8 / 46
出会い編
一体何ができるというのか
しおりを挟む働きたいという希望を聞き入れてもらったアリシアだが、ではいざ何ができるのかと聞かれると「これが出来る」「あれが得意」と明言できない事に落ち込んだ。
落胆するアリシアにレプスは
「とりあえず、手当たり次第に試してみたら?」
と勧めた。
それはアリシア自身を見極める為でもあったが、同時に自分達とは違うヒトがどんな生活を送っていたのかという純粋な興味でもあった。
リサなどは、一度アリシアを肉体的にも含め徹底的に調べた方が良いと主張したが、彼女がヒトであるという事は、レプスの中では既に決定事項となっていた。
——医官である私がそう認めたんだから、間違いないっての!
シルヴァンについてゆく為、新たに医術を学び医官となったレプスには、その他にもアリシアをヒトと確信する理由があった。
ともあれ、アリシアはその日から様々な事を試してみる事となった。
まずは読み書き。
獣人達の話している言葉は概ね理解できるから、文字もわかるだろうとアリシアは思っていたのだが…。
いざ、彼らの書いた文字を目の当たりにすると、理解できない事がわかった。
記号のような難解な文字はまるで見覚えがなく、元から知らないのかそれとも記憶障害のせいなのかと、アリシアは困惑した。
耳から聞いた音は言語として認識し、理解もできる。
けれども視覚を通して得た情報は、文字として認識できない。
その事実にレプスはポツリと呟いた。
「やはり…迷いびとなのね」
何が「やはり」なのか確かめたかったが、あいにくアリシアにはその機会が与えられたのは随分後になってからだった。
そして、次に案内されたのは洗い場。
部屋から出るにあたり、アリシアには飾り気のないくるぶし丈のワンピースが支給された。
それは「城勤め」に支給されるお仕着せで、身分を保証する意味合いがあるのだという。
「それを着ている限り、身元不明の不審者ではなくなるわ。
ちなみにあなたは私の遠縁という事になっているので、保証人は私とグリスよ」
「それは…私が何かしでかしたら、レプスさんとグリスさんにご迷惑がかかるという事ですか?」
顔色を変えるアリシアを宥めるように、レプスはにこりと微笑んだ。
「そんな大したもんじゃないわよ。
いわばあなたの親代わりというだけ。
私は今からあなたのおばだから、人目の有る無しにかかわらず他人行儀な“レプスさん”はやめてね。
勿論グリスもよ」
「では…おば様とおじ様、で良いですか?」
親代わりとはいえ遠縁というのなら「おばさん」じゃ馴れ馴れし過ぎるかと、アリシアがそう尋ねると…レプスは不意にギュッと目を瞑った。
「あ…の、どうかされたんですか?」
「いえ、大丈夫よ。…おば様でいいわ」
何故か様子の変わったレプスにアリシアは首を傾げたが、それ以上踏み込む事もできず曖昧に頷いた。
「それと、ゴルから聞いたと思うけど、ここでは兎や栗鼠といった小動物が立場が1番弱いの。
あなたも私の遠縁という事にしてあるから、立場的にはかなり弱いわ。
ましてあなたは獣人ではない。
ヒトである事を隠すためにもこのスカーフをたえず頭に巻いて、誰にも頭部を見られないよう気をつけてるのよ」
獣の耳が生えていない事を隠すためのスカーフ。
そんなもので果たしていつまで誤魔化す事が出来るのかと、内心危ぶんだがそれ以上の策も見つからずアリシアは黙ってスカーフを受け取った。
ここにきて2ヶ月。
その間獣人達の桁外れた力を、強さを、頑丈さをアリシアは見てきた。
それはただのヒトである彼女にとって脅威と呼べるもので、彼らが本気を出せばたとえ子どもでもアリシアを害する事は容易いと思われた。
見た目だけの違いではない。
そこには確かに種の違いという物が存在していた。
「レプスさん、いえ、おば様、教えてください。
こちらの世界では何が常識なのか、何が禁忌なのか。
最低限知っておかなければ、身につけておかなければならない知識を」
レプスが語ったのはこの世界のほんの外縁。
この世界には、かつてヒトが君臨していた。
けれどもヒトの自分勝手な行いのせいで世界は滅びかけ、神はヒトを滅ぼす事を決断する。
ヒトのみが感染する病にて彼らが滅び、文明が失われたその後、神は獣達に次の世界の舵取りを任せた。
言葉と姿の統一化を図り、異なる種の獣であっても共存してゆく事を望んだ神が姿を消した後、その中でも特に統率力に優れた狼族が1つの国家を樹立した。
それが今の「神狼国」なのだと。
「元は獣とはいえ、神に世界を託された私達は法に則り礼儀を重んじる民。
相手を馬鹿にしたり罵ったり無闇に貶したりせず、敬意をもって接すれば大抵の事は何とかなるわ。
ただしあなたはまだ若くて立場的には弱者だから、できるだけ1人にならず物陰や暗がりに気をつける事ね。
ここには気の荒い兵士達も居るから」
「…はい」
何故かレプスの言葉には真に迫る響きがあって、アリシアはこくりと唾を飲み込んだ。
「それとあなたの本当の名前、真名は誰にも教えちゃダメよ。
私のレプスも他の皆の名前も、通名であって真名ではないの。
真名は本当に大切な相手とのみ交わす物。
いわば契約の証であり、あなた自身の本質・本性を表す物。
万が一、他人に真名を知られて悪用されでもしたら…そいつの支配からは逃れられなくなるの。
あなたの大切な人、思い、矜恃、信用や信頼、その他沢山の物を奪われてしまう事になる。
相手の真名を問う事は不躾で恥ずべき行為だけど、中にはあなたを利用する為に聞き出そうとする奴もいるかもしれない。
基本的に真名を聞き出そうとする奴は悪い奴、敵よ」
真剣に聞いているアリシアの顔を覗き込み、1つ頷いてからレプスは人差し指を立て
「だからね、いいこと。
あなたの真名は絶対に、たとえ私やシルヴァン様であっても教えちゃダメ。
あなたのつがいにだけ教えるのよ。
それさえ知っておけば、ここは辺境の砦。
王城なら身分差や種族間の軋轢、色々と面倒な事が沢山あるけれど、あまり畏る事も必要以上に恐れる事もないわ。
私やグリスも目を光らせているしね」
そう言って笑う顔が、何故か記憶にない母の面影と重なる気がして、アリシアはパチパチと瞬きをした。
0
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
悪女カメリア
西楓
恋愛
花屋の娘ユリアンナは悪女カメリアの半生の夢を見る。夢の中で極悪非道の限りを尽くすカメリアはギロチンで処刑されてしまう。
そのカメリアの10歳の頃に転生してしまったユリアンナは…暗めです。
どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら
風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」
伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。
男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。
それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。
何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。
そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。
学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに!
