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現世〜覚醒〜

衝撃〜ユージン〜

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夏休みが始まる前、学院内を飛びかっていた根も葉もない噂。

クリスティナ様が、ジークフリード様と婚約者セラフィーヌ様との間に割って入ろうとしているという、無責任かつ悪意に満ちた噂は終息を迎えた。


夏休み明け、ジークフリード様と共に学院に現れたセラフィーヌ様の仲睦まじい様子に、噂の真偽を疑う者が多かったのか。
それともセラフィーヌ様が相変わらず、クリスティナ様を親友として側に置き、ジークフリード様も暖かくそれを見守っているからか。

あるいは、その両方か。


元々、ジークフリード様に対してもセラフィーヌ様に対しても、礼儀も節度を弁えていたクリスティナ様の周りには、以前のように人々が戻った。
夏休み前も、辛そうな様子は見せることはなかったけれど。
それでも明るい表情の多くなったクリスティナ様の様子に、ほっと胸をなでおろした。



それにしても…。
夏休みに入ってすぐ、王宮内で起こった事はすぐさま箝口令が敷かれ、殆どの者が知らぬうちに処理されたらしい。

それは良いのだが、クリスティナ様の容態を知る事が出来るまでのあの日々は、今思い返しても身悶えするほど長く辛いものだった。


「喜べユージン!
クンツァイト嬢の意識が戻ったぞ。
嫌疑も晴れて、無事王宮から出られた」

バルマンがこっそりと教えてくれたのは、彼女が倒れて5日目の晩の事だった。
焦れに焦れて、待ち焦がれていたその知らせに腰が抜けるほど嬉しかったのは間違いないのだけど。

すぐに屋敷へお帰りになってしまったと聞き、今すぐにでも会いたかった気持ちが風船のように萎んでしまった。


それから長い夏休みを経て、ようやく会えるとなると…今度は妙なところで臆病な俺は、どのツラ下げてという思いに足が竦んだ。

一度ならず前世を否定し、過去の事だと切り捨て突き放した俺が。
今更どう接すれば良いのか、分からなくなってしまったのだ。
もちろん、記憶を取り戻したからといって、すぐに関係性が変わるなどと思い上がるつもりもない。


それでもやはり会いたいと、俺の中の“ノール”が“アカリ”を求めるのだ。



——今日こそお会いして、ちゃんと打ちあけよう。
そして、謝罪しよう。

そう決意し、クリスティナ様を探す。


しかし…ようやく決意を固め、見つけたクリスティナ様は、間の悪い事にセラフィーヌ様・ジークフリード様と一緒だった。



——仕方ない、また出直すか。


その時、肩を落とした俺の耳の届いたのは

「婚約⁈…ティナが?」

という、淑女にあるまじきセラフィーヌ様の素っ頓狂な声と

「セ、セラフィーヌ様!お声が…」
 
というクリスティナ様の焦ったように嗜める声だった。



——婚約……。

その2文字に目の前が真っ暗になる。


それでも何かの間違いかも、とこの期に及んでまだそんな事を考えてしまう。
決定的な言葉…相手の名や、クリスティナ様の肯定を聞きたくなくて、いや聞かない為にも踵を返した。

そっとその場を離れようとしたのだが…。


「ユージン・ファントムクォーツ、聞こえていたのでしょう?」

こちらに背を向けている筈のセラフィーヌ様に呼び止められ、仕方なく足を止める。


驚愕の表情を浮かべるクリスティナ様と目が合った。
何か言いたげな顔をして、それでもおし黙るクリスティナ様に向けて

「ご婚約…おめでとう、ございます」

全然思っていないのに、口からついて出たのはそんな言葉だった。


俺の言葉に、クリスティナ様は一瞬酷く傷ついた表情を浮かべ、それからうすく微笑み

「ありがとうございます」

と頭を下げる。


一瞬だけ見せた表情に、俺の方が傷付いたのに何であんたがそんな顔を!と勝手に裏切られたような気になって頭に血が上った。



「最後にこれだけは言わせてください」

押し殺した低い声に、クリスティナ様は驚いたように目を見開いた。

「最初から決められている恋なんて、ゴメンだ。
前世だが何だか知らないけれど、知らない間に勝手に決めるな!
と、そう思っていました。

思っていたのに…気がついたらあなたの姿を目で追っていた。

その事に気付いた時は、心底ゾッとしましたよ。

なのに、目が離せない。
そばへ行きたい、言葉を交わしたい。
その滑らかな肌に触れてみたい。
絹のような髪にこの手で触れたらどんなにか心地いいだろう。
そんな事ばかり考えてしまうんだ。

笑いたければ笑ってくださっても結構です。
あんなにバッサリ切り捨てたのに、と軽蔑したくばどうぞ。

俺だって…どうかしてると思ってますから。

でも…ダメなんだ。
どうしても、アカリじゃなきゃ」


俺の中の“ノール”の、最初で最後の告白とばかりに、思いの丈をぶつける。


「…アカリ、じゃなきゃ?」

掠れた声に怒鳴り返していた。

「あぁ、そうだよ!
思い出したんだ、ノールの記憶を取り戻した。
なのに、あなたは…」


子供じみた八つ当たりだと自覚はある。
こんな事、言える立場でも筋合いでもない事も。

それでも一旦ついた勢いは止められなかった。


「だけどそういうあなただって、俺がノールの生まれ変わりだから…だから俺が気になるんだろ?
ユージン・ファントムクォーツじゃなく、ノール・ラグナ・ドラグナイトの生まれ変わりが」


言いながら、今更ながら気づいてしまった。

俺は、“”ノールの生まれ変わり”としてではなく、“ユージン”として見て欲しかったのだと。


かつては“頼り甲斐のある大人”だったのに、今は年下のガキだ。

生まれ変わってもまた会えたのは嬉しい。
でも、彼女を下に見るつもりはもちろん無いけれど、今の俺は歳も地位も下で。

殿下や王太子妃となられるセラフィーヌ様の信頼厚く、生徒会副会長に指名されるほど成績優秀。
人望もあり、控えめで出しゃばらず、凛としているのに物憂げな切ない横顔から目が離せなくて。

どんどん惹かれていくのに、彼女は俺を見ているようで、俺ではない誰かを…ノールを見ていて、ユージンを見てくれる事はない。


挙げ句の果てに…他の誰かの手を取ると、そう言うのなら。


「なら、もうそういうのは終わりにしよう。

…さようなら、ミツルギ アカリ」


奥歯をぐっと噛み締めて、一礼する。



心がバラバラに砕け散ってしまった気がした。
こんなにも“アカリ”を求めているのに、狂おしいほど欲しているのに…。


彼女はもうとっくに諦めていたという事実が、俺の中の“ノール”の彼女への想いをズタズタに切り裂いた。
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