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第2章 お城の外へ。常識を知る
武官長ノラン
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オレが討伐隊を見ていると、偉丈夫が前に進み出た。
赤毛を短く刈り込んだ額に、紫色の瞳が輝いている。三つ目。
この男がノランだろう。
「これはこれは。姫様におかれましては、このような遠方まで御出座しとは、いかがいたしましたか」
オレが声をかける前に、むこうから喋りかけてきた。
このような遠方、か。城から歩いてすぐ来れるような村だが、そもそもディニッサは城から出たことすらない。
そういう意味では間違っていないのだろうが、こんな皮肉が真っ先に口をつくあたり、聞いた通りかなり嫌われているらしい。前途多難。
「そなたたち武官と話がしたくなってな。今後のルオフィキシラル領のことなど、意見をかわしたい」
「我らは領民を守るため、魔物を追っている身。申し訳ないが、姫様の遊び相手はいたしかねる」
意を決して話しかけてみたものの、返ってきたのは素っ気ない言葉だった。
まあ想定の範囲だ。それにこちらのアプローチも、たしかにまずかった。大事な仕事前に、急に話が聞きたいとか上司に言われたら、頭にくるだろう。
オレにとっては納得の反応だったのだが、ファロンにとってはそうじゃなかったようだ。毛を逆立てさせて、走りだそうとする。
オレは慌ててファロンの腕をつかんだ。
万一ここで戦いにでもなったら、すべてがぶち壊しだ。
「どうして!?」
「……いや『どうして!?』ではない。わらわは話し合いにきたのじゃぞ」
──ノランは慇懃無礼な態度でこちらにのぞんでいる。
けれど、他の者の反応はまちまちだった。敵意をむけてくるもの、ノランをなだめようとしているもの、左右をうかがって迷っているもの。
どうやら全員に嫌われている、というわけでもなさそうだ。
少し安心した。が、同時に違う不安が頭をもたげてくる。
……よく考えたらオレ、すごく危険な橋を渡ってないか?
ノランからすれば、邪魔な無能領主を亡き者にして、下克上する絶好の機会だ。
武官たちとの関係修復は、絶対に必要なことだ。けれど安全のため、時と場所を選ぶべきだった。不用意に無防備な姿をさらせば、はっきりと反逆を意識していない者にすら、危険な思いを抱かせるだろうに……。
冷や汗をかきながらも、さりげなく様子をうかがってみた。
ノランがすぐに何かをする気配はない。
ノランの後ろに控える三つ目の女が、すごい目で睨みつけてくる。
だが、他の魔族からはそれほどの敵意は感じない。仮に戦闘になっても、一丸となって襲い掛かってくることはないのではないか。
観察しているうちに、気になる点を見つけた。
エルフの一般兵は、弓、小剣、革鎧でちゃんと武装している。だがノランたち魔族は、動きやすそうな服を着ているだけなのだ。
「なぜ武器を持っておらぬのじゃ。魔族は指揮をするだけなのかの?」
これから魔物と戦うというのに、装備無しはおかしい。
だがオレの素朴な質問に、あたりからは失笑がおきた。
「何もわかっていませんのね。これだから世間知らずのお姫様は!」
さっきからオレを睨んでいた三つ目の女が、小馬鹿にするようにそう言った。
「ディニッサ様、魔族はふつう武器を使わないんだ。ただの鉄なんかじゃすぐ壊れちゃうから。使うとしたら、高価な魔法金属製のヤツだけかなー」
わけがわからず戸惑うオレに、ファロンが説明してくれた。
言われてみればその通りだ。フィアがジャブで石壁を壊していたことを思えば、わかりそうなものだった。
フィアは、分厚い鉄板を素手で切り裂けるとも言っていた。
生半可な武器など役には立つまい。
「もういいよディニッサ様、ほか行こ? この先に綺麗な湖があるんだよ」
ファロンがオレの手を引いた。
敵対的なノランたちに、心底頭にきているといった様子だった。彼女がまだ手を出していない事に、感謝するべきなのかもしれない。
なんとなく、ここにいたのが本物のディニッサだったら、ファロンは自分を抑えきれずに戦闘に突入していた気がする……。
