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現世〜数年後〜
初めての夜〜R15〜
しおりを挟む「ユージン・ファントムクォーツ
貴方はクリスティナ・クンツァイトを生涯慈しみ愛し敬い守る事を誓いますか?」
「はい、誓います」
「クリスティナ・クンツァイト
貴女はユージン・ファントムクォーツを生涯慈しみ愛し敬い支える事を誓いますか?」
「はい、誓います」
愛する人の為に純白のドレスを纏い、幸せそうに微笑むクリスティナをユージンは眩しげに見つめた。
晴れて神の御許、家族や友人、親しい仲間達の見守る中、夫婦となった2人が誓いのため唇を重ねる。
「やっと…貴女を捕まえた」
感慨深そうに囁き、クリスティナをギュッと抱きしめるユージン。
その逞しい胸に頬を寄せると、クリスティナは恥ずかしそうに頬を赤らめながら頷いた。
*
3年前、学院を卒業したクリスティナ。
彼女は反対する両親を必死に説得し、ユージンとの交際と領地で新しい産業を興す事を、双方とも必ず結果を出す事を条件に許された。
2人に与えられた時間は3年。
未来を勝ち取るため、ユージンはより一層の努力と研鑽を重ねた。
その甲斐あって、最高学年の年には生徒会長に選出され、学年首位の成績と学院随一の剣の腕をもって騎士団へ入団。
若くして将来を嘱望される騎士となった。
そしてクリスティナはジルベールの力を借りつつも、新しい事業に取り組んだ。
前世の記憶を頼りに、領地で栽培が盛んな茶葉の生産・改良と、新しい飲み方を広める事。
それは、“アカリ”の記憶を持つクリスティナの、“前世と同じ味を”というささやかな野望だった。
そこで活きたのが、鳥や動物に好かれるクリスティナの不思議な力。
彼女が携わった畑や果樹園は、害獣による被害が激減、質の良い茶葉や果実、生花が手に入るようになった。
それまで一般的ではなかった紅茶に、ジャムや蜂蜜・ミルクを入れる飲み方の紹介や紅茶にあう菓子などの開発・生産。
それらをセラフィーヌや友人達の力を借りながら成し遂げていった。
同時にバラの花びらを使ったジャムの開発も行い、茶葉とセットで売り出す事にしたクリスティナは、社交シーズンはもちろん様々なツテをたどって茶会を開いた。
特に薄紅色のバラの花びらを使ったジャムは美容にも良いと好評で、「クンツァイトローズ」として開発から1年を待たずに広まってゆく。
王太子妃となったセラフィーヌが、特定の者に肩入れしたりする事はない。
それでも王太子妃の茶会で度々供されるクンツァイトローズに人々の注目は集まり、セラフィーヌが口添えをせずとも飛ぶように売れていった。
「セラフィーヌ様、皆様。
この度は本当にありがとうございました」
王太子妃が開いた内々の茶会で、親しい友人達に深々と頭を下げるクリスティナ。
「この3年間よく頑張ったわね」
セラフィーヌの言葉に皆が頷く。
昨年、学院を卒業したユージンと正式に婚約し、この秋挙式する事になったと報告したクリスティナに、皆から惜しみない拍手と祝福の言葉がかけられる。
「ありがとうございます、皆様のおかげです」
淑やかに頭を下げるクリスティナの笑顔は、溢れんばかりに輝いていて。
その笑顔にセラフィーヌはこっそりと安堵の吐息を漏らした。
「そういうセラフィーヌ様こそ、ご懐妊だそうで。
このたびは誠におめでとうございます」
ジークフリードと結婚したセラフィーヌは、なかなか子宝に恵まれなかった。
けれど、ようやく子を授かったと先日正式に発表され、国中が喜びに沸いたばかりだった。
「ふふ、ありがとう」
