上 下
50 / 50
パラレルストーリー

聖なる夜の小さな奇跡・結末

しおりを挟む

今日は1日、何だかボーっとしていた。

1番のミスは昨夜のうちに焼いておいたのに、もう1度プリンを作ろうと大量に卵を割ってしまった事。

途中で気がつき慌てた私に、野口君が
 
「じゃあ今日の賄いはオムライスにしましょう」

と助け舟を出してくれた。

それでもだいぶ余った卵で野菜とベーコンのキッシュを作り、ランチメニューを急遽変更して事なきを得たけれど。 


その他にも、いつもはミルクだけ入れるコーヒーに気がついたら砂糖を3つも4つも入れていたり。
レジに小銭を補充しようとして、手が滑ってばら撒いてしまったり。
お気に入りの花びんを落として割ってしまったり。




——一体どうしてしまったんだろう、私は。


何だか頭の中に靄がかかっているみたい。
忘れてはいけない事を、ううん、忘れたくない事を忘れてしまってるような?

何だろう…。

思い出そうとするたびに、胸の奥がズキンと痛む気がした。


 「大丈夫ですか?オーナー」

その上、いつもと何ら変わらない北条さんの口調に、どこか違和感を感じて。

…そして違和感を感じる事に戸惑って。

彼が他の人に笑顔を向ける度に訳もなく心がささくれだって。

彼の声を聞くだけで胸が押し潰されるくらい悲しくなって。


何故だか解らないけれど、北条さんの顔をまともに見る事が出来なかった。

普段通りに接したいのに…妙につっけんどんな物言いになってしまい、どんどんどんどん自己嫌悪に陥っていった。

私がそんなだから厨房の中も妙な雰囲気になってしまって…ホント、皆には今日1日申し訳ない事をしたと思う。 


「悠香さん、ホントに大丈夫ですか?
辛かったら無理しないで下さいね」

「ありがとう、でも大丈夫よ。
心配かけてごめんなさいね」

失態ばかりの私を心配して、閉店後に美里と野口君が家まで送ると言ってくれたけれど。

今日1日でイヤというほど迷惑をかけた上、送ってもらったのでは流石に申し訳ない。
大丈夫だからと丁重にお断りしていると、今度は北条さんが自分が送ると言い出した。


「ほんっとうに大丈夫ですから」

「いいから、支度して」

押し問答の末、結局強引に押し切られ一緒に店を出た。 

とはいえ…並んで歩いていても会話が弾む訳でもなし。
気まずい思いで口を閉ざしたまま、チラリと横目で北条さんの様子を窺った。


すると、私の視線に気付いたのだろう。

「……ごめんな」

「…はい?」

何の脈絡もなくそう言われ、頭の中にハテナマークが飛び交う。

むしろ謝らなければならないのは、私の方。

理由はともかく、やっぱり今日の私はおかしかったし…北条さんにも悪い事をしてしまった。


だから、ここはちゃんと謝るべきだと足を止め、北条さんに向き合った。

なのに…彼の目を見つめたその時、頭の中で

『悠香』

と声が響いた。



——え? なに、今の…。

「…どうか、した?」

覗き込んでくる北条さんの顔が妙にぶれる。 


……あ…れ?

なんだろう、この感じ。
前にも…こんな事なかった?


呆けた私を北条さんが心配そうに覗き込む。

「…悠香さん?大丈夫か?」



——そう、セリフまで同じ。


そう思った途端、ぐらりと世界が揺れた。
まるでメレンゲの上に立っているかのような心許無さに、きつく目を瞑る。 

「ゆ…今西さん?」

よろめいた私の腕を掴む北条さんを、焦点の合わない目でぼぅっと見つめる。


「おい、立ちくらみか?」

何度か瞬きをしてるうちに、少しずつ北条さんの顔が鮮明になっていく。
そして…目が合った瞬間、昨夜の記憶がまるで洪水のように溢れ出してきた。 


「……もう悠香って呼んでくれないの?」

考えるより早く、想いが言葉となって零れ落ちる。

「なっ…何を、夢でも見たのか?」

「夢…なのかしらね、素敵なサンタクロースが見せてくれた」 

あなたが私だけに見せてくれた素敵な夢。

私にだけは覚えていて欲しいと言ってくれた、本当のあなたの姿を私は…どうやら忘れはしなかったらしい。 


「……なんで?」

呻くように囁いた北条さんに

「不可能を可能に、って奴かしらね?」

と笑いかけると、掌に顔を埋め北条さんは天を仰いだ。

 「…ったく!不可能を可能にってのは俺の専売特許だぜ?」

ブツブツ言いながらも、私を見つめる彼の瞳はとても嬉しそうで。

「悠香」

私の名を呼ぶ声はとても優しくて。 

「…って呼んでもいいんだよな?」

悪戯っ子のような笑みを浮かべる彼がそこにいた。


嬉しくて思いきり頷いた私の耳元で彼は

「じゃあ俺の事も智って呼んで?」 

と囁いた。


その低く掠れたような声に、全身が甘く痺れる。


「さ…とし?」

恥ずかしいので小さな声でそう呼びかけた途端、息が止まる位キツク抱きしめられた。

顔をあげると、どこか誇らしげな満面の笑顔がそこにあって。

彼の大きな手が優しく私の両頬を包み込む。
端正な顔が近づいてきて、私は咄嗟に目を伏せた。 


 * * *

 長々とお読み下さってありがとうございます~!
お遊び企画のなんちゃってクリスマス作品となりましたが、お楽しみいただけましたでしょうか?
恋人はサンタクロース♪バージョンでお届けしました(笑)

ちなみに、智が悠香の記憶を消す為にピカッとやったブツはM○Bの記憶消去装置をぱく…いや、イメージしてみました。 
  
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

助けてください!エリート年下上司が、地味な私への溺愛を隠してくれません

和泉杏咲
恋愛
両片思いの2人。「年下上司なんてありえない!」 「できない年上部下なんてまっぴらだ」そんな2人は、どうやって結ばれる? 「年下上司なんてありえない!」 「こっちこそ、できない年上の部下なんてまっぴらだ」 思えば、私とあいつは初対面から相性最悪だった! 人材業界へと転職した高井綾香。 そこで彼女を待ち受けていたのは、エリート街道まっしぐらの上司、加藤涼介からの厳しい言葉の数々。 綾香は年下の涼介に対し、常に反発を繰り返していた。 ところが、ある時自分のミスを助けてくれた涼介が気になるように……? 「あの……私なんで、壁ドンされてるんですか?」 「ほら、やってみなよ、体で俺を誘惑するんだよね?」 「はあ!?誘惑!?」 「取引先を陥落させた技、僕にやってみなよ」

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※完結済み、手直ししながら随時upしていきます ※サムネにAI生成画像を使用しています

私の心の薬箱~痛む胸を治してくれたのは、鬼畜上司のわかりづらい溺愛でした~

景華
恋愛
顔いっぱいの眼鏡をかけ、地味で自身のない水無瀬海月(みなせみつき)は、部署内でも浮いた存在だった。 そんな中初めてできた彼氏──村上優悟(むらかみゆうご)に、海月は束の間の幸せを感じるも、それは罰ゲームで告白したという残酷なもの。 真実を知り絶望する海月を叱咤激励し支えたのは、部署の鬼主任、和泉雪兎(いずみゆきと)だった。 彼に支えられながら、海月は自分の人生を大切に、自分を変えていこうと決意する。 自己肯定感が低いけれど芯の強い海月と、わかりづらい溺愛で彼女をずっと支えてきた雪兎。 じれながらも二人の恋が動き出す──。

イケメンエリート軍団の籠の中

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 唯一の女子、受付兼秘書係が定年退職となり 女子社員募集要項がネットを賑わした 1名の採用に300人以上が殺到する 松村舞衣(24歳) 友達につき合って応募しただけなのに 何故かその超難関を突破する 凪さん、映司さん、謙人さん、 トオルさん、ジャスティン イケメンでエリートで華麗なる超一流の人々 でも、なんか、なんだか、息苦しい~~ イケメンエリート軍団の鳥かごの中に 私、飼われてしまったみたい… 「俺がお前に極上の恋愛を教えてやる 他の奴とか? そんなの無視すればいいんだよ」

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

あの夜をもう一度~不器用なイケメンの重すぎる拗らせ愛~

sae
恋愛
イケメン、高学歴、愛想も良くてモテ人生まっしぐらに見える高宮駿(たかみやしゅん)は、過去のトラウマからろくな恋愛をしていない拗らせた男である。酔った勢いで同じ会社の美山燈子(みやまとうこ)と一夜の関係を持ってまう。普段なら絶対にしないような失態に動揺する高宮、一方燈子はひどく冷静に事態を受け止め自分とのことは忘れてくれと懇願してくる。それを無視できない高宮だが燈子との心の距離は開いていく一方で……。 ☆双方向の視点で物語は進みます。 ☆こちらは自作「ゆびさきから恋をする~」のスピンオフ作品になります。この作品からでも読めますが、出てくるキャラを知ってもらえているとより楽しめるかもです。もし良ければそちらも覗いてもらえたら嬉しいです。 ⭐︎本編完結 ⭐︎続編連載開始(R6.8.23〜)、燈子過去編→高宮家族編と続きます!お付き合いよろしくお願いします!!

Fly high 〜勘違いから始まる恋〜

吉野 那生
恋愛
平凡なOLとやさぐれ御曹司のオフィスラブ。 ゲレンデで助けてくれた人は取引先の社長 神崎・R・聡一郎だった。 奇跡的に再会を果たした直後、職を失い…彼の秘書となる本城 美月。 なんの資格も取り柄もない美月にとって、そこは居心地の良い場所ではなかったけれど…。

処理中です...