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第5章 戦争、休憩、戦争
092 連戦10
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火縄銃など旧式の鉄砲隊は、それ単独では運用しない。
ふつう長槍隊などと共に行動する。
なぜならば鉄砲隊は、側面や背面を襲われると弱いし、敵が正面から来たとしても防ぎきることが難しいからだ。
それは旧式銃の射程距離の短さと、速射性の低さに起因する。
火縄銃でも、ただ飛ばすだけならば500mほどは飛ぶ。しかし戦場で効果を発揮できるのは、せいぜい100mほどでしかない。
さらに装填に時間がかかる。
通常なら1分間に1~2発。早合と呼ばれる、弾と火薬をセットにした物を使っても、せいぜい4発が限界といったところか。
100m地点で発射して、次に撃てるのが30秒後だとすると、次弾を撃つ前に敵が目前に来てしまう。そうならないためには、馬防柵などの防御施設を準備するか、あるいはもっと銃の性能が高くならなければならない。
陽菜から聞いたこのような知識が、一般的かはわからない。
けれど異世界人なら、鉄砲隊の弱点について知っていると想定しておくべきだ。
そう。だからオレは、鉄砲隊が無防備でいることを喜ぶのではなく、無防備であることを怪しむべきだったのだ。今となっては、敵がこのような部隊構成をした理由は明白だ。
近づかれたら、銃を捨て素手で戦えばいい。
魔族ならそれができる。
つまり敵の銃は、オレが考えた鉄球と同じだ。
鉄砲で敵全てを倒すのではなく、自軍の魔力消費を抑えるために、事前に敵の魔力を削っておくだけのもの。
……たぶん、敵一人一人は、魔族としてそれほど強力ではない。
オレの攻撃への反応は鈍かったし、再生速度も遅い。おそらくユルテが言うところの下級魔族だ。
しかし数が圧倒的だ。
現時点で400以上。さらに何人いるかわかったものではない。
武器の技術で劣り、魔力総量でも負けている。
こんなの、勝てるわけねーだろ……!
追い打ちかけるように、後方から強い魔力を感じた。
見ると、例の蜘蛛女が、おそろしい速度で向かってきている。
ただでさえ絶望的な状況が、さらに厳しくなってきやがった。
2回脱出できたからといって、あの蜘蛛女の脅威度が低いというわけではないのだ。どう考えても、蜘蛛糸よりオレの炎の方が消費魔力が大きい。
毛の生えた8本足が高速で動いている。その上には、目がたくさんある蜘蛛の頭部があった。人間の上半身は、風を避けるため前に倒れていてよく見えない。
走り寄る巨大蜘蛛。全体として、その姿はおぞましいものだった。
……魔族はあんなのと結婚できるのか? どうかしてる。
人は見た目ではなく心だ、などという意見もあるが、オレには無理そうだった。
──と、緊急事態にもかかわらず、くだらない思考に時間を取られた。
コンマ数秒のロスだろうが、一瞬のムダが命に関わる。
もうこんなところで殴り合いはやっていられない。とりあえず逃げよう。
……だが逃げるにしても、敵に一撃を加えてからだ。
ただ逃げるだけでは、多数の敵魔族に包囲される危険性がある。
敵を倒す必要はない。ほんの少しの間、ひるませられればいい。
──となると、火の魔法か。
オレは精神集中して魔法を構成しはじめた。
威力は弱くていい。かわりに範囲をなるべく広く。ちょうどセイリオスの逆だ。小さい火花をあたり一帯に撒き散らすイメージ。
魔法の準備をしながらも、敵の観察は続ける。
距離、数メートル。一瞬で接近戦に持ち込める間合いだ。
しかし意外にも、敵は銃を構えた。
発射準備が完了している者だけでなく、すでに撃ち終わった者まで火薬を入れなおして鉄砲を撃とうとしている。
「……?」
オレだったら白兵戦を挑んだだろう。
これだけの人数差があるのだから、包囲して袋叩きにしたほうがいい。
魔力を惜しんだということだろうか……?
