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5年前の事件後、那月は心を閉ざしてしまった。

あのセクハラ野郎—四国に飛ばされた営業2課の元主任—は、外面が大層良かった。
そのせいで、彼の行いを信じられない人達の批判は那月に向かい、二次被害のような形で傷つけられる現場を、何度となく目にしてきた。

その度に割って入って否定し、憤りもしたのだけど。
私が怒れば怒るほど、那月は能面のような顔をして、相手を冷ややかに見つめ返した。


それが那月なりの防御なのだ。

そう気づいてからは、こちらも余計に騒ぎ立てることはやめた。


自分の甘さと弱さが隙となり、付け入られてしまったと自分を責めた彼女は、誰に対しても敬語で話し一線引いた態度をとるようにってしまった。

そして、それは私に対しても変わらなかった。

同期なのに…ううん、親友だと思っているのに、そんな水くさい。
そう思いもしたけれど、那月の気持ちもわかるだけに何も言えなかった。


よく手入れされていた長い髪も、肩の上でバッサリ切った。
服装も、スカートはやめてグレーか紺のパンツスーツという地味なもの。
可愛らしいネイルも新色のリップにも興味を示さず、メイクは最低限で控えめ。

美味しいランチを食べ歩く事も、自分へのご褒美も合コンもないなんて。
正直やり過ぎだと思ったし、何を楽しみに仕事してるんだろうと思った。

それでも経理に移って一層仕事に励み、笑わなくなった那月はいつしか「経理の国枝」と呼ばれるようになっていた。

   * * *

そんな、那月が笑わなくなった原因の1人。
技術部の野口さん…那月の元彼が帰ってくる事が決まったのは3月の初め。

東北支社で結果を出し、本社の技術部主任補佐として呼び戻される事になった彼と、支社のある仙台で面接を行うよう手配したのは、偶然なんかじゃない。


「お久しぶりです、人事の藤川です。
と言っても、私の事覚えてらっしゃいませんよね?」

5年ぶり、と言っても殆ど初対面のようなものだけど。
久しぶりに会う親友の元彼は、目をパチクリさせた。

「藤川さん…?
失礼ですが、どこかでお会いしましたでしょうか。
申し訳ありませんが、本社を離れて長いもので…」

「5年前に1度。
コンプラ委員会の前、と言えばお分かりになります?」

記憶を遡り思い出したのか、彼は人当たりの良さそうな顔を僅かに強張らせ、顎を引くようにして頷いた。


「ナツ…那月、変わりましたよ」

「そう…ですか」


ふと目線を下げると、彼の左手に見覚えのある時計が巻かれている事に気がついた。
話題に出した親友の左手に巻かれているものより幾分ゴツいその時計は、明らかにお揃いのもの。

「妹さんもご結婚されるとかで、もうすぐ1人暮らしになるようです」

「…そのようですね」


——なんだ、知ってたの。
という事は、まだナツの周囲の人と何らかの関わりがあるのね。
という事は、ナツにもまだ気持ちが残っていると、そういう事なのかしら?


「その時計、ナツも大事に使ってます」


もう少し揺さぶりをかける為、そう告げる。

そこで那月を思い出したのか…彼は遠い、とても優しくて切ない目をした。


「そう…ですか」

仮にも人事の担当者としてやってきたのに、話すのはナツの事ばかり。
それもどうなのかと思うけれど、元々彼自身と話したいのはナツの事なのだ。

移動の条件など、細々とした事はもう少し後で話す事に(勝手に)決めて、話を続ける。


「5年経って、もう1人で立てるようになってます。
支えは、時に必要でしょうけど…守ってあげる必要はないかと」

「…」

「貴方はどうですか?」

そこで初めて顔を上げ、野口さんは私と目を合わせた。


「何がおっしゃりたいんですか?」

「ナツはもう、ただ守られるだけの弱い女じゃない。
自分で戦う事も抗う事も、逃げるという事も出来るようになったって話…だとしたら?」

「…本社から、わざわざそんな話をしに来られたのですか?」

どことなく疲れたような口調で、呆れた様子も隠さずに話す野口さんに、ニッコリと微笑みかける。


「ただの世間話です、共通の知り合いのね」

今度こそ、野口さんは呆れ返った様子で深々と溜息を吐いた。

   ***

仙台から戻る新幹線の車内で、私は先程の彼の様子と会話の中身を思い返していた。


彼の態度の端々から感じられる、ナツへの想い。
それはまだ、消えてはいないように感じられる。

当事者ではない私が、余計な事をしている自覚は多少なりともあるけれど。
けれど嫌いになって、憎しみあって別れた訳ではない2人だ。

もし元に戻れるのなら…なんて事を望んでしまうのは、大きなお世話だろうか。


——ナツも「会わせる顔がない」なんて事は口にするけれど、会いたくないとは言ってないのよね。


これって、全く脈が無い訳ではないんだと思うんだけど…。
さて、どうしたものか。

そんな事を考えながら、仙台駅で買ったビールを一口含む。


どんな時も表情を変えないナツは、その冷たい美貌から一部の間で「アイスドール」と呼ばれている。
中でもコアなファンは5年前の件を理解しているし、彼女の変化に心を痛めてもいた。

同時に、どんな男性にも靡かないナツは高嶺の花として、社でも有名な存在だ。
極度の男嫌いという噂も広まっているというのに、何人もの男性がナツの気を引こうとしては逃げられ、告白しては玉砕している。

その事を、野口さんはまだ知らない筈。


なんて、完全に他人事なのにつらつら考えていたけれど。

この時はまだ、2人が同じプロジェクトのメンバーに選ばれるなんて、思いもしていなかった。
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