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第4章 国境の外へ。戦いのはじまり
047 船旅
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アカが誘拐犯ごと燃やしてしまった宿屋を、ぼんやりと見ていた。
火の勢いが強すぎて、どうにも手の出しようがない。そして放火犯のアカはというと「してやったり」と誇らしげな表情を浮かべていた。
……いや、見た目はまんまるに太った鳥なので、表情はわからないんだが、なんとなく感情はわかるのだ。
「ぴ~!」
まあ狼男から助けてくれたのは事実だしなあ。どうせなら攫われるまで待って、ヤツらのアジトを燃やしてくれればいろいろ助かったのだが。
それにしても、オレに一度殺されたわりにあっさり懐いてくれたな。母親と思われているらしいのは、正直微妙な気分だが、将来アカと戦う必要がなさそうなのはありがたい。もしかしたらフェニックスは、体が再生するだけで記憶は残らないのかもしれないな……。
さいわい、宿屋の火事はすぐに鎮火された。たまたま近くにいた魔族数名が、魔法で消火したのだ。地方都市なのに、ふつうに魔族がその辺を歩いてる。うちの領地とは違い人材豊富で羨ましい限りだ。
火が消えていくらも経たないうちに、デトナとシグネが走って戻ってきた。人混みをかき分けながら近づいてくる二人と目が合う。デトナの感情は読めなかったけれど、シグネは般若のような顔になっていた。どうやらオレのせいで宿が焼けたと思っているようだ。
大局的見地から鑑みて、オレに過失はなかった。一番悪いのはあの誘拐犯どもだし、あんなヤツらを野放しにしている治安担当者の責任でもある。アカは、まあその、ちょっぴりやり過ぎてしまったかもしれないけど、正当防衛の範疇だ。
怒られるのも嫌だし、あんな高そうな宿屋の弁償でもさせられたらたまらない。なんとか誤魔化すことにしよう。まずオレは、抱えていたアカを地面に下ろした。それから魔法で目尻に水滴を作成する。
「うわ~ん、火がいっぱいで怖かったのじゃ~」
そうして、泣き真似をしながらデトナに抱きついた。デトナは一瞬ビクリとしてから動かなくなった。うむ、予想通りだ。デトナは抱きついたり、手を繋いだりすると、借りてきた猫のようにおとなしくなる。
「アンタ、なにやったのよ!? あの宿には私のお気に入りの宝石──」
「うわ~ん、ご、ごめんなさい、ヒック、お姉ちゃんの宝物持ち出せなくて……」
火事のせいで、この場には野次馬が集まっている。さて、彼らがオレたちを見たらどう思うだろうか。泣きじゃくる小さな女の子と、それを叱る女。きっとオレに同情するはずだ。
「ひでえな、あんな小さい子に……」「火事からやっと逃げ出した妹を慰めるどころか、自分の持ち物の心配かよ……」「あの子、かわいそう……!」
野次馬たちから、シグネを責める声が聞こえた。今にもオレに掴みかかりそうだったシグネだが、まわりの雰囲気に押されるように手を引っ込めた。
よしよし、周囲のプレッシャーに負けたな。ダメ押しとばかりに、魔法で滝のような涙を作り出した。
「うっ、うわ~ん、お、お姉ちゃん……」
「わ、わかったわよ! もう怒らないから泣き止んで」
「ヒック、後で怒ったりしない……?」
「しないわよ!」
「うっ、ヒック、後で金銭、あるいは物品など、なんらかの補償を要求しない?」
「しないからっ、とっとと他に行くわよ!」
よし言質をとった。これでオレの責任が追求されることはないだろう。
* * * * *
オレたちはそのまま港に向かって、大型帆船に乗り込んだ。本当は足の早い軍艦を貸して欲しかったのだが「軍艦は目立ちすぎるからダメ」と断られたのだ。かわりに氷の魔王と関係が深い商家から、良い商船を買ってもらった。もちろん代金はむこう持ちだ。ずいぶん迷惑をかけられたんだから、これくらいはしてもらわないとな。
乗組員もすでに確保できている。海軍から一部隊をまるごと引き抜いたらしい。これは素直にありがたかった。またあの狼男みたいなバカが出てくるとたまらないからな。ただ、積み荷の搬入が終わっていないのと、オレが頼んだ人員が集まっていないので、まだ出港はできない。
「ったく、なんで私が悪者にされるのよ……」
「ふはは、世の中とはそういうものじゃ」
船室では、いまだにシグネが愚痴っていた。まあ、気持ちはわかるけど。
子供を泣かしていると、泣かせたヤツが悪者みたいに見えるのはなんでなんだろうな?