「そうはいかぬ。──ノラン、魔物の居場所はファロンが知っておるぞ。わらわたちも連れて行くがよい」
ファロンをなだめながら、カードをきる。
まだ魔物の居場所を突き止めていないなら、この情報はぜひとも欲しいはずだ。
「魔物の居場所を?」
「そうじゃ。ファロンのしもべが教えてくれたのじゃ」
案の定、ノランが食いついてきた。
態度が変わり、真剣な表情でオレの申し出を検討している。
──だが、ノランは首を振った。
「私たちには、姫様を守りながら戦えるような余裕はない。情報だけいただこう」
「ヤダ。ディニッサ様にさからうなら教えないー」
「なんですの、この女! 主が主なら侍女も侍女ですわっ」
三つ目の女が怒るのも無理はない。
さすがにファロンの態度は子供っぽすぎる。
──好感度が低すぎるため、まともな交渉は難しいだろう。
オレはノランの口実を潰すことにした。
オレを守る余裕がないというなら、オレが行かなければいい。
本当は兵士たちの戦いぶりを観察したかったのだが、そこは妥協しよう。
「ファロン、ノランたちの手伝いを頼む。わらわはこの村で待っておるから、とっとと魔物を倒して戻ってくるがよい」
「とっとと倒して、か……」
ノランが眉をひそめた。
世間知らずのお姫様が勝手なことを言っている、と思われたらしい。
たしかに仕事を軽く見ているようで、不快な発言だったかもしれない。
でも敵のヘルハウンドは、たいした魔物じゃないはずだ。ただのキツネが、足を怪我しただけで逃げ出せたのだから。
「ではファロン殿を借りようか。出来る限り注意はするが、身の安全は保証できないことを了解していただこう」
「んー、あんまり行きたくないけど、しょうがないかー」
わがままを言うかと思ったが、ファロンも了承してくれた。
さっき怪我したキツネを助けたことで、好感度が上がっていたのかもしれない。
「クナー、おまえの隊は村に残って姫様の護衛だ」
「ノラン様! 私は──」
「異議は認めん。おまえはこの前の戦いの傷が癒えていないはずだ」
「それはっ。……はい、了解しましたわ」
クナーと呼ばれた三つ目の女の隊が、オレと残ることになったようだ。
べつに護衛はいらないが、口ははさまい。おそらく護衛というのは建前で、監視役なんだろうから。
残されるクナーは不満そうだ。
けどこっちだって、グチグチ嫌味を言われるかと思うと気が重い……。
赤毛を短く刈り込んだ額に、紫色の瞳が輝いている。三つ目。
この男がノランだろう。
「これはこれは。姫様におかれましては、このような遠方まで御出座しとは、いかがいたしましたか」
オレが声をかける前に、むこうから喋りかけてきた。
このような遠方、か。城から歩いてすぐ来れるような村だが、そもそもディニッサは城から出たことすらない。
そういう意味では間違っていないのだろうが、こんな皮肉が真っ先に口をつくあたり、聞いた通りかなり嫌われているらしい。前途多難。
「そなたたち武官と話がしたくなってな。今後のルオフィキシラル領のことなど、意見をかわしたい」
「我らは領民を守るため、魔物を追っている身。申し訳ないが、姫様の遊び相手はいたしかねる」
意を決して話しかけてみたものの、返ってきたのは素っ気ない言葉だった。
まあ想定の範囲だ。それにこちらのアプローチも、たしかにまずかった。大事な仕事前に、急に話が聞きたいとか上司に言われたら、頭にくるだろう。
オレにとっては納得の反応だったのだが、ファロンにとってはそうじゃなかったようだ。毛を逆立てさせて、走りだそうとする。
オレは慌ててファロンの腕をつかんだ。
万一ここで戦いにでもなったら、すべてがぶち壊しだ。
「どうして!?」
「……いや『どうして!?』ではない。わらわは話し合いにきたのじゃぞ」
──ノランは慇懃無礼な態度でこちらにのぞんでいる。
けれど、他の者の反応はまちまちだった。敵意をむけてくるもの、ノランをなだめようとしているもの、左右をうかがって迷っているもの。
どうやら全員に嫌われている、というわけでもなさそうだ。
少し安心した。が、同時に違う不安が頭をもたげてくる。
……よく考えたらオレ、すごく危険な橋を渡ってないか?