まだふくらみの目立たない腹部をさするセラフィーヌは、もうすっかり母の顔で。
既婚未婚を問わず、女性達は興味津々でその腹部を見つめた。
「体調は…悪阻は大丈夫ですの?」
出産経験のある女性の問いにセラフィーヌが答えるより早く。
「風が出てきたぞ、寒くはないか?」
手にした薄物をセラフィーヌの首筋に巻きつけるジークフリードに、小さく歓声が上がる。
ただ1人、げんなりした顔をしたセラフィーヌを除いて。
「殿下、お気遣いありがとうございます。
でも寒くもありませんし、わたくし大丈夫ですわよ?」
あくまでニコニコ微笑むセラフィーヌの、笑顔の奥の微かな呆れに気がついたのは、付き合いの長いクリスティナだけ。
「何をいうか、つい先日まで悪阻でろくに食べられず唸っていたではないか。
そのような時は体力が落ちるもの。
身体を冷やすでない」
過保護なくらい心配するジークフリードだが、それも妻とお腹の中の子を愛すればこそと知っているセラフィーヌは、夫の言葉に素直に従う。
そんな王太子夫妻の様子を、周囲は温かく見守った。
*
挙式後の盛大な披露宴を乗り切り、新郎新婦が寝室に戻ったのは日付も変わる直前だった。
「流石に飲みすぎたな」
先輩騎士達に寄ってたかって飲まされたユージンだったが、最後は全員を返り討ちにしてクリスティナの手を引き、会場を抜け出したのだった。
クリスティナと迎える初めての夜。
否が応でも期待が高まるユージンは、汗ばんだ身体を湯で清め2人の寝室へ向かい。
そこで初めて、同じく湯を使ったらしいクリスティナが、見た事のない服を纏ってる事に気がついた。
女性らしい曲線を隠さない柔らかい布で出来たその服は、胸のところで軽く合わされ腰のあたりを紐で縛っただけの簡易な物で。
そんな薄物を身に付けたクリスティナは恥ずかしそうに目元を赤く染めている。
落ち着かなさそうに佇むクリスティナはどこか緊張しているように見え、その初々しい様子にユージンはゴクリと唾を飲み込んだ。
「クリスティナ」
手を差し伸べると、少し恥ずかしそうにしながらもそっと身を寄せてくる妻を、ユージンはギュッと抱きしめる。
おずおずと背に回される腕と、肩口に頭を擦りつける甘えた仕草に、今すぐにでも押し倒して貪りたい衝動に駆られ、ユージンはグッと歯を食い縛った。
一方で、押し当てた胸から伝わってくる速い鼓動に、クリスティナは緊張しているのは自分だけではないのだと頬を緩める。
「クリス…」
ジルベールや家族、親しい友人などはクリスティナの事を「ティナ」と呼ぶ。
けれど、たかが呼び名とはいえ愛する妻を誰とも共有したくないユージンは、「クリス」と呼んでいた。
その独占欲にも似た想いが籠もった声に、そっと顔を上げ…。
愛おしげに目を細め、じっと見つめる夫の瞳の奥に、狂おしい程の情欲を見つけてしまい、クリスティナの全身がカッと火照った。
求められている事は、女として妻として純粋に嬉しい。
抱き合う事も唇での触れ合いも気持ちが良いものだと、知ってはいる。
けれども、それより先は知らないクリスティナは、胸をドキつかせながら少し困ったように
「…あなた?」
と小首を傾げた。
その仕草と呼びかけに、ユージンの中で何かがブツリと切れた。
腰に回された腕に力が籠り、噛みつくようなキスのその激しさに、クリスティナは思わず首を竦める。
その本能的な怯えを感じたユージンは、一転クリスティナの唇を優しく舐め、食み、宥めるようにキスを繰り返した。
最初は触れるだけのものだったのが、次第に深く官能的な物に変わり、酸素を求めて開いた唇の隙間から差し入れられた舌が、クリスティナの物と絡み合う。
——どうしよう、膝ががくがくして力が入らない。