けど、思ったより泣き虫作戦は有効だった。今まで有効に使わなかったのがもったいないくらいだ。これからは積極的に発動させることにしよう。せっかくかわいい女の子になっているんだから活用しないとな!
「……で、結局なにがあったのよ。そのデブ鳥がいきなり燃え上がったの?」
「アカはわらわを助けてくれたのじゃぞ。そなたたちがいない間に、小汚い狼男たちがわらわをさらいに来たのじゃ」
そう言いつつ、ぷにぷにしたアカの腹をなでてやった。
アカは「ぴ~」と嬉しそうに目を細めた。
「狼男……。あいつらか。まったく。なにが不満で反抗するのかわからないわ」
シグネはブツブツ言いながら船員を呼びつけた。狼男の情報を領主に伝えるよう命令している。
「……なあ、氷の魔王はこの大陸全土を掌握しているのじゃろ」
「なによ、文句あるの? いくら支配していても、叛徒の何人かは出てくるわよ」
「そうではない。わらわが聞きたいのは支配層の割合じゃ。各街の管理者、軍隊の統率者、官僚のトップ。その中に魔王の一族はどのくらおるのじゃ?」
「そんなの全部よ。決まっているでしょ?」
「全部、か。それは不満もおきるじゃろ……」
魔王一族が権力を握っているとは思っていたが、まさか占有率100%とは。魔王一族にあらざらむ人はみな非魔族なるべし、だな。清盛よろしく魔王に何かあったら悲惨なことになりそうだ……。
* * * * *
結局その日は出港できなかった。必要な人員が集まったのが夜だったのだ。こちらの世界には、夜間航行できるような技術はない。とはいえオレは焦ってはいなかった。期日前にルオフィキシラル領に帰れる成算があったからだ。
北の大陸から元の大陸に戻るには、船旅だけで相当な日数がかかる。風次第で大幅にかわるが、早くて数週間、遅ければ数ヶ月。すでにタイムリミットは三週間ちょっとしかない。ふつうにやっていては、まったく間に合わない。
そこで魔族を集めることにしたのだ。帆船の旅が風次第なら、魔法でずっと追い風を吹かせればいいという単純な考えだ。単純な作戦だけど、計算上は余裕をもって期日前に帰れることになっている。
* * * * *
船に乗ってから2週間ほどが過ぎた。船旅はまさに順風満帆だった。魔法で追い風大作戦は、想定以上の効果を挙げてくれた。これなら計画より早く帰ることができそうだ。
ちなみにオレも作戦に参加しているが、あまり役に立っているとは言えない。アカのせいで魔力が減っているというのもあるが、そもそもオレは風の魔法がうまくないからだ。酸素や水素など、気体を作るのはできる。けど「風」を作るという感覚がよくわからないのだ。しかし他の連中はごく自然に風を作っている。もしかしたらオレが使っている魔法と、他のヤツらが使っている魔法は微妙に違うのかもしれない……。
「姫さまー、コックに菓子を作ってもらったぜ。喰うかい?」
「食べる~。タルーは優しいから大好きじゃ!」
オレが笑いかけると、船員のオッサンはデレデレになっていた。ちょろい。
船旅が順調だったのは魔法のせいだけじゃない。船員たちが張り切ってくれたからでもある。オレが頑張って媚を売った成果だ。おかげで300人ほどいる船員たち全員の名前はおろか、家族構成まで覚えてしまった。
「……。」「……。」
オッサンたちとキャッキャしているオレを見て、オレの本性を知っているデトナとシグネは引いていた。
* * * * *
ふかふかの布団に天蓋付きのベッド。ふむ。いつものわらわの寝室じゃ。
しかし、なにやらおかしな気色じゃな?
「──」
頭を誰かの太ももに乗せられておるようじゃ。膝枕は好きなのじゃが、これはあまり気持ちよくないの。筋肉質でゴツゴツしておるぞ……。
「──」
「下手くそな歌じゃな」
ゴツンと頭を叩かれた。正直に言っただけなのに……。
涙目になったわらわを見て、部屋にいた人々が笑いさざめく。みんなひどく楽しげで、オレも痛みを忘れて笑ってしまった。
* * * * *
真っ暗だった。
何も見えない。息苦しい。
体が壊れそうなぐらい痛い。
「ハッ!」
気合とともに力を込めて、覆いかぶさる何かをどかした。
ドスンと何かが床に落ちる音がして、オレの体は開放された。
「ぴ~♪」
ベッドから転げ落ちた物体の正体は、アカだった。
「ぴ~♪」じゃねえ。あやうく圧死するところだったじゃねえか!