これで死なずにすむのでは!?
ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ――
あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?
こうして魔王は、女子高生へと転生したのだった
六つ花えいこ
恋愛
かつてその娘は、魔王であった。
悪逆非道の限りを尽くした魔王は、その生を終えると、なんの力も持たぬただの人間の娘へと転生した。
しかし、非力な少女であっても、やはり魔王の先には悪しき道が示されていた。
「まぁ卑しい事。そんなに貪らなくても、まだ沢山おかわりはありましてよ」
さぁほら、食べなさい。そう言って魔王は鱈腹で涙を浮かべる少女にウサギ型に切られた林檎を突き出した。
――これは元魔王であった悪役令嬢が、真実を見つけるお話である。
平民と恋に落ちたからと婚約破棄を言い渡されました。
なつめ猫
恋愛
聖女としての天啓を受けた公爵家令嬢のクララは、生まれた日に王家に嫁ぐことが決まってしまう。
そして物心がつく5歳になると同時に、両親から引き離され王都で一人、妃教育を受ける事を強要され10年以上の歳月が経過した。
そして美しく成長したクララは16才の誕生日と同時に貴族院を卒業するラインハルト王太子殿下に嫁ぐはずであったが、平民の娘に恋をした婚約者のラインハルト王太子で殿下から一方的に婚約破棄を言い渡されてしまう。
クララは動揺しつつも、婚約者であるラインハルト王太子殿下に、国王陛下が決めた事を覆すのは貴族として間違っていると諭そうとするが、ラインハルト王太子殿下の逆鱗に触れたことで貴族院から追放されてしまうのであった。
主人公受けな催眠もの【短編集】
霧乃ふー
BL
抹茶くず湯名義で書いたBL小説の短編をまとめたものです。
タイトルの通り、主人公受けで催眠ものを集めた短編集になっています。
催眠×近親ものが多めです。
前世の祖母に強い憧れを持ったまま生まれ変わったら、家族と婚約者に嫌われましたが、思いがけない面々から物凄く好かれているようです
珠宮さくら
ファンタジー
前世の祖母にように花に囲まれた生活を送りたかったが、その時は母にお金にもならないことはするなと言われながら成長したことで、母の言う通りにお金になる仕事に就くために大学で勉強していたが、彼女の側には常に花があった。
老後は、祖母のように暮らせたらと思っていたが、そんな日常が一変する。別の世界に子爵家の長女フィオレンティーナ・アルタヴィッラとして生まれ変わっても、前世の祖母のようになりたいという強い憧れがあったせいか、前世のことを忘れることなく転生した。前世をよく覚えている分、新しい人生を悔いなく過ごそうとする思いが、フィオレンティーナには強かった。
そのせいで、貴族らしくないことばかりをして、家族や婚約者に物凄く嫌われてしまうが、思わぬ方面には物凄く好かれていたようだ。
影王の専属人は、森のひと
藤原 秋
恋愛
政権交代後の過渡期にあるグスタール王国。
通称「森のひと」と呼ばれる亜人、猫型の獣耳を持つ狩猟民族のリーフィアは、ひょんなことから王妹シルフィールの従者として王城に出仕することとなった。
不慣れな環境といわれのない差別に悪戦苦闘する日々の中、彼女は主の兄である若き国王クリストハルトに奇妙な違和感を抱く。
その違和感の正体を知った時、彼女に降りかかることとなった思わぬ災難とは……!?
「やらしい意味じゃなくて、オレ、純粋にもふもふしているの好きなんだよね。獣耳、可愛いからずっと触ってみたかったんだ」
は……? 屈託のない顔で何とんでもないこと言っているのよ。そんなセクハラ、許すわけないでしょ!
―――そう、思っていたはずだったのに。何がどうして、こんなことになってしまったんだろう……?
因果な運命に巻き込まれてしまった真面目で不愛想な猫耳娘と、彼女の獣耳がいたくお気に入りの軽薄なワケあり影王、そんな二人が紆余曲折を経て秘密の主従に至るまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる