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第3章 旧領へ。新たな統治
汚臭より生まれる宝
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ファロンが作ったわずかな火は、あたりに爆風を巻き起こした。
クルワッハの毒ガスは、プロパンガスのような可燃性の物質だったのだ。
とにかく、火系の魔法はダメだ。
坑道全体が爆発したりはしなかったものの、魔法の使用者を中心に強烈な爆発が起こってしまった。
オレは火ダルマになったファロンに駆け寄った。
両手から水を作り出し、消火につとめる。
「ファロン、大丈夫か!?」
火傷はすぐに再生したが、ファロンの服はボロボロになってしまっている。とくに上半身がひどい。おそらく、魔法で作っていた酸素が爆発の威力を高めたのだろう。ほんの一瞬だったが、激しい爆発だった。
しかしファロンは自分のことなど歯牙にもかけず、クルワッハをじっと見つめていた。
その視線は獲物を狙う猛獣のように鋭く、あらためて彼女が獣人であることを、オレに思い出させていた。
ファロンと同じく、クルワッハの体もわずかに焼け、再生が始まっていた。
離れていた分、弱い炎をくらっただけなのに、このダメージ。クルワッハに火が有効なのは間違いないようだ。
「ディニッサ様、火は効くよ。ファロンが片付けるから、みんな離れてて」
「ダメじゃ。もう火は使ってはならん」
「……どうして?」
「爆発で坑道が潰れるおそれがあるからじゃ」
ファロンは不満気だ。
しかしオレの言う危険は理解できたようで、それ以上言い募ってはこなかった。
……正直に言うと、オレの言葉には嘘があった。
あれだけの爆発で、坑道の毒ガスが一斉に燃え上がらなかったのだ。クルワッハの毒ガスは可燃性ではあるが、広範囲に誘爆する性質ではないと考えられる。
ファロンを止めた一番の理由は、彼女を傷つけたくないせいだったのだ。
いくら怪我が治るとはいえ、自爆のような戦い方はさせたくない。
「みな、いったん戻るのじゃ。戦いながらゆっくり後退。もしも洞窟の外までヤツが追ってくるなら、炎の魔法で焼き尽くす」
ファロンとブワーナンが、クルワッハの攻撃を防ぎながら下がってくる。
防御性能は抜群だが、クルワッハの攻撃はたいしたことがない。単純な噛み付き攻撃なので、防御に専念していれば捌くのは容易だ。
──下がるオレたち。しかし、なぜかユルテとフィアが前に進みでた。
オレが止める間もなく、クルワッハの牙がフィアに襲いかかる。
クルワッハが跳ね上がり、フィアの頭に食いつこうとする。
牙が届く寸前、逆にフィアの掌底が横からクルワッハの頭部を叩いていた。
そしてフィアは、そのままクルワッハの頭部をつかんだ。
つかんだ……?
どうして、クルワッハの体液ですべらないんだ?
──答えはすぐにわかった。蛇の頭部が凍りついていたのだ。
接触による氷結魔法。敵の体液ごと凍らせれば、手がすべることもない。
全身が凍りついて動けなくなったクルワッハを、ブワーナンが踏み潰した。
クルワッハの体がコナゴナになる。そのまま再生もせず、ピクリとも動かなくなった。
「なるほど、氷か。フィアのお手柄じゃな!」
「たいしたこと、ない」
謙遜はしたものの、褒められたフィアはとても嬉しそうだった。
無邪気な笑顔に見惚れてしまう。
「やりましたね姫様! さあ帰りましょう、すぐに帰りましょう!」
「やっと終わったー。はやく水浴びしたいー」
「うむ。今日はゆっくり休むのじゃ」
ユルテが抱きついてきた。湧き上がるオレたち。
やっかいな敵を倒したこと以上に、この悪臭漂う坑道から脱出できることが嬉しい。
「ははは。なにを言っておるのですかな。戦いはこれからですぞ!」
しかし大喜びしていたオレたちに、ブワーナンが冷や水を浴びせてきた。
あたりが静まり返る。
「この坑道をもう少しいくと、天然の洞窟と繋がっていましてな。そこにクルワッハの巣があるのですぞ。まだ100匹くらいはいるはずですぞ!」
最初からそう言えよ……!