アカはさらに成長を続け、今ではオレより身長が高くなっていた。メタボ体型は変わっていないので、相当な体重がある。たぶん500kgはあるだろう。アカは甘えてじゃれついているつもりらしいが、油断すると殺されかねない。
「ぴ~♪」
アカは楽しそうに船室内をゴロゴロと転がっていた。部屋が壊れる。アカを止めようとしたオレは、その時やっと周囲の異常に気づいた。船のゆれが大きすぎるのだ。床が斜めにせり上がっていく。オレは床と固定されたベッドからおりて、船室の扉を開けた。なにが起きたのか確かめないと。
* * * * *
甲板に上がると外は大荒れだった。突風が吹き、視界をさえぎるほどの大雨が降っている。
「デトナ!」
「……ああ、ディニッサ様。外にいると危ないですよ」
近くにいたデトナに声をかけてみたが、デトナは疲れきった様子だった。
「まさかそなた、ずっと外にいたのか」
「……休憩に戻ろうとしたら、ちょうど嵐がきまして」
デトナはオレと交代で上に行った。オレが何時間寝ていたのかわからないが、相当な時間にわたって魔法を使い続けているはずだ。
「わらわが代わるのじゃ。デトナは船室に戻って──」
「ディニッサ様!」
オレの言葉さえぎったデトナは、顔を青くさせていた。
どうしたんだ? まわりを見ると、揺れが小さくなっていた。しかし、風も雨もまったくおさまっていない。どうして揺れだけが?
海を見て、その理由がわかった。渦潮だ。すり鉢のように海がへこんでいる。渦潮の圏内に入ったからこそ、船の挙動が少し安定したのだ。大きく螺旋を描きながら同じ方向に潮が流れているため、不規則な揺れが消えている。
このままだとマズい。渦潮の中心に連れて行かれたら、船が沈む。
しかし……。嵐で壊されないためにだろう、帆はたたまれている。どうすればあれから脱出できる?
「総帆展帆、急げ!」
「艦長っ、この嵐では帆がもちません」
「どうせこのままでは助からん。帆を張って魔法の風を集中するしかない。急げ」
「ハッ」
嵐をぬって船員たちのがなり声が聞こえてきた。艦長は帆を張りなおすつもりのようだ。しかしこの暴風の中では、なかなか作業も進まないだろう。なにか他に方法は──
考え始めた時、フッと何かの気配を感じた。緑色で長い、タコの足のようなものが海から伸びてきていたのだ。声をかける間もなく、触手がデトナの胴に巻き付いた。そのままデトナは、ふなばたを越えて海に引きづりこまれていく。オレはデトナを追いかけ、その腕をつかむ。デトナといっしょに海に落ちそうになったが、かろうじて片手で船べりにしがみつくことができた。
「デトナ、わらわは動けん、その触手をなんとかできぬか!?」
「……ディニッサ様」
デトナは驚いたようにオレを見るだけだった。なにもできないほど魔力を消耗してしまっているのか……?
まわりを確認すると、海からさらに無数の触手が伸びてきているのが見えた。船員たちや魔族たちは触手への対応におわれている。まずいな、のんびりしていると状況が悪くなるばかりだぞ。
「ぴー!」
いつの間にか、アカがそばまで来ていた。助けてくれ、と言いかけてオレは口をつぐんだ。アカには手がないからオレたちを引き上げられない、という理由ではない。
「ぴっぴー!」
明らかにアカがブチ切れていたからだ。赤い羽根が逆立って、クチバシから火が漏れている。ヤバイ、これ、爆発するパターンだ!
「やめよ、アカ! 船が燃えてしまうのじゃ」
「ぴ!」
「わかったんじゃな!?」
「ぴー!!」
コイツぜったいわかってねえ! むしろヤル気満々ってツラしてやがる!
