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現世〜出会い〜
信頼〜ジークフリード〜
しおりを挟む初めてカルセドニ家のセラフィーヌと会ったのは、5歳になってすぐの事だった。
天真爛漫で闊達で素直で、人見知りも物怖じもせず、王宮内で飼っていた犬達と走り回っている。
黙って立っていれば、天使もかくやと言わんばかりの愛らしさ。
少し癖のある銀の髪に、護り石であるカルセドニーと同じ薄青の瞳。
全体的に色素が薄く儚げにも見えるのに、好奇心の強い瞳がそれを裏切っている。
口を開けば、覚えたての辛辣な言葉がポンポン飛び出すし、かと思えば屈託なく大きな口を開けて笑う。
仮にも公爵家の姫として、それはどうなんだ?という言動が印象的な子だった。
それからは年に1~2度の割合で会う事になったが、淑やかで優しくも厳しい母上とも、大人しくて刺繍やレース編みを好む妹とも、側仕えの侍女達とも違う歯に衣着せぬ率直な物言いも、活発さも嫌いではなかった。
むしろ物珍しさも相まって、好ましいとさえ思えた。
そんなお転婆な第一印象は、学院に入学する頃になっても覆る事はなかった。
「フィー、馬子にも衣装だな。見違えたぞ」
けれど学院に入る際、ずいぶん厳しく躾けられたのだろう。
王宮内で久しぶりに会った彼女は、日頃のお転婆ぶりが嘘のように淑やかで、どこからどう見ても公爵令嬢のお手本のようだった。
「ジーク、そこは「とても美しい」とか「相変わらず綺麗だ」というところだ。
馬子にも衣装なんて、褒めてない」
…黙っていれば、という部分は相変わらずだったが。
「褒めてるさ、ちゃんと。
どこから見ても完全無欠の公爵令嬢じゃないか」
「完全無欠ね」
ふぅ、と溜息を漏らすとフィーは優雅な仕草で紅茶を飲んだ。
「ああしろ、こうしろ。
これはするな、それはダメだ。
息が詰まりそうだな、全く。
私が本当に完全無欠なら、そうは思わないんだろうが。
あいにくの付け焼き刃だ」
やさぐれる婚約者殿を宥める為、頼んで作ってもらっておいたアップルパイを持ってくるよう、侍女に目配せをする。
「わぁ!アップルパイじゃないか」
「お前が来ると聞いて、用意させていたんだ」
アップルパイを見つけた途端に目を輝かせるフィーは、ある意味単純というかわかりやすい。
「ありがとう、ジーク。
王宮のアップルパイは、いつ食べても美味しいな」
「1週間後にまた用意させるさ」
一口頬張り、目をつむって美味しさに悶えるフィーは実に愛らしい。
何というか、人懐こい野生の動物に餌付けをしている気分だ。
「それを励みに、これからの1週間を乗り切るよ」
1週間後、俺とフィーの正式な婚約発表が王宮で行われる。
今日はその際フィーが着用するドレスのお披露目のため、招待したのだ。
当日、フィーは産まれる際握りしめていたカルセドニーを加工したネックレスと、俺が送ったラピスラズリのイヤリングを身につける。
濃淡2色の蒼が映えるよう、染めからデザインに至るまで計算し尽くされたドレスは、さぞかしフィーを美しく魅せる事だろう。
「楽しみだな」
俺だけの為に美しく装ったフィーを、早く見てみたい。
そう笑う俺に、彼女は
「アップルパイもな」
ニッと笑った。
——まったく、このお姫様は。
人の気も知らないで…いや、案外わかっていっているのか?
「ドレスが着られなくなるくらい食べ過ぎるなよ」
苦笑混じりにそうからかうと、フィーはツンと顎を上げ
「いやですわ、ジーク。
淑女はそんな事、致しません」
気取った声でそう反論し、プッと吹き出した。
——やはり、彼女は笑っている方がいいな。
これからは学院で共に、国と民のために知識を深め、群がる有象無象を見極めつつ、その繋がりを確かなものとしてゆくのだ。
より良き未来のために…。
その未来を共に作って行くフィーも、相当の苦労を背負い込む事になるだろうが。
それでも、同じ苦労を共に背負い込むのならフィーが良い。
人目のある所では行儀が悪いので絶対にしないが、ここは自室だ。
頬杖をついて、美味しそうにアップルパイを頬張るフィーを見つめる。
「…なんだ?ジロジロと見て。
そんな顔をしても、アップルパイはやらんぞ」
——前言撤回。
やはりこいつは男心や人の機微などという繊細なものは、理解していないに違いない。
最後の一切れを美味そうに頬張りながら、訝しげに首を傾げている我が婚約者に、誰か複雑なオトコゴコロを教えてやってはくれないか、とそう願った。
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