それがオレと侍女たちの総意だっただろう。
やっと終わったと喜んだあとだけに、よけい腹が立つ。
「ホッホッホッ! この調子でガンガン進みましょうぞ!」
なぜかブワーナンがハイテンションなのも鼻につく。
……なんだ、ドワーフはこの悪臭が好きなのか? ド変態めが。
「……いったん外に出て休憩するのじゃ」
「……。」
オレの指示に、侍女たちが力なくうなずいた。
* * * * *
暗黒竜クルワッハというのは、群体の魔物なのだそうだ。
じつは最初に倒したのは、クルワッハの一部でしかなかった。完全に討伐するには、本体を叩くしかない。
……しかし、本体も分体も外見上の違いはない。
つまり、ぜんぶ潰すしかないということだ。
──それから洞窟を出たり入ったりしながら、ヘビ退治を繰り返すハメになった。
クルワッハは氷結に弱いらしく、戦闘で苦労はしなかった。フィアが氷系魔法の専門家だし、オレもユルテも氷系を使える。
しかし、洞窟に漂う悪臭がきつかった。
クルワッハの巣のあるあたりは、よりひどい臭いで、何度任務を放棄しようと思ったかわからないほどだ。
それでもオレたちは、なんとかがんばって300匹近いクルワッハを殲滅した。
自分で自分を褒めてやりたい。オレたちはよくやった……!
* * * * *
「ありましたぞ! ふぉぉぉ、こんなにたくさんありますぞ!」
ヘビ退治が終わったあとで、ブワーナンが元気だった理由が判明した。
暗黒竜クルワッハは土を食べる。そのさい鉄や銀など、役に立つ鉱石までいっしょに喰らってしまう。そのため、鉱夫の天敵と呼ばれているわけだ。
しかし魔法金属は、消化されずにそのまま排出される。
オリハルコンやミスリルの鉱脈をクルワッハが食べれば、高純度の魔法金属塊が手に入るのだ。
魔法金属は、精製に金と手間がかかる。
それが省けたのは、ブワーナンにとっては喜ばしいことなのかもしれない。
ここはミスリル鉱脈だったので、ミスリル塊が多数落ちていたのだ。
……ただ問題は、ミスリル塊それだけがあるのではなく、クルワッハの排泄物に混じる形でミスリル塊があるということだ。
「ふひぃぃ、すごいですぞ! すごすぎますぞ!」
クルワッハのウンコを素手で掘り返し、狂喜乱舞するブワーナン。
その姿をオレたちは、冷めた視線で見守るのであった……。
クルワッハの毒ガスは、プロパンガスのような可燃性の物質だったのだ。
とにかく、火系の魔法はダメだ。
坑道全体が爆発したりはしなかったものの、魔法の使用者を中心に強烈な爆発が起こってしまった。
オレは火ダルマになったファロンに駆け寄った。
両手から水を作り出し、消火につとめる。
「ファロン、大丈夫か!?」
火傷はすぐに再生したが、ファロンの服はボロボロになってしまっている。とくに上半身がひどい。おそらく、魔法で作っていた酸素が爆発の威力を高めたのだろう。ほんの一瞬だったが、激しい爆発だった。
しかしファロンは自分のことなど歯牙にもかけず、クルワッハをじっと見つめていた。
その視線は獲物を狙う猛獣のように鋭く、あらためて彼女が獣人であることを、オレに思い出させていた。
ファロンと同じく、クルワッハの体もわずかに焼け、再生が始まっていた。
離れていた分、弱い炎をくらっただけなのに、このダメージ。クルワッハに火が有効なのは間違いないようだ。
「ディニッサ様、火は効くよ。ファロンが片付けるから、みんな離れてて」
「ダメじゃ。もう火は使ってはならん」
「……どうして?」
「爆発で坑道が潰れるおそれがあるからじゃ」
ファロンは不満気だ。
しかしオレの言う危険は理解できたようで、それ以上言い募ってはこなかった。
……正直に言うと、オレの言葉には嘘があった。
あれだけの爆発で、坑道の毒ガスが一斉に燃え上がらなかったのだ。クルワッハの毒ガスは可燃性ではあるが、広範囲に誘爆する性質ではないと考えられる。
ファロンを止めた一番の理由は、彼女を傷つけたくないせいだったのだ。
いくら怪我が治るとはいえ、自爆のような戦い方はさせたくない。
「みな、いったん戻るのじゃ。戦いながらゆっくり後退。もしも洞窟の外までヤツが追ってくるなら、炎の魔法で焼き尽くす」
ファロンとブワーナンが、クルワッハの攻撃を防ぎながら下がってくる。
防御性能は抜群だが、クルワッハの攻撃はたいしたことがない。単純な噛み付き攻撃なので、防御に専念していれば捌くのは容易だ。
──下がるオレたち。しかし、なぜかユルテとフィアが前に進みでた。
オレが止める間もなく、クルワッハの牙がフィアに襲いかかる。
クルワッハが跳ね上がり、フィアの頭に食いつこうとする。
牙が届く寸前、逆にフィアの掌底が横からクルワッハの頭部を叩いていた。
そしてフィアは、そのままクルワッハの頭部をつかんだ。
つかんだ……?
