上 下
74 / 148
第3章 旧領へ。新たな統治

汚臭より生まれる宝

しおりを挟む
 ファロンが作ったわずかな火は、あたりに爆風を巻き起こした。
 クルワッハの毒ガスは、プロパンガスのような可燃性の物質だったのだ。

 とにかく、火系の魔法はダメだ。
 坑道全体が爆発したりはしなかったものの、魔法の使用者を中心に強烈な爆発が起こってしまった。

 オレは火ダルマになったファロンに駆け寄った。
 両手から水を作り出し、消火につとめる。

「ファロン、大丈夫か!?」

 火傷はすぐに再生したが、ファロンの服はボロボロになってしまっている。とくに上半身がひどい。おそらく、魔法で作っていた酸素が爆発の威力を高めたのだろう。ほんの一瞬だったが、激しい爆発だった。

 しかしファロンは自分のことなど歯牙にもかけず、クルワッハをじっと見つめていた。
 その視線は獲物を狙う猛獣のように鋭く、あらためて彼女が獣人であることを、オレに思い出させていた。

 ファロンと同じく、クルワッハの体もわずかに焼け、再生が始まっていた。
 離れていた分、弱い炎をくらっただけなのに、このダメージ。クルワッハに火が有効なのは間違いないようだ。

「ディニッサ様、火は効くよ。ファロンが片付けるから、みんな離れてて」
「ダメじゃ。もう火は使ってはならん」

「……どうして?」
「爆発で坑道が潰れるおそれがあるからじゃ」

 ファロンは不満気だ。
 しかしオレの言う危険は理解できたようで、それ以上言い募ってはこなかった。

 ……正直に言うと、オレの言葉には嘘があった。
 あれだけの爆発で、坑道の毒ガスが一斉に燃え上がらなかったのだ。クルワッハの毒ガスは可燃性ではあるが、広範囲に誘爆する性質ではないと考えられる。

 ファロンを止めた一番の理由は、彼女を傷つけたくないせいだったのだ。
 いくら怪我が治るとはいえ、自爆のような戦い方はさせたくない。

「みな、いったん戻るのじゃ。戦いながらゆっくり後退。もしも洞窟の外までヤツが追ってくるなら、炎の魔法で焼き尽くす」

 ファロンとブワーナンが、クルワッハの攻撃を防ぎながら下がってくる。
 防御性能は抜群だが、クルワッハの攻撃はたいしたことがない。単純な噛み付き攻撃なので、防御に専念していれば捌くのは容易だ。

 ──下がるオレたち。しかし、なぜかユルテとフィアが前に進みでた。
 オレが止める間もなく、クルワッハの牙がフィアに襲いかかる。

 クルワッハが跳ね上がり、フィアの頭に食いつこうとする。
 牙が届く寸前、逆にフィアの掌底が横からクルワッハの頭部を叩いていた。
 そしてフィアは、そのままクルワッハの頭部をつかんだ。

 つかんだ……?
 どうして、クルワッハの体液ですべらないんだ?

