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現世〜覚醒〜
予感〜ルドガー〜
しおりを挟む『クリスティナに会いに来い。
ただし妹の意思を尊重しろ』
日頃冷静で隙のないジルベールらしからぬ、簡潔な手紙に苦笑がこみ上げる。
これではまるで奴の方が“花嫁の父”のようではないか。
婚約の話を持って行った際、彼女の父は諸手を挙げて賛成といった様子で、多少浮かれてもいたように見えたのに。
隣で苦虫を噛み潰したような顔をしていたジルベールを思い出す。
これでは、何かこちらに不手際でもあろうものなら
「妹は貴様にはやらん!」
とか言いだしかねないな。
まぁ、そんなヘマはしないが。
*
そうして訪れたクンツァイト家で久しぶりに会ったクリスティナは、予想以上に美しく大人の女性へと成長していた。
「クリスティナ、一段と綺麗になったね。
どこから見ても完璧な淑女だ」
「まぁ…ルドガー兄様ったら、お上手ですこと」
頬を上気させ困ったように微笑む顔も。
手渡した花束に、パッと浮かべた嬉しそうな笑顔も。
コロコロと笑う素直な笑顔も…。
いつまでたっても、どのような表情も見飽きる事はない。
——こういう子と一緒になったら、毎日が楽しいのだろうな。
駆け引きや恋愛ゲームを楽しむ事はできないが、こちらの愛情に素直に親しみや尊敬を返してくれるこの子なら、きっと…。
ゆっくりとでも穏やかな愛情を育んで、良い家族になっていける。
貴族として伴侶に求めるものは様々だろう。
地位、美貌、教養、社交性、財力、様々な伝手。
けれど私はまずその人の人柄だと思う。
形だけの婚姻や、冷え切った家庭などというものは望んではいない。
優しい性格に温かい笑顔、誠実な人柄。
そういったものこそが、実はかけがえのない大切なものなのだ。
改めてそう思えた。
いくら結婚の申し込みを前提の付き合いと言っても、クリスティナにも淑女として世間体というものがある。
2人きりで部屋にこもる事は流石にまずいので、ドアは開けたままクリスティナと会話を続けているのだが、これがまた予想以上に楽しかった。
年齢も近く同じ学院で学んだ事もあって、共通の話題は尽きない。
特に学院でのジルベールの話は、クリスティナにとって新鮮だったらしい。
「まぁ、お兄様が?…そんな事を?」
屋敷で見せる兄の顔とは別の姿に、一々クリスティナは驚き、そして笑い崩れた。
「あぁ、万が一ジルベールと喧嘩するような事があったら、この話を思い出すといい。
きっと彼はクリスティナに頭が上がらなくなるはずだ」
冗談めかして笑い合う姿は、まるで秘密の共犯者のようで、その親密さに少しは脈があるのかも、と期待してしまう。
今までは親友の妹という目でしか見た事はなかったけれど、1人の女性として意識するには十分すぎるほど魅力的なクリスティナ。
否が応でも惹かれていく気持ちを、自覚しつつも…。
——そういえば、クリスティナの意思を尊重しろと、ジルベールがくどいほど念を押していたな。
あれは何か?クリスティナには心に秘めた男がいると、そういう事なのか?
そうでもなければ、この縁談は纏まる筈だ。
家格的にも年齢的にも条件の面でも、そしてクリスティナやジルベールとの付き合いの深さにおいても、歓迎されているのは間違いないのだから。
しかし、万が一。
仮に、クリスティナに意中の奴がいるのだとしたら。
それは途轍もなく苦々しい、嫌な気分になる想像だった。
「クリスティナ」
居住まいを正し、改まった口調で呼びかける私を、クリスティナはキョトンと見つめた。
「ジルベールやクンツァイト侯からも既にお聞き及びと思うが、改めて私からもお願いしたい。
クリスティナ・クンツァイト嬢。
どうか私の花嫁となっていただけないか?」
「ルドガー…兄様?」
困惑と混乱と、僅かに見え隠れする切なさと。
そんな表情を浮かべるクリスティナを、どうすれば説き伏せられるのか考える。
「もちろん、貴女の気持ちを無視して話を進めるような事はしない。
が、私にはそのつもりがあるという事だけは承知しておいて欲しいのだ」
「…」
「今すぐ返事をくれとは言わない。
だが、考えてみてほしい。
あぁ、もちろん貴女にもう心に決めた者がいるのならば、今すぐ言ってくれ」
この言葉にクリスティナは瞳を揺らし、迷うように何度か口を開いては、また閉じた。
「心に決めた方ではありませんが、密かに想っていた方はおりました。
えぇ、過去形です…もう昔の話ですわ」
どこか諦めたような弱々しい笑みに、彼女の心がまだそいつに残っているのだと気付いてしまう。
「昔の話と折り合いがついているのならよろしいのですが、万が一諦めきれないというのならこうしましょう。
とりあえず婚約の話は保留という事で、前向きに検討していただければ。
そして貴女が学院卒業するまでに、その者と何らかの進展がなかった場合は、改めて結婚を申し込みましょう」
「ルドガー兄様、そんな…」
「大丈夫、これでも気の長い方なのですよ。
それに貴女を幸せにする自信はありますが、欲張りなのでね。
貴女の心からの笑顔も、愛情も独り占めしたいのです」
他の男を思いながら、諦めて受け入れる婚姻ではなく、どうせなら私だけを見てほしい。
その思いを込めてにっこりと微笑みかけると、クリスティナは疚しそうに…あるいは申し訳なさそうに目を逸らした。
「ですから、ここは形だけの婚約で。
私の気が変わらなければ…そして貴女の気が変わったら卒業後に正式に婚約という事で、よろしいかな」
戸惑いながらも頷くクリスティナの手を取り、その指先にそっと口付ける。
「私は引くつもりはないですよ。
無理に押す事はしないと言っただけで」
ニヤリと笑うと、クリスティナはさらに戸惑いの表情を深めた。
「あ…の、」
「そろそろ、扉の向こう側で焦れているジルベールのやつを呼んで、3人で話をしましょうか」
その言葉に、弾かれたように手を引くクリスティナの頬は真っ赤に染まっていて。
こういう初々しいところも好みだ、と改めて思いながらも今後どのように彼女を落とすのか、作戦を練り直すことにした。
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