どうして、クルワッハの体液ですべらないんだ?
──答えはすぐにわかった。蛇の頭部が凍りついていたのだ。
接触による氷結魔法。敵の体液ごと凍らせれば、手がすべることもない。
全身が凍りついて動けなくなったクルワッハを、ブワーナンが踏み潰した。
クルワッハの体がコナゴナになる。そのまま再生もせず、ピクリとも動かなくなった。
「なるほど、氷か。フィアのお手柄じゃな!」
「たいしたこと、ない」
謙遜はしたものの、褒められたフィアはとても嬉しそうだった。
無邪気な笑顔に見惚れてしまう。
「やりましたね姫様! さあ帰りましょう、すぐに帰りましょう!」
「やっと終わったー。はやく水浴びしたいー」
「うむ。今日はゆっくり休むのじゃ」
ユルテが抱きついてきた。湧き上がるオレたち。
やっかいな敵を倒したこと以上に、この悪臭漂う坑道から脱出できることが嬉しい。
「ははは。なにを言っておるのですかな。戦いはこれからですぞ!」
しかし大喜びしていたオレたちに、ブワーナンが冷や水を浴びせてきた。
あたりが静まり返る。
「この坑道をもう少しいくと、天然の洞窟と繋がっていましてな。そこにクルワッハの巣があるのですぞ。まだ100匹くらいはいるはずですぞ!」
最初からそう言えよ……!
それがオレと侍女たちの総意だっただろう。
やっと終わったと喜んだあとだけに、よけい腹が立つ。
「ホッホッホッ! この調子でガンガン進みましょうぞ!」
なぜかブワーナンがハイテンションなのも鼻につく。
……なんだ、ドワーフはこの悪臭が好きなのか? ド変態めが。
「……いったん外に出て休憩するのじゃ」
「……。」
オレの指示に、侍女たちが力なくうなずいた。
* * * * *
暗黒竜クルワッハというのは、群体の魔物なのだそうだ。
じつは最初に倒したのは、クルワッハの一部でしかなかった。完全に討伐するには、本体を叩くしかない。
……しかし、本体も分体も外見上の違いはない。
つまり、ぜんぶ潰すしかないということだ。
──それから洞窟を出たり入ったりしながら、ヘビ退治を繰り返すハメになった。
クルワッハは氷結に弱いらしく、戦闘で苦労はしなかった。フィアが氷系魔法の専門家だし、オレもユルテも氷系を使える。
しかし、洞窟に漂う悪臭がきつかった。
クルワッハの巣のあるあたりは、よりひどい臭いで、何度任務を放棄しようと思ったかわからないほどだ。
それでもオレたちは、なんとかがんばって300匹近いクルワッハを殲滅した。
自分で自分を褒めてやりたい。オレたちはよくやった……!
* * * * *
「ありましたぞ! ふぉぉぉ、こんなにたくさんありますぞ!」
ヘビ退治が終わったあとで、ブワーナンが元気だった理由が判明した。
暗黒竜クルワッハは土を食べる。そのさい鉄や銀など、役に立つ鉱石までいっしょに喰らってしまう。そのため、鉱夫の天敵と呼ばれているわけだ。
しかし魔法金属は、消化されずにそのまま排出される。
オリハルコンやミスリルの鉱脈をクルワッハが食べれば、高純度の魔法金属塊が手に入るのだ。
魔法金属は、精製に金と手間がかかる。
それが省けたのは、ブワーナンにとっては喜ばしいことなのかもしれない。
ここはミスリル鉱脈だったので、ミスリル塊が多数落ちていたのだ。
……ただ問題は、ミスリル塊それだけがあるのではなく、クルワッハの排泄物に混じる形でミスリル塊があるということだ。
「ふひぃぃ、すごいですぞ! すごすぎますぞ!」
クルワッハのウンコを素手で掘り返し、狂喜乱舞するブワーナン。
その姿をオレたちは、冷めた視線で見守るのであった……。
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