 ──答えはすぐにわかった。蛇の頭部が凍りついていたのだ。
 接触による氷結魔法。敵の体液ごと凍らせれば、手がすべることもない。

 全身が凍りついて動けなくなったクルワッハを、ブワーナンが踏み潰した。
 クルワッハの体がコナゴナになる。そのまま再生もせず、ピクリとも動かなくなった。

「なるほど、氷か。フィアのお手柄じゃな!」
「たいしたこと、ない」

 謙遜はしたものの、褒められたフィアはとても嬉しそうだった。
 無邪気な笑顔に見惚れてしまう。

「やりましたね姫様! さあ帰りましょう、すぐに帰りましょう!」
「やっと終わったー。はやく水浴びしたいー」
「うむ。今日はゆっくり休むのじゃ」

 ユルテが抱きついてきた。湧き上がるオレたち。
 やっかいな敵を倒したこと以上に、この悪臭漂う坑道から脱出できることが嬉しい。

「ははは。なにを言っておるのですかな。戦いはこれからですぞ!」

 しかし大喜びしていたオレたちに、ブワーナンが冷や水を浴びせてきた。
 あたりが静まり返る。

「この坑道をもう少しいくと、天然の洞窟と繋がっていましてな。そこにクルワッハの巣があるのですぞ。まだ100匹くらいはいるはずですぞ!」

 最初からそう言えよ……!
 それがオレと侍女たちの総意だっただろう。
 やっと終わったと喜んだあとだけに、よけい腹が立つ。
 
「ホッホッホッ! この調子でガンガン進みましょうぞ!」

 なぜかブワーナンがハイテンションなのも鼻につく。
 ……なんだ、ドワーフはこの悪臭が好きなのか? ド変態めが。

「……いったん外に出て休憩するのじゃ」
「……。」

 オレの指示に、侍女たちが力なくうなずいた。


 * * * * *


 暗黒竜クルワッハというのは、群体の魔物なのだそうだ。
 じつは最初に倒したのは、クルワッハの一部でしかなかった。完全に討伐するには、本体を叩くしかない。

 ……しかし、本体も分体も外見上の違いはない。
 つまり、ぜんぶ潰すしかないということだ。

 ──それから洞窟を出たり入ったりしながら、ヘビ退治を繰り返すハメになった。
 クルワッハは氷結に弱いらしく、戦闘で苦労はしなかった。フィアが氷系魔法の専門家だし、オレもユルテも氷系を使える。

 しかし、洞窟に漂う悪臭がきつかった。
 クルワッハの巣のあるあたりは、よりひどい臭いで、何度任務を放棄しようと思ったかわからないほどだ。

 それでもオレたちは、なんとかがんばって300匹近いクルワッハを殲滅した。
 自分で自分を褒めてやりたい。オレたちはよくやった……!


 * * * * *


「ありましたぞ! ふぉぉぉ、こんなにたくさんありますぞ!」

 ヘビ退治が終わったあとで、ブワーナンが元気だった理由が判明した。
 暗黒竜クルワッハは土を食べる。そのさい鉄や銀など、役に立つ鉱石までいっしょに喰らってしまう。そのため、鉱夫の天敵と呼ばれているわけだ。

 しかし魔法金属は、消化されずにそのまま排出される。
 オリハルコンやミスリルの鉱脈をクルワッハが食べれば、高純度の魔法金属塊が手に入るのだ。

 魔法金属は、精製に金と手間がかかる。
 それが省けたのは、ブワーナンにとっては喜ばしいことなのかもしれない。

 ここはミスリル鉱脈だったので、ミスリル塊が多数落ちていたのだ。
 ……ただ問題は、ミスリル塊それだけがあるのではなく、クルワッハの排泄物に混じる形でミスリル塊があるということだ。

「ふひぃぃ、すごいですぞ! すごすぎますぞ!」

 クルワッハのウンコを素手で掘り返し、狂喜乱舞するブワーナン。
 その姿をオレたちは、冷めた視線で見守るのであった……。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

念動力ON!〜スキル授与の列に並び直したらスキル2個貰えた〜

ばふぉりん
ファンタジー
 こんなスキルあったらなぁ〜?  あれ?このスキルって・・・えい〜できた  スキル授与の列で一つのスキルをもらったけど、列はまだ長いのでさいしょのすきるで後方の列に並び直したらそのまま・・・もう一個もらっちゃったよ。  いいの?

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

【完結24万pt感謝】子息の廃嫡? そんなことは家でやれ! 国には関係ないぞ!

宇水涼麻
ファンタジー
貴族達が会する場で、四人の青年が高らかに婚約解消を宣った。 そこに国王陛下が登場し、有無を言わさずそれを認めた。 慌てて否定した青年たちの親に、国王陛下は騒ぎを起こした責任として罰金を課した。その金額があまりに高額で、親たちは青年たちの廃嫡することで免れようとする。 貴族家として、これまで後継者として育ててきた者を廃嫡するのは大変な決断である。 しかし、国王陛下はそれを意味なしと袖にした。それは今回の集会に理由がある。 〰️ 〰️ 〰️ 中世ヨーロッパ風の婚約破棄物語です。 完結しました。いつもありがとうございます!

元聖女だった少女は我が道を往く

春の小径
ファンタジー
突然入ってきた王子や取り巻きたちに聖室を荒らされた。 彼らは先代聖女様の棺を蹴り倒し、聖石まで蹴り倒した。 「聖女は必要がない」と言われた新たな聖女になるはずだったわたし。 その言葉は取り返しのつかない事態を招く。 でも、もうわたしには関係ない。 だって神に見捨てられたこの世界に聖女は二度と現れない。 わたしが聖女となることもない。 ─── それは誓約だったから ☆これは聖女物ではありません ☆他社でも公開はじめました

処理中です...