41 / 46
過去の亡霊編
王妃として〜アンリエッタ〜
しおりを挟む流石に…いくら何でも千猿国の一方的な言い分を鵜呑みにし、シルヴァン殿を罰する事はないだろうと、わたくしもユイも思っていたのだが。
シルヴァン殿が捕らえられて5日後には、ノワールは彼の処刑を決めた。
「いい加減になさいませ。
一国の国王ともあろうお方が何をなさっているか、自覚はおありですか?」
あまりの事に苦言を呈したわたくしに、ノワールはあからさまに不機嫌そうな顔をした。
「煩い!私に指図をするな」
その言葉に隠しようもない侮蔑の響きを感じ取り、思わず溜息が出てしまう。
王の配偶者というだけではない。
王の隣に立つ者として、この国の共同責任者として、これ以上の暴挙は到底見過ごす事はできなかった。
思えば…前回の迷いびとの1件から、緩やかに国の腐敗は進んでいった。
ノワールに諫言する者、反対する者、従わぬ者は皆それぞれ疎まれ遠ざけられた。
反対に媚びへつらう者、甘言を囁く者、都合の良い者は優遇され重用され、王宮内では特に道理の通らぬ事がまかり通るようになっていった。
今回の件もあまりにも出来すぎていて、かつ一方的な断罪としか思えない。
仮にも我が国の貴族籍にある者—しかも今回は身内—に対してかけられた疑いに、取り調べどころか弁解・釈明の機会さえ与えないだなんて。
国を統べる王としてあまりに無責任、かつ無慈悲。
しかも他国の言葉に信を置き、当事者である筈の身内の言い分は全く聞かずに、ごく短期間で処刑が行われようとしている。
まるで、最初から決まっていたかのように。
あまりにも公平さを欠いたやり方に国の重鎮からも批判や苦情が殺到する中、代表して詰め寄ったわたくしをノワールは煩わしそうに振り払った。
王妃に対する仕打ちとは思えない暴挙に、弾みで倒れ伏したわたくしを助け起こした騎士ですら、信じられないといった目を向ける。
そんな行いを間近で見ていたユイも、そして鎖で縛られ最後まで申し開きの機会も与えられぬまま、処刑を言い渡されるのを待つだけだったシルヴァン殿も、あまりの事に言葉を失った。
「私に逆らうな!意見するな!文句を言うな!黙って従え!」
「…バッカじゃないの」
顔を真っ赤にして喚くノワールに、わたくしが言い返すより早く。
「アンタ何様よ! 王様だから何しても良い訳じゃないでしょ? 逆らうな?黙って従え?
バカも休み休み言えっての! 大体、王妃様はあなたの下僕じゃないでしょうに。 あなたが間違ったら、それを指摘して時には正すのも王妃様の役目じゃないの? それを何なのよ、あなたの為に…ううん、この国の為に厳しい事も言わざるを得ない王妃様の気持ちがわかんないの?」
ノンブレスで一気に言い放ったユイに、ノワールは心底うんざりした目を向けた。
「…煩い」
低く威嚇するような声にも怯まず、彼女はノワールを睨みつけた。
「王として公平であれ、私情に流されるな、大切なものを見誤るな。
父上の教えを忘れたか、兄上」
ユイを援護するよう口を開いたシルヴァン殿に向かい
「私情に流されて何が悪い?
あぁ、そうさ。お前の片目を抉ってやったのも私情だとも」
滴るほどの悪意を籠めて、ノワールは嘲笑った。
その醜いほど歪んだ笑みに、我が夫はこんな人だったのかと今更ながらに愕然とする。
「父上に似て美しいと評判の顔をわざと半分だけ残し、もう片方には醜い傷を作る事で、日々己の醜さを確認して落胆し嘆き、悲しみ、不便を感じるように、とな」
その呪詛にも似た言葉に対し、シルヴァン殿は皮肉げに口の端を上げた。
「つくづく甘い奴よ。
この20年、己の容貌など気にして嘆く暇などなかったわ。
あちらは作物は育ちが悪く、食料は常に不足していて、民は飢え常に疲弊していた。
そんな所では生きてゆく事で精一杯。
絶えず小競り合いを仕掛けてくる猿どももおったし、何より民を守らねばならなかったからな。
ご期待に添えず申し訳ないが」
強がりではなく心からの、そして呆れ果てたような言葉に、ノワールのこめかみに青筋が立つ。
「シルヴァン様が醜い?冗談でしょう?
