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パラレルストーリー

聖なる夜の小さな奇跡・結末

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今日は1日、何だかボーっとしていた。

1番のミスは昨夜のうちに焼いておいたのに、もう1度プリンを作ろうと大量に卵を割ってしまった事。

途中で気がつき慌てた私に、野口君が
 
「じゃあ今日の賄いはオムライスにしましょう」

と助け舟を出してくれた。

それでもだいぶ余った卵で野菜とベーコンのキッシュを作り、ランチメニューを急遽変更して事なきを得たけれど。 


その他にも、いつもはミルクだけ入れるコーヒーに気がついたら砂糖を3つも4つも入れていたり。
レジに小銭を補充しようとして、手が滑ってばら撒いてしまったり。
お気に入りの花びんを落として割ってしまったり。




——一体どうしてしまったんだろう、私は。


何だか頭の中に靄がかかっているみたい。
忘れてはいけない事を、ううん、忘れたくない事を忘れてしまってるような?

何だろう…。

思い出そうとするたびに、胸の奥がズキンと痛む気がした。


 「大丈夫ですか?オーナー」

その上、いつもと何ら変わらない北条さんの口調に、どこか違和感を感じて。

…そして違和感を感じる事に戸惑って。

彼が他の人に笑顔を向ける度に訳もなく心がささくれだって。

彼の声を聞くだけで胸が押し潰されるくらい悲しくなって。


何故だか解らないけれど、北条さんの顔をまともに見る事が出来なかった。

普段通りに接したいのに…妙につっけんどんな物言いになってしまい、どんどんどんどん自己嫌悪に陥っていった。

私がそんなだから厨房の中も妙な雰囲気になってしまって…ホント、皆には今日1日申し訳ない事をしたと思う。 


「悠香さん、ホントに大丈夫ですか?
辛かったら無理しないで下さいね」

「ありがとう、でも大丈夫よ。
心配かけてごめんなさいね」

失態ばかりの私を心配して、閉店後に美里と野口君が家まで送ると言ってくれたけれど。

今日1日でイヤというほど迷惑をかけた上、送ってもらったのでは流石に申し訳ない。
大丈夫だからと丁重にお断りしていると、今度は北条さんが自分が送ると言い出した。


「ほんっとうに大丈夫ですから」

「いいから、支度して」

押し問答の末、結局強引に押し切られ一緒に店を出た。 

とはいえ…並んで歩いていても会話が弾む訳でもなし。
気まずい思いで口を閉ざしたまま、チラリと横目で北条さんの様子を窺った。


すると、私の視線に気付いたのだろう。

「……ごめんな」

「…はい?」

何の脈絡もなくそう言われ、頭の中にハテナマークが飛び交う。

むしろ謝らなければならないのは、私の方。

理由はともかく、やっぱり今日の私はおかしかったし…北条さんにも悪い事をしてしまった。


だから、ここはちゃんと謝るべきだと足を止め、北条さんに向き合った。

なのに…彼の目を見つめたその時、頭の中で

『悠香』

と声が響いた。



——え? なに、今の…。

「…どうか、した?」

覗き込んでくる北条さんの顔が妙にぶれる。 


……あ…れ?

なんだろう、この感じ。
前にも…こんな事なかった?


呆けた私を北条さんが心配そうに覗き込む。

「…悠香さん?大丈夫か?」



——そう、セリフまで同じ。


そう思った途端、ぐらりと世界が揺れた。
まるでメレンゲの上に立っているかのような心許無さに、きつく目を瞑る。 

「ゆ…今西さん?」

よろめいた私の腕を掴む北条さんを、焦点の合わない目でぼぅっと見つめる。


「おい、立ちくらみか?」

何度か瞬きをしてるうちに、少しずつ北条さんの顔が鮮明になっていく。
そして…目が合った瞬間、昨夜の記憶がまるで洪水のように溢れ出してきた。 


「……もう悠香って呼んでくれないの?」

考えるより早く、想いが言葉となって零れ落ちる。

「なっ…何を、夢でも見たのか?」

「夢…なのかしらね、素敵なサンタクロースが見せてくれた」 

あなたが私だけに見せてくれた素敵な夢。

私にだけは覚えていて欲しいと言ってくれた、本当のあなたの姿を私は…どうやら忘れはしなかったらしい。 


「……なんで?」

呻くように囁いた北条さんに

「不可能を可能に、って奴かしらね?」

と笑いかけると、掌に顔を埋め北条さんは天を仰いだ。

 「…ったく!不可能を可能にってのは俺の専売特許だぜ?」

ブツブツ言いながらも、私を見つめる彼の瞳はとても嬉しそうで。

「悠香」

私の名を呼ぶ声はとても優しくて。 

「…って呼んでもいいんだよな?」

悪戯っ子のような笑みを浮かべる彼がそこにいた。


嬉しくて思いきり頷いた私の耳元で彼は

「じゃあ俺の事も智って呼んで?」 

と囁いた。


その低く掠れたような声に、全身が甘く痺れる。


「さ…とし?」

恥ずかしいので小さな声でそう呼びかけた途端、息が止まる位キツク抱きしめられた。

顔をあげると、どこか誇らしげな満面の笑顔がそこにあって。

彼の大きな手が優しく私の両頬を包み込む。
端正な顔が近づいてきて、私は咄嗟に目を伏せた。 


 * * *

 長々とお読み下さってありがとうございます~!
お遊び企画のなんちゃってクリスマス作品となりましたが、お楽しみいただけましたでしょうか?
恋人はサンタクロース♪バージョンでお届けしました(笑)

ちなみに、智が悠香の記憶を消す為にピカッとやったブツはM○Bの記憶消去装置をぱく…いや、イメージしてみました。 
  
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