42 / 50
現世〜昇華〜
告白〜ユージン〜
しおりを挟む「夢を…見ておりましたの」
目を開けたクリスティナ様は、まだぼんやりと遠くを見ているようだった。
「アカリとノールの夢を」
「クリスティナ…様?」
「過去に囚われず、わたくしの好きなようになさいと。
それが彼らの望みであると、言われてしまいました」
そこで、彼女の視点がようやく定まった。
たった今、夢から醒めたような顔でまじまじと俺を見つめる。
「ユージン?何故あなたがここに?」
驚きのあまり瞠られた目が、痛みのせいかまたキツく閉じられる。
「動いてはいけません、クリスティナ様」
「その、ようね…」
まだ記憶が混濁しているのか、目を開けてもクリスティナ様は落ち着かなさげに辺りを窺っている。
「学院の医務室です。
階段から落ちた事、覚えていますか?」
「あぁ…。
そう、そうだったわね、」
遠くを見つめるような眼差しに、ふと先ほど感じた恐怖が蘇る。
咄嗟に手を取り握りしめた俺を、クリスティナ様は不思議そうに見つめた。
「もう…こんな思いはたくさんです」
「ユージン?」
ギリと胸の奥が痛むのを堪え、クリスティナ様をまっすぐに見据える。
「1度目は王宮で倒れたと偶然知り、何も出来ない自分に歯噛みしながらあなたの無事を祈り、待ち続けるだけだった」
あの時も、そして今も。
代われるのなら代わりたいと、どれ程願った事か。
何の力もないおのれを嘆き、何も出来ない事を悔やみ、ただ待つ事しか出来なかった。
「そして今度。
あの時と違って側にいる、手を伸ばせば触れられる距離に。
2度も貴女を失うかと思った。
あんな身の内の凍りつくような思いは、もうしたくない。
黙って見ているのも待つのも、もうイヤだ」
クリスティナ様の手に額を寄せ、呻くように告げる。
「ユージン」
戸惑いを含んだ微かな声を遮って
「聞いてください」
初めて、怪物化の恐怖をクリスティナ様に打ち明けた。
「幼い頃から同じ夢を見るんです。
前世の夢と知ったのは…数年前でしたが、怒りと憎しみで我を忘れ、身体中硬い鱗で覆われる夢を」
「それって…」
「えぇ、アカリを失ったノールが魔に堕ちた時の姿です」
髪に柔らかく触れる気配。
顔を上げると、不自由な体勢ながら必死に手を伸ばしたクリスティナ様の、労りを含んだ視線とぶつかった。
目線だけで「続けて」と促され、ポツリポツリと話す。
「幼心に感じたのは恐怖でした。
あれが自分の事だと、感覚的にわかっていましたから、いつか自分もそうなってしまうのではないかと。
俺の背には鱗のように硬い部分があるから」
「…」
「クリスティナ様と出会い、その恐怖が現実のものとなった気がしたんです。
いや、違うな。
果てのない悪夢の向こう側から呼びかけられたのかと…最初に『ノール』と呼ばれた時は思いました」
「そう…だったの」
細く息を吐き出したクリスティナ様を、じっと見つめる。
「怖かったんです。
あなたと関わる事で、俺もいつか怪物になってしまうのではないかと。
だからわざとあんな酷い態度を…。
申し訳ありませんでした」
「……今、は?」
戸惑いだけではない。
どこか期待の滲む眼差しに、ドクリと心臓が跳ねた。
「今は違う意味で怖いです、クリスティナ様を失う事が…」
——ようやく。
素直に思いの一端でも伝える事が出来た。
「あなたが他の誰かのものになってしまう事が、怖い」
目を合わせ、心のうちをありのまま伝える。
「クリスティナ様が諦めてしまった事が辛かった。
俺のせいだから、辛いなんて言う資格がない事はわかっています。
だから距離を置こうとしました。
結果は…ご存知の通りですが。
でも…一方でこの気持ちが、ノールだからなのか、俺の本当の気持ちなのかとずいぶん迷いました。
前世に引きずられているのかと、最初は思ったんです。
でも違う。
俺が、あなたを、諦めたくないんです」
一語一句に想いを込めて告げる。
「やっと…言えた」
「ユージン」
クリスティナ様の潤んだ目に、まだ諦めなくても良いのだろうか、等と都合の良い勘違いをしてしまいそうになる。
「物分かりの良いふりをして、全てを諦めて…いいえ、向き合わずに逃げてきたけれど、そうしてわたくしに何が残るというのでしょう」
「…」
クリスティナ様の真意を知りたくて、黙って続きを待つ。
「わたくしも、あなたを諦めたくはありません。
ユージン、出来ることならばあなたと…」
——あぁ!
魂が歓喜に震えた気がした。
熱いものが込み上げてきて、胸がいっぱいになる。
「クリスティナ…」
掠れた声で名を呼ぶと、彼女は花が綻ぶような可憐な笑みを浮かべた。
0
お気に入りに追加
132
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!
utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑)
妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?!
※適宜内容を修正する場合があります
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる