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現世〜覚醒〜

哀別〜クリスティナ〜

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「行って…しまったな」

呆れた口調を隠しもせず呟くセラフィーヌ様の声に、唇を噛み締めた。


「案外意地が悪いのだな、わざと聞かせたのだろう?」

ジークフリード様も呆れた様子でセラフィーヌ様を見つめる。


「…これくらいですごすご逃げ帰るような奴に、大切なティナはやれん」

「お前、それじゃまるで父親のセリフだぞ」

「せめてそこは母か姉にしてくれ」


ジークフリード様とセラフィーヌ様の掛け合いも、耳を素通りしてゆく。


「あの、わたくし失礼いたします」

我ながら酷い声だと思った。
嗄れ掠れて、聞き取りづらい…今のわたくしのひび割れた心そのままの声。

それでも精一杯虚勢を張り、優雅に見えるようお辞儀をしてその場を辞す。


早く1人になりたかった。
それでも適切な早さを保ち、微笑みを顔に貼り付けて歩く。



——どこか、1人になれる所…。

次の授業の事など、頭から飛んでいた。
とにかく1人きりになりたかった。


幾つか廊下の角を曲がり、階段を登って図書室へ向かう。

図書室のドアが見えたら、もうダメだった。
残り数10歩を小走りに駆け寄り、ドアを開けて中へ飛び込む。


「…っ!…ふっ、」

唇をかみしめても漏れ出る嗚咽。
堤防が決壊したかのように溢れる涙。

書棚の奥に身を潜め、膝を抱えて座り込む。



——彼が全てを思い出していたなんて。


3年かけて折り合いをつけ、ゆっくりと諦めていったのに。
ようやくノールの事を忘れられる、そう思ったのに。



——よりにもよって、何故今なの?


アカリの事を、ノールの事を、生まれ変わってもまた会いたいと願った、2人の切ない恋を思い出して欲しい。

でも一方で、彼の「過去の事だ」と言う言葉も、もっともだと理解もしていた。
記憶のない者に思い出して欲しいと言っても、無理な話。
強制する事も懇願する事も、彼を苦しめる事にしかならないのだから。

相反する思いと、ノールに対する想いを抱え…その苦しさから終止符をうつ事にした前世の恋。


確かに、過去に囚われ今のユージンをちゃんと見ていなかった。
ユージンを見ていても、彼を通してノールを探していた。

ユージンはユージン。
ノールはノール。
そんな当たり前の事にさえ、気づけなかった。


前世からの重すぎる縁。

無情にも引き裂かれ、また会いたいと願っただけなのに…。
こんなにも悲しくて苦しくて切なくなるのなら、前世など思い出さなければ良かった。

何も知らなければ…傷つく事も、そして彼を傷つける事もなかったのに。


とめどなく溢れる涙が頬を濡らす。


「ノール…」

——ようやく会えたと思ったのに…。



「…ユージン」


『アカリじゃなきゃ…』

それは、今までで1番嬉しい言葉の筈なのに、わたくしを奈落の底に突き落とした。

彼が求めるのはあくまで、かつての番。
クリスティナ・クンツァイトではないのだ、と。


そして…
『さようなら、ミツルギ アカリ』と言った彼の苦しそうな顔が頭から離れない。


わたくしがいけなかったのだろうか。
彼を信じて待たなかったから…。


思いは千々に乱れ、泣きすぎて目が腫れぼったくなり頭がズキズキと痛みだす。

それでも涙を止めることが出来なかった。
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