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第3章 旧領へ。新たな統治

混じる心

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 オレは灰色の空間にいた。
 はるかな彼方まで、薄暗い光に満ちた世界。

 ここに来るのも3回目だ。もうすっかり慣れてしまった。
 ゆったりとした気分で待っていたオレだが、なにか違和感を感じる。

 なんだろう……?
 よくわからないが、いつもとは違う感覚がある。

「久しぶりじゃ──」「お兄ちゃ──」

 首をかしげていると、どこからか陽菜たちがあらわれた。
 二人は同時に話しかけ、そして同時に口ごもった。

 二人に浮かぶ表情は驚き。
 オレがいることは意外でもなんでもないはずだ。それなのに、どうして驚くのか理由がわからない。

「二人とも、どうした?」

 話しかけたものの、またなにか違和感を感じた。
 何かがおかしい気がするのだが、それが何なのかはわからない。

「フッハッハ。すごいの。なんじゃ、そなたは天才か?」
「お兄ちゃんどうしたの!?」

「どうしたって、なにがだよ?」
「自分の体を見てよ!」

 そこまで言われて、ようやく異常に気づいた。
 この場所では元の姿に戻っているはずなのに、今もオレはディニッサの姿のままだったのだ……!

 どうしてこうなったのか不明だが、それ以上に問題なのは、違和感の正体に気づけなかったことだ。喋った時、口からディニッサの甲高い声が出ていたのに、すぐ気づけないなんてありえない。

 背筋に氷を当てられたような寒気を感じた。
 もうすでに、白井海であるよりディニッサであることの方が、自然になってしまっているというのか。

「ここは夢の世界。ゆえに実世界の姿は無関係じゃ。であるのにわらわたちがこの形になるのは、わらわたちの心が自らをそう規定しているからじゃ」

 やはりオレの意識が、変わってしまっているということだ。
 自分が消えていくような、不快感と恐怖を感じる……。

 震えながら手をみると、いつの間にか大きくなっていた。
 よかった。元の姿に戻っている。

「ふむ。意識したことで切り替わったようじゃな。しかしわずか5日でその境地にたどりつくか。……もしやそなた、わらわのような小さな女の子になりたい、という願望でもあったのかの?」

「え、お兄ちゃんってそうだったの。さすがに引くんだけど……」
「ない! そんな願望は絶対にない!」

 陽菜が離れる。オレの断言にもかかわらず、疑いは晴れなかったようだ。
 いろんな意味で、お兄ちゃんショックだよ……。

「ふっ、冗談じゃ。そなたは真面目すぎるの。そして器用すぎでもあるな。わらわの代わりをつとめようとして、入り込みすぎたのじゃろ」

「……オレは、どうなるんだ?」
「どうと言ってもな……。そのまま状況が進むだけじゃろ」

 ディニッサは軽く言ったが、それは絶望的な未来だった。
 知らないうちに自分が無くなってしまうなんて、吐き気がする。

「ま、待ってよ、それじゃあお兄ちゃんが消えちゃうの!?」
「いやそうではない。カイは聞いたことあるかの。魔族は『混じりやすい』と?」

「あ、ああ、いつか聞いた気がする。エルフとドラゴンが交って、羽の生えたエルフが生まれたりするんだよな」

 魔族は異種族間の婚姻が珍しくないらしい。そしてお互いの肉体的特徴が交じり合う。じっさいディニッサも、ベースはエルフだが黒い羽が生えている。

「……!」

 オレの返事に、ディニッサは心臓を撃ち抜かれたような顔をした。
 なんだろう? 不思議に思ったが、ディニッサがなんでもないように話を続けため、疑問を追求するヒマはなかった。

「……混じるのは肉体的特徴だけではない。心も混じるのじゃ」

 心が混ざるというのは、どういう感じなんだろう?
 ……そもそも心というのがよくわからないが。

 体を入れ替えたにもかかわらず、オレは元のオレのように思考している。
 だから、意識や知識というのは、ただ脳の化学反応から生まれているものではないのだろう。

 科学的にはナンセンスだが、実体験してしまっている以上、そういうものだと理解しておくしかない。頭脳の働きを包括した上位概念として、「魂」のようなものがあると想定しておくのが妥当か?

「それって、元の人格とは別モノになるってことだよな?」
「そうじゃな。なにか問題でもあるかの?」

「そりゃ問題あるだろ。今の自分が消えるって、死ぬのと大差ないじゃないか」
「いや、あくまで混じるだけであって、どちらかが消えるわけではないじゃろ」

 ディニッサは、なんでもないことのように言う。
 だけど、青と黄を混ぜて緑色になってしまったら、それは元の色とはまったく違うモノだろう。

「心配するな。そなたの意志が失われるわけではないのじゃ。完全に同化した後でも、カイはハルナが大好きであろうよ。大好きの中に、ユルテたちも加わっているであろうが」

 残念ながらディニッサの言葉は、まるでオレを安心させてはくれなかった。
 多重人格者、というのもなにか違う気がする。いったいどういう状況になるのか予想もつかない。

「ふむ。それが嫌なら逃げるがよい」
「どこに逃げろと?」

「場所というより、環境じゃな。そなたはわらわになりきろうとしすぎておる。民を部下を侍女を、そのすべてを捨てて、シライカイと名乗って生きよ。ついでに、肉体操作魔法で元の体に変化しておくとなお良かろう」

 こちらから近づこうとしすぎているから、飲み込まれてしまうということか。
 同じ状況にあるはずのディニッサが平気な顔をしているのは、ディニッサはオレのふりをしようとしていないからか?

 ディニッサの案は、自分を保つためには有効そうだ。
 けれど、そのやり方は選べない。むこうに行ってすぐならまだしも、もうたくさんの部下や信者と知り合ってしまった。

「……それは、できないな」
「私、帰ってきたときお兄ちゃんがおかしくなってたらやだよ……?」

「大丈夫だって。ディニッサが言ってたろ? オレの想いは消えないんだって。……もしかしたら、引きこもりになるかもしれないから、その時はおまえが養ってくれよな」

「私が~!? いやいや私も現役の引きこもりなんですけど!」

 両方引きこもりになったら、完全に終わるな。悲惨な未来図だが、本気であわてる陽菜を見ていたら、少しおかしくなって肩の力が抜けた。

 ──まあ、なんとかなるだろう。
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