傷のないお顔も見てみたかったけれど、今の覚悟の備わった渋みのあるお顔、私は好きです。
これまでの生き様がお顔に出ていて、とても
素敵だと思います」
その上、無自覚なのか惚気のような追い打ちをかけたユイに、ノワールの耳が苛ただしげにピクピクと動き…そして
「お前はまた!大切なモノを私から奪うというのか。
お前がいるから迷いびとが靡かぬばかりか、偉そうに説教までされるのではないか」
吠えた。
あまりの言いがかりに、その場にいた者が呆れた様子で互いに目配せを交わす中、反論したのはまたしてもユイだった。
「シルヴァン様は何も奪ってはいないわ。
私があなたのモノになった事実は1度もないから。
それに大切なものというのなら、まず自分の隣に、近くにいる人を大切にしたらどうなの?
大体、あなたの家族は亡くなったお母様だけなの?違うでしょ?
あなたの今の家族は、王妃様と王女様ではないの?
どうして本当に大事な方を悲しませるの?」
彼女の言葉は、至極真っ当に聞こえたが…。
しかし、長い間耳障りの良い言葉、都合の良い事、あからさまなおべっかや称賛のみを言われてきたノワールにとって、到底受け入れられるものではなかったのだろう。
「煩い、役立たずの迷いびとめが。
偉そうに説教するな」
ユイを睨みつけるノワールの瞳には、物騒な光が宿っていた。
「私達の手には限りがある。
全てを掴める訳でも、手に入れられる訳でもないのよ」
「煩い!」
「全ての人を守れる訳でもないし、手の届く範囲に居る人しか守れないのに」
「黙れ!」
「あなたは、あなたを守ろうと伸ばされるその手をことごとく振り払っているじゃないの」
「黙れと言っている!」
とうとう腰の刀に手をかけたノワールを、ユイは冷ややかに見つめた。
「意に従わないと、気に入らないという理由で私も斬るの?
母と父のように」
「な…に?」
「前回の迷いびと、沙羅は私の母です。
そして、母を庇い利き腕を切り落とされた騎士ゲイルは父です」
そのキッパリとした声に、ノワールの動きが止まる。
——あの時、怯え竦んでいた娘の瞳を忘れる事ができない。
愛するつがいと引き裂かれそうになり、無残に奪われようとした絶望を。
自分を助けようとした愛する者の腕が切り落とされた瞬間の、驚愕に見開かれた目を。
血塗れのつがいを抱きしめ、泣き叫んだあの声を忘れる事など、出来る訳がない。
あの時の愚行を結果的に許してしまったわたくしは、ノワールと同罪だ。
そして今また…繰り返されようとしている愚かな行為を、今度こそ止めなくては。
そうしなければ、わたくしにはもう、この国を背負う資格などない。
今この瞬間、覚悟を定めたわたくしが一歩踏み出すより早く…。
「お待ち下さい!」
涼やかな声が謁見の間に響き渡った。
0
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。
たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。
わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。
ううん、もう見るのも嫌だった。
結婚して1年を過ぎた。
政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。
なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。
見ようとしない。
わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。
義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。
わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。
そして彼は側室を迎えた。
拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。
ただそれがオリエに伝わることは……
とても設定はゆるいお話です。
短編から長編へ変更しました。
すみません
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。
真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。
そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが…
7万文字くらいのお話です。
よろしくお願いいたしますm(__)m
【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない
堀 和三盆
恋愛
一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。
信じられなかった。
母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。
そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。
獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない
たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。
何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話
イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?
すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。
病院で診てくれた医師は幼馴染みだった!
「こんなにかわいくなって・・・。」
10年ぶりに再会した私たち。
お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。
かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」
幼馴染『千秋』。
通称『ちーちゃん』。
きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。
千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」
自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。
ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」
かざねは悩む。
かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?)
※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。
想像の中だけでお楽しみください。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。
すずなり。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる