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現世〜昇華〜
対面〜ジルベール〜
しおりを挟む精悍な顔立ち。
よく鍛えられた体躯。
あどけなさが残る面立ちは緊張で引き締まっているが、過度に気負ったり卑屈になったりしている様子はない。
今が過渡期だろうから、これから一回りは大きくなるのだろう。
父親に似てと言うべきか、それともやはり鍛えられたからか。
腕は相当立つらしい。
学院内で、上級生にも引けは取らない程に。
成績も生徒会役員に推薦されるだけあって、なかなかのものだ。
度胸もあって機転も利くと。
何だか褒め過ぎのような報告書に目を通したのが昨夜の事。
何よりティナの隣に立ち、寄り添う姿は…認めたくはないがとても自然で、そう、「あるべき姿」に見える。
——これが…ティナの言う「番」か。
それが初対面のユージン・ファントムクォーツに抱いた感想だった。
「初めまして、ユージン・ファントムクォーツと申します。
この度はお招きいただきまして、ありがとうございます」
ソツのない落ち着いた物腰は、ティナより年下だとは思えない程。
ティナも時折見せる憂い顔はすっかり影を潜め、はにかんだような、それでいて信頼と心配を織り交ぜた視線を送っている。
愛娘が初めて連れてきた異性を、父上は戸惑い気味に…そして母上は少しばかり浮かれて出迎えたのだった。
*
両親との対面は概ね好調というか好印象。
父上はルドガーの事を気にしていたようだが、前もって刺しておいた「ティナが望む相手と添い遂げさせてやりたい」という釘が、よく効いているようだ。
身分の事、年齢の事。
他にも、親としては色々気になる事もあるのだろう。
そこは父上から存分に確認していただいたら良いとして。
こちらはヤツの人となりを存分に確かめようと、受け答えを観察していた。
…のだが。
ティナと添い遂げる為には、どのような犠牲も厭わないという覚悟を持った目。
そしてティナを心の底から愛おしく思い、大切にしているという熱のこもった眼差し。
目は口ほどに物を言うというが、まさしくヤツの目は想いの全てを伝えているようだ。
見ているこちらにもダダ漏れなほどに。
——これは…ルドガーには勝ち目はないな。
可哀想というか、申し訳ないけれど。
それはティナの目を見ていても、はっきりとわかる。
なんせルドガーを見る目と、ヤツを見る目が全然違うのだから。
母上は流石にその辺は敏感なようで、ニコニコしながら父上をいなしたり取りなしたりしている。
『今日は具体的な話はするな。
2人の親密さや関係性を匂わせるだけでいい』
前もって打ち合わせていたので、表面上はにこやかに和やかに、ルドガーの事にはチラとも触れずに顔合わせが進んで行く。
もちろん…顔合わせと思っているのはこちらだけ。
母上は薄々察しているかもしれないが、父上はあくまでティナの“友人”をもてなしているつもりだろう。
問題は…この後だ。
ヤツがどう出るか…。
*
母上が気を利かせたのか、ユージンとティナ、そして私の組み合わせで庭を散策する事になったのは幸いだった。
母上が言い出さなければ、こちらから3人で話が出来るよう動くつもりだったが。
もっとも父上は最後までゴニョゴニョと言っていたけれど、母上が上手にあしらってくれるだろう。
「さて、騎士伯の息子」
名前を呼ばないのは、もちろんわざと。
そして心もち視線をきつく、嘲るような表情を浮かべたのも、また。
「お兄様!」
正式に紹介された者の名を呼ばぬのは失礼にあたる。
地位も年齢も、立場もこちらが上なのであちらは文句は言えないが、それでも咎めるような視線を送るティナを目だけで黙らせる。
「お前はティナに取り入って何を望む?
地位か?名誉か?」
あえて下種な質問をぶつけた私を、彼はまっすぐに見つめた。
その瞳には怒りや不満など、負の感情は見当たらない。
ただ鏡のように、静かに私を見返すだけだ。
「そのようなものは何も」
「何も?」
クッと嗤う私をティナが睨みつける。
「えぇ。
私が望むのはクリスティナ様と共に在る事。
それだけです。
そもそも取り入ったつもりもありませんが、地位も名誉も、あるいは富も己の力で得る物だと思っております」
「ティナよりも年下の爵位なしが、それを言うか」
挑発するように言い放った私に、ユージンは一瞬だけ鋭い目を向けた。
子供ながら気迫のこもった視線は、なかなかのもので不本意ながら息を飲む。
「…失礼しました。
私の条件がご家族を不安にさせる事、承知しております。
学生の身では説得力もありませんが、今は見ていてくださいとしか」
平坦な声で言葉を紡ぐユージンだが、視線を落とすと両手を色が変わるほど握りしめていた。
——悔しくない筈がない。
愛する人の家族にこのように嘲られて。
それでも、感情のまま言い返す事もせず耐えているのだな。
耐える事が出来るのだな…ティナの為ならば。
つがいとは、互いの魂に刻まれた運命の相手だと聞く。
そんな相手に縛られ囚われたティナが、果たして幸せなのか…。
それは私の判断する所ではない。
だが、互いに惹かれ合い求め、一生添い遂げる。
そんな相手に出会えたこと自体、奇跡というか運命なのではないだろうか。
明らかに非難の眼差しで私を見ているティナに、肩を竦め1つ息を吐くとユージンに向き直る。
「ユージン・ファントムクォーツ、すまなかった。
君を試すためとはいえ、失礼な事を言った」
きちんと頭を下げると、向かいから微かに苦笑する気配。
「やはり…そうでしたか」
顔を上げると、はっきりと苦笑を浮かべユージンがこちらを見つめていた。
その隣で、ティナが若干不満そうにこちらを見つめている。
「試すだなんて…人が悪いんだから」
「いや、良いんです。
ジルベール様のご懸念も、尤もですから」
ふくれっ面のティナを宥める眼差しはとても優しくて…。
ティナもそんなユージンに、安心して甘えているようにも見受けられ。
——こいつならティナを任せられるかも。
少しだけ…ほんのちょっとだけ、そう思った事は、2人には内緒にしておこう。
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