「すまん、デトナ!」
オレはデトナの腕を離してアカに抱きついた。そのまま船を思いっきり蹴り飛ばして飛び上がる。ほぼ同時にアカの体が燃え上がった。オレたちはすごい速度で渦潮の中心部に向かって飛んでいく。
できるだけ急いだが、完全には間に合わなかったらしい。空を飛んでいくオレの目に、火に包まれた船が見えた……。
火の勢いが強すぎて、どうにも手の出しようがない。そして放火犯のアカはというと「してやったり」と誇らしげな表情を浮かべていた。
……いや、見た目はまんまるに太った鳥なので、表情はわからないんだが、なんとなく感情はわかるのだ。
「ぴ~!」
まあ狼男から助けてくれたのは事実だしなあ。どうせなら攫われるまで待って、ヤツらのアジトを燃やしてくれればいろいろ助かったのだが。
それにしても、オレに一度殺されたわりにあっさり懐いてくれたな。母親と思われているらしいのは、正直微妙な気分だが、将来アカと戦う必要がなさそうなのはありがたい。もしかしたらフェニックスは、体が再生するだけで記憶は残らないのかもしれないな……。
さいわい、宿屋の火事はすぐに鎮火された。たまたま近くにいた魔族数名が、魔法で消火したのだ。地方都市なのに、ふつうに魔族がその辺を歩いてる。うちの領地とは違い人材豊富で羨ましい限りだ。
火が消えていくらも経たないうちに、デトナとシグネが走って戻ってきた。人混みをかき分けながら近づいてくる二人と目が合う。デトナの感情は読めなかったけれど、シグネは般若のような顔になっていた。どうやらオレのせいで宿が焼けたと思っているようだ。
大局的見地から鑑みて、オレに過失はなかった。一番悪いのはあの誘拐犯どもだし、あんなヤツらを野放しにしている治安担当者の責任でもある。アカは、まあその、ちょっぴりやり過ぎてしまったかもしれないけど、正当防衛の範疇だ。
怒られるのも嫌だし、あんな高そうな宿屋の弁償でもさせられたらたまらない。なんとか誤魔化すことにしよう。まずオレは、抱えていたアカを地面に下ろした。それから魔法で目尻に水滴を作成する。
「うわ~ん、火がいっぱいで怖かったのじゃ~」
そうして、泣き真似をしながらデトナに抱きついた。デトナは一瞬ビクリとしてから動かなくなった。うむ、予想通りだ。デトナは抱きついたり、手を繋いだりすると、借りてきた猫のようにおとなしくなる。
「アンタ、なにやったのよ!? あの宿には私のお気に入りの宝石──」
「うわ~ん、ご、ごめんなさい、ヒック、お姉ちゃんの宝物持ち出せなくて……」
火事のせいで、この場には野次馬が集まっている。さて、彼らがオレたちを見たらどう思うだろうか。泣きじゃくる小さな女の子と、それを叱る女。きっとオレに同情するはずだ。
「ひでえな、あんな小さい子に……」「火事からやっと逃げ出した妹を慰めるどころか、自分の持ち物の心配かよ……」「あの子、かわいそう……!」
野次馬たちから、シグネを責める声が聞こえた。今にもオレに掴みかかりそうだったシグネだが、まわりの雰囲気に押されるように手を引っ込めた。
よしよし、周囲のプレッシャーに負けたな。ダメ押しとばかりに、魔法で滝のような涙を作り出した。
「うっ、うわ~ん、お、お姉ちゃん……」
「わ、わかったわよ! もう怒らないから泣き止んで」
「ヒック、後で怒ったりしない……?」
「しないわよ!」
「うっ、ヒック、後で金銭、あるいは物品など、なんらかの補償を要求しない?」
「しないからっ、とっとと他に行くわよ!」
よし言質をとった。これでオレの責任が追求されることはないだろう。
* * * * *
オレたちはそのまま港に向かって、大型帆船に乗り込んだ。本当は足の早い軍艦を貸して欲しかったのだが「軍艦は目立ちすぎるからダメ」と断られたのだ。かわりに氷の魔王と関係が深い商家から、良い商船を買ってもらった。もちろん代金はむこう持ちだ。ずいぶん迷惑をかけられたんだから、これくらいはしてもらわないとな。
乗組員もすでに確保できている。海軍から一部隊をまるごと引き抜いたらしい。これは素直にありがたかった。またあの狼男みたいなバカが出てくるとたまらないからな。ただ、積み荷の搬入が終わっていないのと、オレが頼んだ人員が集まっていないので、まだ出港はできない。
「ったく、なんで私が悪者にされるのよ……」
「ふはは、世の中とはそういうものじゃ」
船室では、いまだにシグネが愚痴っていた。まあ、気持ちはわかるけど。
子供を泣かしていると、泣かせたヤツが悪者みたいに見えるのはなんでなんだろうな?
けど、思ったより泣き虫作戦は有効だった。今まで有効に使わなかったのがもったいないくらいだ。これからは積極的に発動させることにしよう。せっかくかわいい女の子になっているんだから活用しないとな!
「……で、結局なにがあったのよ。そのデブ鳥がいきなり燃え上がったの?」
「アカはわらわを助けてくれたのじゃぞ。そなたたちがいない間に、小汚い狼男たちがわらわをさらいに来たのじゃ」
そう言いつつ、ぷにぷにしたアカの腹をなでてやった。
アカは「ぴ~」と嬉しそうに目を細めた。
「狼男……。あいつらか。まったく。なにが不満で反抗するのかわからないわ」
シグネはブツブツ言いながら船員を呼びつけた。狼男の情報を領主に伝えるよう命令している。
「……なあ、氷の魔王はこの大陸全土を掌握しているのじゃろ」
「なによ、文句あるの? いくら支配していても、叛徒の何人かは出てくるわよ」
「そうではない。わらわが聞きたいのは支配層の割合じゃ。各街の管理者、軍隊の統率者、官僚のトップ。その中に魔王の一族はどのくらおるのじゃ?」
「そんなの全部よ。決まっているでしょ?」
「全部、か。それは不満もおきるじゃろ……」
魔王一族が権力を握っているとは思っていたが、まさか占有率100%とは。魔王一族にあらざらむ人はみな非魔族なるべし、だな。清盛よろしく魔王に何かあったら悲惨なことになりそうだ……。
* * * * *
結局その日は出港できなかった。必要な人員が集まったのが夜だったのだ。こちらの世界には、夜間航行できるような技術はない。とはいえオレは焦ってはいなかった。期日前にルオフィキシラル領に帰れる成算があったからだ。
北の大陸から元の大陸に戻るには、船旅だけで相当な日数がかかる。風次第で大幅にかわるが、早くて数週間、遅ければ数ヶ月。すでにタイムリミットは三週間ちょっとしかない。ふつうにやっていては、まったく間に合わない。
そこで魔族を集めることにしたのだ。帆船の旅が風次第なら、魔法でずっと追い風を吹かせればいいという単純な考えだ。単純な作戦だけど、計算上は余裕をもって期日前に帰れることになっている。
* * * * *
船に乗ってから2週間ほどが過ぎた。船旅はまさに順風満帆だった。魔法で追い風大作戦は、想定以上の効果を挙げてくれた。これなら計画より早く帰ることができそうだ。
ちなみにオレも作戦に参加しているが、あまり役に立っているとは言えない。アカのせいで魔力が減っているというのもあるが、そもそもオレは風の魔法がうまくないからだ。酸素や水素など、気体を作るのはできる。けど「風」を作るという感覚がよくわからないのだ。しかし他の連中はごく自然に風を作っている。もしかしたらオレが使っている魔法と、他のヤツらが使っている魔法は微妙に違うのかもしれない……。
「姫さまー、コックに菓子を作ってもらったぜ。喰うかい?」
「食べる~。タルーは優しいから大好きじゃ!」
オレが笑いかけると、船員のオッサンはデレデレになっていた。ちょろい。
船旅が順調だったのは魔法のせいだけじゃない。船員たちが張り切ってくれたからでもある。オレが頑張って媚を売った成果だ。おかげで300人ほどいる船員たち全員の名前はおろか、家族構成まで覚えてしまった。
「……。」「……。」
オッサンたちとキャッキャしているオレを見て、オレの本性を知っているデトナとシグネは引いていた。
* * * * *
ふかふかの布団に天蓋付きのベッド。ふむ。いつものわらわの寝室じゃ。
しかし、なにやらおかしな気色じゃな?
「──」
頭を誰かの太ももに乗せられておるようじゃ。膝枕は好きなのじゃが、これはあまり気持ちよくないの。筋肉質でゴツゴツしておるぞ……。
「──」
「下手くそな歌じゃな」
ゴツンと頭を叩かれた。正直に言っただけなのに……。
涙目になったわらわを見て、部屋にいた人々が笑いさざめく。みんなひどく楽しげで、オレも痛みを忘れて笑ってしまった。
* * * * *
真っ暗だった。
何も見えない。息苦しい。
体が壊れそうなぐらい痛い。
「ハッ!」
気合とともに力を込めて、覆いかぶさる何かをどかした。
ドスンと何かが床に落ちる音がして、オレの体は開放された。
「ぴ~♪」
ベッドから転げ落ちた物体の正体は、アカだった。
「ぴ~♪」じゃねえ。あやうく圧死するところだったじゃねえか!