何とか体勢を維持しようと、両腕をユージンの首に巻きつけるクリスティナ。
ユージンもその細い腰に腕を回し、クリスティナを支える。
おかげでユージンが唇を離した頃には、クリスティナは息も絶え絶えで、辛うじて彼にしがみついているといった有様だった。
「…はぁ」
蕩けたような表情を浮かべるクリスティナを至近距離でのぞき込み、ユージンは
「クリス、貴女の全てが欲しい」
熱のこもった囁きを吐息ごと耳に吹き込む。
身体の芯に直接響くようなその声に、クリスティナはコクリと頷いた。
そんな妻の頬にキスを落とすと、ユージンはおもむろに彼女を抱き上げた。
そのまま明かりもつけずにベッドへ直行し腰を下ろす。
当然クリスティナはユージンの膝の上、だ。
ユージンは親指でクリスティナの唇にそっと触れ、それから両手で頬を包み込み、顔を寄せる。
唇が触れるか触れないかの至近距離でユージンは囁いた。
「愛してる、クリスティナ」
愛おしさと慈しみの中に雄の本能が見え隠れするユージンのキスに翻弄され、クリスティナの鼓動は速まる一方だった。
くたりと力が抜けたのをみて、ユージンはそっと妻の身体をベッドに横たえ、そして唇を重ねたまま紐をほどき、辛うじて合わさっていた真紅の襟を開いてゆく。
紅い布の合間から覗く白い裸体に、ユージンは息を呑んだ。
「…み、見ないで」
恥ずかしそうに体をくねらすクリスティナの耳に
「なんで?こんなに綺麗なのに」
息を吹きかけるよう囁くと、ユージンは首筋に顔を埋めた。
「あのっ、ユージン…待って」
「いいや、待てない」
頭を押しのけようとするクリスティナの手を掴むと、ユージンは逆に首筋をきつく吸いあげる。
その瞬間、クリスティナの全身に電流が走った。
「あっ…」
首筋、鎖骨、胸元、至る所にユージンは所有の刻印を刻みつけていく。
唇が触れるたび、クリスティナはユージンの下でビクンと体を震わせ甘い声を上げた。
柔らかい肢体を唇で堪能したユージンが顔を上げる頃には、クリスティナの息はあがり全身を薄紅色に染めていた。
「綺麗だ、クリスティナ」
「…なんだか悔しい。
こういう事は初めてなのに、わたくしばっかり余裕がなくて追い詰められているみたい」
目元を赤く染めて睨みつけるその顔があまりにも可愛くて、ぎこちなく目を逸らしながらも
「そんな事…。
俺だって初めてだから、せめてクリスを怖がらせないよう、痛くないようにと」
照れたようそっぽを向くユージンに、クリスティナは目を丸くした。
「…何だよ?」
——自分しか欲しくなかったのだと、言外に言われた気がするのは…もしかしたら気のせいだろうか。
男の人が“そういう所”に行って経験を積んだり、楽しんだりする事をクリスティナも知っていた。
若手騎士達は特に、先輩騎士達に連れて行かれるとも聞いた事がある。
それなのに…ユージンは。
——初めてを捧げるのは、わたくしだけではないのね。
ひたひたと押し寄せる想いに胸が一杯になり、クリスティナは目を瞑った。
目を開けたその先には何よりも、誰よりも愛しくて大切な存在が、心もち心配そうにじっと見つめている。
「…わたくしの全て、貴方にあげるわ。
だから貴方の全てをわたくしにちょうだい?」
「そんなの当たり前」
少し照れたようにぶっきらぼうに言うユージンの逞しい首に両腕を絡め、クリスティナは花のような笑みを浮かべた。
2人の夜はまだ始まったばかり。
初めて同士の初々しさも、ぎこちなささえもスパイスに変えて…クリスティナとユージンはシーツの波間へ漕ぎ出していった。
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