ノランからすれば、邪魔な無能領主を亡き者にして、下克上する絶好の機会だ。
武官たちとの関係修復は、絶対に必要なことだ。けれど安全のため、時と場所を選ぶべきだった。不用意に無防備な姿をさらせば、はっきりと反逆を意識していない者にすら、危険な思いを抱かせるだろうに……。
冷や汗をかきながらも、さりげなく様子をうかがってみた。
ノランがすぐに何かをする気配はない。
ノランの後ろに控える三つ目の女が、すごい目で睨みつけてくる。
だが、他の魔族からはそれほどの敵意は感じない。仮に戦闘になっても、一丸となって襲い掛かってくることはないのではないか。
観察しているうちに、気になる点を見つけた。
エルフの一般兵は、弓、小剣、革鎧でちゃんと武装している。だがノランたち魔族は、動きやすそうな服を着ているだけなのだ。
「なぜ武器を持っておらぬのじゃ。魔族は指揮をするだけなのかの?」
これから魔物と戦うというのに、装備無しはおかしい。
だがオレの素朴な質問に、あたりからは失笑がおきた。
「何もわかっていませんのね。これだから世間知らずのお姫様は!」
さっきからオレを睨んでいた三つ目の女が、小馬鹿にするようにそう言った。
「ディニッサ様、魔族はふつう武器を使わないんだ。ただの鉄なんかじゃすぐ壊れちゃうから。使うとしたら、高価な魔法金属製のヤツだけかなー」
わけがわからず戸惑うオレに、ファロンが説明してくれた。
言われてみればその通りだ。フィアがジャブで石壁を壊していたことを思えば、わかりそうなものだった。
フィアは、分厚い鉄板を素手で切り裂けるとも言っていた。
生半可な武器など役には立つまい。
「もういいよディニッサ様、ほか行こ? この先に綺麗な湖があるんだよ」
ファロンがオレの手を引いた。
敵対的なノランたちに、心底頭にきているといった様子だった。彼女がまだ手を出していない事に、感謝するべきなのかもしれない。
なんとなく、ここにいたのが本物のディニッサだったら、ファロンは自分を抑えきれずに戦闘に突入していた気がする……。
「そうはいかぬ。──ノラン、魔物の居場所はファロンが知っておるぞ。わらわたちも連れて行くがよい」
ファロンをなだめながら、カードをきる。
まだ魔物の居場所を突き止めていないなら、この情報はぜひとも欲しいはずだ。
「魔物の居場所を?」
「そうじゃ。ファロンのしもべが教えてくれたのじゃ」
案の定、ノランが食いついてきた。
態度が変わり、真剣な表情でオレの申し出を検討している。
──だが、ノランは首を振った。
「私たちには、姫様を守りながら戦えるような余裕はない。情報だけいただこう」
「ヤダ。ディニッサ様にさからうなら教えないー」
「なんですの、この女! 主が主なら侍女も侍女ですわっ」
三つ目の女が怒るのも無理はない。
さすがにファロンの態度は子供っぽすぎる。
──好感度が低すぎるため、まともな交渉は難しいだろう。
オレはノランの口実を潰すことにした。
オレを守る余裕がないというなら、オレが行かなければいい。
本当は兵士たちの戦いぶりを観察したかったのだが、そこは妥協しよう。
「ファロン、ノランたちの手伝いを頼む。わらわはこの村で待っておるから、とっとと魔物を倒して戻ってくるがよい」
「とっとと倒して、か……」
ノランが眉をひそめた。
世間知らずのお姫様が勝手なことを言っている、と思われたらしい。
たしかに仕事を軽く見ているようで、不快な発言だったかもしれない。
でも敵のヘルハウンドは、たいした魔物じゃないはずだ。ただのキツネが、足を怪我しただけで逃げ出せたのだから。
「ではファロン殿を借りようか。出来る限り注意はするが、身の安全は保証できないことを了解していただこう」
「んー、あんまり行きたくないけど、しょうがないかー」
わがままを言うかと思ったが、ファロンも了承してくれた。
さっき怪我したキツネを助けたことで、好感度が上がっていたのかもしれない。
「クナー、おまえの隊は村に残って姫様の護衛だ」
「ノラン様! 私は──」
「異議は認めん。おまえはこの前の戦いの傷が癒えていないはずだ」
「それはっ。……はい、了解しましたわ」
クナーと呼ばれた三つ目の女の隊が、オレと残ることになったようだ。
べつに護衛はいらないが、口ははさまい。おそらく護衛というのは建前で、監視役なんだろうから。
残されるクナーは不満そうだ。
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