アカはさらに成長を続け、今ではオレより身長が高くなっていた。メタボ体型は変わっていないので、相当な体重がある。たぶん500kgはあるだろう。アカは甘えてじゃれついているつもりらしいが、油断すると殺されかねない。
「ぴ~♪」
アカは楽しそうに船室内をゴロゴロと転がっていた。部屋が壊れる。アカを止めようとしたオレは、その時やっと周囲の異常に気づいた。船のゆれが大きすぎるのだ。床が斜めにせり上がっていく。オレは床と固定されたベッドからおりて、船室の扉を開けた。なにが起きたのか確かめないと。
* * * * *
甲板に上がると外は大荒れだった。突風が吹き、視界をさえぎるほどの大雨が降っている。
「デトナ!」
「……ああ、ディニッサ様。外にいると危ないですよ」
近くにいたデトナに声をかけてみたが、デトナは疲れきった様子だった。
「まさかそなた、ずっと外にいたのか」
「……休憩に戻ろうとしたら、ちょうど嵐がきまして」
デトナはオレと交代で上に行った。オレが何時間寝ていたのかわからないが、相当な時間にわたって魔法を使い続けているはずだ。
「わらわが代わるのじゃ。デトナは船室に戻って──」
「ディニッサ様!」
オレの言葉さえぎったデトナは、顔を青くさせていた。
どうしたんだ? まわりを見ると、揺れが小さくなっていた。しかし、風も雨もまったくおさまっていない。どうして揺れだけが?
海を見て、その理由がわかった。渦潮だ。すり鉢のように海がへこんでいる。渦潮の圏内に入ったからこそ、船の挙動が少し安定したのだ。大きく螺旋を描きながら同じ方向に潮が流れているため、不規則な揺れが消えている。
このままだとマズい。渦潮の中心に連れて行かれたら、船が沈む。
しかし……。嵐で壊されないためにだろう、帆はたたまれている。どうすればあれから脱出できる?
「総帆展帆、急げ!」
「艦長っ、この嵐では帆がもちません」
「どうせこのままでは助からん。帆を張って魔法の風を集中するしかない。急げ」
「ハッ」
嵐をぬって船員たちのがなり声が聞こえてきた。艦長は帆を張りなおすつもりのようだ。しかしこの暴風の中では、なかなか作業も進まないだろう。なにか他に方法は──
考え始めた時、フッと何かの気配を感じた。緑色で長い、タコの足のようなものが海から伸びてきていたのだ。声をかける間もなく、触手がデトナの胴に巻き付いた。そのままデトナは、ふなばたを越えて海に引きづりこまれていく。オレはデトナを追いかけ、その腕をつかむ。デトナといっしょに海に落ちそうになったが、かろうじて片手で船べりにしがみつくことができた。
「デトナ、わらわは動けん、その触手をなんとかできぬか!?」
「……ディニッサ様」
デトナは驚いたようにオレを見るだけだった。なにもできないほど魔力を消耗してしまっているのか……?
まわりを確認すると、海からさらに無数の触手が伸びてきているのが見えた。船員たちや魔族たちは触手への対応におわれている。まずいな、のんびりしていると状況が悪くなるばかりだぞ。
「ぴー!」
いつの間にか、アカがそばまで来ていた。助けてくれ、と言いかけてオレは口をつぐんだ。アカには手がないからオレたちを引き上げられない、という理由ではない。
「ぴっぴー!」
明らかにアカがブチ切れていたからだ。赤い羽根が逆立って、クチバシから火が漏れている。ヤバイ、これ、爆発するパターンだ!
「やめよ、アカ! 船が燃えてしまうのじゃ」
「ぴ!」
「わかったんじゃな!?」
「ぴー!!」
コイツぜったいわかってねえ! むしろヤル気満々ってツラしてやがる!
「すまん、デトナ!」
オレはデトナの腕を離してアカに抱きついた。そのまま船を思いっきり蹴り飛ばして飛び上がる。ほぼ同時にアカの体が燃え上がった。オレたちはすごい速度で渦潮の中心部に向かって飛んでいく。
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現在、1日に2回は投稿します。それ以外の投稿は適当に。
改稿を始めました。
以前より読みやすくなっているはずです。
第一部完結しました。第二部完結しました。
僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~
SHIN
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それは、ある少年の物語。
ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。
『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』
『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』
そんな感じ。
『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。
隔週日曜日に更新予定。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
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「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
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