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現世〜昇華〜
告解・下〜クリスティナ〜
しおりを挟む「聖女であるとの誇りも遠い昔、前世の事。
今のわたくしにとって、伯爵家の令嬢である事以外誇りはございません。
そして民の安寧と家の誇りは第一に守るべきもの。
わたくしにとって、何よりも尊い守るべき物なのです
家と家の結びつき、そこに愛がなくとも家同士、そして国家のためには重要な意味を持つ。
その事は、伯爵家に生まれた者として重々理解しているつもりです。
だからこそ一度はユージンの事、諦めようとしました。
でも…ダメなんです。
頭では割り切っているのです。
けれど見ないようにしていても、つい姿を探して目で追ってしまう。
聞こえないふりをしていても、耳が勝手に彼の声を拾ってしまう。
彼の事を想うだけで胸の奥が熱くなり、その存在を意識するだけで鼓動が早まる。
どうしても心が、いえ、わたくし自身が求めてしまうのです、彼を。
かつてのつがいではなく、ユージン・ファントムクォーツを」
ユージンとの事、今すぐ認めて欲しいとは言えないけれど。
せめて、わかって欲しいと訴えようとした私の言葉を、兄様は手を挙げて遮った。
「良い心掛けたと思うよ。
貴族の子女なら当たり前の事と言えるかもしれない。
けどね、ティナ。
私はそれ程頼りないかい?
アイオライト家との縁談は、たしかに魅力的だ。
あの家の持つ養蚕業も豊富な資金もね。
それはあちらも同じ事。
お前という王家との太い繋がりは、喉から手が出るほど欲しいものだろう。
しかし、それがなくては立ち行かない訳では決してないのだよ。
あまり見くびらないでほしいな。
それにかりそめの婚約や、私とルドガーとの友情に、それほど義理を感じる必要もない」
いつもニコニコしている兄様の、滅多に見ない厳しい眼差しに言葉に詰まる。
「そんな…。
いえ、申し訳ございません」
見くびっていたつもりは決してない。
これは、むしろわたくしの罪悪感を減らす為の言葉なのだ。
もしくは…初めて見る兄の伯爵家の後継としての、野心に溢れた顔なのかもしれない。
そう悟り、辛うじてそう告げたわたくしを兄様は真剣な目で見つめた。
「ティナ、前から言っているがこの婚約は強制ではない。
お前が望むのであれば、いくらでも話を進めよう。
けれど、もし望まないのなら私は全力で阻止する。
お前の好きにして良いのだよ。
父様の事も母様の事も、アイオライト家の事も、心配しなくても良い
その為の手はもう打っているからね」
何故だろう…。
兄様の笑顔はいつもと変わらないのに、後ろに影のような黒いモノが見えるのは。
「とにかく、ティナの気持ちはわかった。
けれど確か…彼はティナより年下ではなかったかな?
ティナは学院を卒業して何年も彼を待ち続けるつもりか?」
——兄様の危惧も分からなくはない。
ユージン学院を卒業する時、わたくしは20歳になっている。
この国では結婚適齢期は19~22歳。
ユージンを待っているうちに婚期を逃し、万が一…という事を心配なさっているのだろう。
「えぇ、それでもユージンを待ちたいのです」
目を見つめて、はっきりと自分の意思を告げると、兄様は1つ頷き
「ルドガーにはこちらから、それとなく伝えておこう。
父上と母上には…前世云々はともかく、ルドガーと添うつもりがない事だけは、言っておいた方がいいかもしれない。
でないと、先走って何をするかわからないからね。
ティナ、1度ファントムクォーツを屋敷へ連れておいで。
早い方がいい」
と言ってくれた。
——なんか…話がドンドン進んでいく。
いえ、この場合は望ましい方へ進んでいっているのだから、悪い事ではないのだけど。
それでも当主である父様や母様を抜きにして、そんなに進めても良いのかと不安を感じて兄様をジッと見つめる。
「大丈夫だよ。
こういう事は動く時には一気に動くものだ。
それに、ファントムクォーツを連れておいでと言ったのも、布石の1つだ。
その場でいきなり交際宣言をしろとは言わない。
それでもティナが、初めて異性を我が家へ招待するという事に意味があるんだ」
…確かに。
子供の頃を含め、今まで異性の“友人”を屋敷に招待した事はない。
そんなわたくしが、親しくお付き合いしているとしてユージンを屋敷へ招待する。
それがルドガー様との婚約に対するわたくしの答えと牽制になる、と。
そういう事なのね、おそらく。
「わかりました、お兄様」
その他にも、兄様に何かお考えがあっての事なのだろう。
とりあえず、学院に戻ったらユージンとこの話を詰めようと心に決めた。
「ところでティナ、これは興味本位の質問なんだけど…」
「なんですの?」
いかにも興味津々という表情を浮かべているくせ、どこか聞きにくそうに口ごもるという、器用な兄様に笑って先を促す。
「いや、前世の記憶があると言っていただろう?
今のお前はどちらなんだい?
クリスティナ?それともかつての聖女?」
「人格は完全にクリスティナのものですわ。
ただ、ふとした拍子に…大抵は会話の中に出てくる単語や、特別な状況などで記憶が呼び起こされる事はあります。
例えば…今までは平気でしたが、前世の記憶を取り戻してからは雷雨が恐ろしくなったり」
つい先日も、ユージンの前で取り乱してしまった事を思い出し、頬が勝手に赤くなる。
けれど、兄様はそれには触れず不思議そうな顔をした。
「前世で色々あったのです。
嵐の晩に、恐ろしい事が…。
そんな時は、わたくしの中でクリスティナとアカリが綱引きしているように感じます」
「綱引き?」
キョトンとする兄様に、そう言えばこちらには綱引きというものはないのかと思い出す。
「互いの陣地と境界線を決めて、太いロープを向かい合わせに握って、引っ張り合うのですよ。
陣地に引っ張り込めた方が勝ちというゲームです」
「なるほど、それもかつての記憶かい?」
「そうですわね」
前世の話に兄様は思いのほか食いついた。
やや、食いつきが良すぎるほどに。
「ありがとうティナ、とても有意義な話を聞かせてもらったよ。
これだけネタがあれば、お前達の支援も楽になる」
と、よくわからない事を言いながらも、あれこれ考えているみたい。
とりあえず、兄様という強力な味方を得た事は間違いない…らしい?
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