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現世〜覚醒〜
縁談〜ジルベール〜
しおりを挟む王宮より帰ってきたティナの様子が、どことなくいつもと違う気がする。
今までの憂い顔が影を潜め、清々しいとも言える表情が多くなったようだ。
「何か良い事でもあったのかい?
さっぱりした顔をしているように見えるが」
「イヤですわ、今までそんなに鬱々とした顔をしておりました?」
笑いながらサラリと冗談を言うティナの顔は、やはり明るくて。
それだけで家の中が明るくなったような気がする。
家族揃っての晩餐の後、茶を淹れてもらってゆっくり寛ぐ。
そんな穏やかな時間も久しぶりで、自然と口数も多くなる。
「ところでティナ、お前に縁談が来ているのだよ」
しかしせっかちな父上が不用意に漏らした言葉に、久しぶりに見たティナの無邪気な笑顔が曇ってしまった。
「縁談といってもまだ仮の話だ。
気が乗らなければ断っても良いと、私は思う」
どこか諦めたような寂しげな顔をするティナに、そう告げるが
「ジルベール!お前はまたそんな勝手な事を。
いや、でも良いお話なのだぞ。
お相手はアイオライト家のルドガー様だ」
父上の言葉に、ティナはキョトンと目を見開いた。
「ルドガー兄様と?わたくしが?」
「アイオライト家はそう望んでいる」
「とても良いお話ですよ、クリスティナ。
女性にとって、望まれて嫁ぐのが1番の幸せなのですから」
両親は熱心に勧めるが、クリスティナの笑顔は強張ったままだ。
「父上も母上も、気が早いですよ。
だいたいティナはまだ5年生。
あと1年半は学生の身なのですから」
「それはそうだが…お前は反対なのか?」
不満そうな父上の言葉に
「ティナがそれを望むのであれば、もちろん反対などいたしません。
ですが、万が一望まないのであれば…ティナの意思を尊重してやりたいと思うのです」
静かに返す。
貴族の、特に女性にとって、結婚とはなかば義務である。
お互い好きあって結婚できれば、もちろんそれに越した事はない。
けれど、だいたいの場合は両家の思惑や利害の一致などで相手が決まる。
確かにルドガーは悪いやつではない。
付き合いが長いだけあって、ティナの事はよく知っているし、ティナも懐いている。
しかしだからと言って、婚姻ともなれば話は別だ。
もしかしたら…父上よりも私の方がよほど“花嫁の父”の心境なのかもしれない、と思う。
「ティナ、ともあれルドガーのやつがお前に会いたいと言っている。
近いうちに会って、話を聞くだけでもしてみたらどうだ?」
まぁ、ルドガーの方は乗り気だったからティナを口説き落とす気満々だろうがな。
「…わかりました」
困ったように微笑むティナは、どこか無理をしているようで…。
やはりティナが望まないのであれば、無理に進めるような事をするなとルドガーに釘をさす事にしようと決意する。
*
「ティナ、前々から聞いてみたかったんだが…」
両親が各々の自室に引っ込み、自分も部屋に戻ろうとするティナを呼び止める。
「何ですの?お兄様」
部屋の片隅…窓際に呼び寄せ、執事や侍女にも声が届かぬよう、声を潜める。
「もしかして、他に心に決めた者が居るのではないかと思ってね」
ハッと息を飲むティナの様子に、やはりそうなのか…?という思いと、まさかという思いが交差する。
「幼い頃から“番”という存在に拘っていただろう?
もしかして、その者と…?」
「いいえ、お兄様」
またしても遠くを見つめる、悲しそうな顔に胸が疼く。
一体どこのどいつが、可愛い妹にこのような顔をさせるのかと。
しかし、次の言葉に愕然とした。
「番の事はもう良いのです。
わたくし、すっぱりと忘れる事に致しました」
——やはり…心に思う奴がいたのか。
しかも、よりにもよってそいつにティナは…。
「一体どこのどいつだ、それは」
ギリギリと奥歯を噛み締めながら出した低い声に、ティナは目をまん丸にし…そして、苦い笑みを浮かべた。
「…ノール、ですわ」
「ノール、だと?」
「えぇ、もう2度と会う事のない大切な方」
切なさの中に、深い信頼と隠しきれない想いが滲む声に、子供だと思っていた妹がいつの間にか知らない女性になった気がした。
「…ティナ?」
「…ルドガー兄様はいついらっしゃいますの?」
あえて話題を変えるティナに、これ以上触れて欲しくない話題なのかと思いつつ、ノールという固有名詞が出てきた事に驚きを隠せなかった。
「そいつは、亡くなったのか?」
「似たようなものですわ」
「まさかお前を捨てて他の女性と?」
「いいえ、そういう訳ではありません。
というかお兄様、まるで恋愛小説に出てくるような会話ですわね。
この手の小説をお読みになられた事が?」
はぐらかすように笑うティナの言葉に、これ以上聞き出すのは無理かと諦める。
「ルドガーだが、これから便りを書くから明日には届くだろう。
あいつの事だ、早ければ明後日には押しかけてくるかもしれないな」
まぁ、と呟くティナの表情からは先程までの切なさは感じられない。
——もう…過去の事、なのか?
ティナにとって吹っ切れた、終わった事なのか?
こんな時、姉妹であればもう少し突っ込んで聞けたかもしれないのに、と埒もない事を考えながら、穏やかに微笑むティナをじっと見つめていた。
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