たしかな理由はわからないが、オレからするとありがたい。魔法発動のための時間がとれただけでなく、弾薬装填をしてくれているというのがすごい良い。
──魔法名とともに、発動すべき魔法のイメージが固まった。
目をつぶり、大量の魔力をかき集める。
『ムスペルヘイム!』
心のなかで呪文を唱えると、線香花火のような儚い火花あたりに広がった。
火花にたいした威力はない。うまく目に当たれば目眩ましになるていどか。
しかし魔法の発動と同時に、そこら中から爆発音が聞こえた。
もうもうと煙が湧き上がり、世界が白く染まる。その白い世界を超えて、赤い光があらわれる。その光は、同心円状に次々と拡大していった。
──黒色火薬には弱点がある。
火によって爆発しやすいのだ。
火薬が爆発するのは当然のように思える。が、実はそうでもない。
現代で使われているような爆薬なら、火をかざしたところで爆発はしない。
たとえばC4プラスチック爆薬などは、火をつけてもただ燃えるだけで爆発はおこらない。燃料代わりに使われることもあるほど、鈍感で安定性が高い。
対して黒色火薬はそうはいかない。
衝撃、摩擦、静電気。ほんのちょっとした刺激で爆発しかねないほどに敏感だ。
ムスペルヘイムの火花は、生物にダメージは与えられないが、黒色火薬を暴発させるには十分だ。銃には銃口があるのだから、そこから火花が入るのは防げない。
さらには、火薬入れ自体に火花が入ったケースもあるようだ。
装填中か、それとも油断してフタを締め忘れたのか。どちらにせよ、銃の暴発より、そのダメージは深刻だ。
……とはいえ、しょせん威力の低い黒色火薬だ。
魔族に致命傷を与えられるはずがない。この混乱を利用して逃走するのが賢いだろう。
「ディニッサさん、ディニッサさん、ディニッサさん」
走りだそうとした時、女の声が迫ってきた。振り向かなくてもわかる。
……蜘蛛女だ。
ふつう長槍隊などと共に行動する。
なぜならば鉄砲隊は、側面や背面を襲われると弱いし、敵が正面から来たとしても防ぎきることが難しいからだ。
それは旧式銃の射程距離の短さと、速射性の低さに起因する。
火縄銃でも、ただ飛ばすだけならば500mほどは飛ぶ。しかし戦場で効果を発揮できるのは、せいぜい100mほどでしかない。
さらに装填に時間がかかる。
通常なら1分間に1~2発。早合と呼ばれる、弾と火薬をセットにした物を使っても、せいぜい4発が限界といったところか。
100m地点で発射して、次に撃てるのが30秒後だとすると、次弾を撃つ前に敵が目前に来てしまう。そうならないためには、馬防柵などの防御施設を準備するか、あるいはもっと銃の性能が高くならなければならない。
陽菜から聞いたこのような知識が、一般的かはわからない。
けれど異世界人なら、鉄砲隊の弱点について知っていると想定しておくべきだ。
そう。だからオレは、鉄砲隊が無防備でいることを喜ぶのではなく、無防備であることを怪しむべきだったのだ。今となっては、敵がこのような部隊構成をした理由は明白だ。
近づかれたら、銃を捨て素手で戦えばいい。
魔族ならそれができる。
つまり敵の銃は、オレが考えた鉄球と同じだ。
鉄砲で敵全てを倒すのではなく、自軍の魔力消費を抑えるために、事前に敵の魔力を削っておくだけのもの。
……たぶん、敵一人一人は、魔族としてそれほど強力ではない。
オレの攻撃への反応は鈍かったし、再生速度も遅い。おそらくユルテが言うところの下級魔族だ。
しかし数が圧倒的だ。
現時点で400以上。さらに何人いるかわかったものではない。
武器の技術で劣り、魔力総量でも負けている。
こんなの、勝てるわけねーだろ……!
追い打ちかけるように、後方から強い魔力を感じた。
見ると、例の蜘蛛女が、おそろしい速度で向かってきている。
ただでさえ絶望的な状況が、さらに厳しくなってきやがった。
2回脱出できたからといって、あの蜘蛛女の脅威度が低いというわけではないのだ。どう考えても、蜘蛛糸よりオレの炎の方が消費魔力が大きい。
毛の生えた8本足が高速で動いている。その上には、目がたくさんある蜘蛛の頭部があった。人間の上半身は、風を避けるため前に倒れていてよく見えない。
走り寄る巨大蜘蛛。全体として、その姿はおぞましいものだった。
……魔族はあんなのと結婚できるのか? どうかしてる。
人は見た目ではなく心だ、などという意見もあるが、オレには無理そうだった。
──と、緊急事態にもかかわらず、くだらない思考に時間を取られた。
コンマ数秒のロスだろうが、一瞬のムダが命に関わる。
もうこんなところで殴り合いはやっていられない。とりあえず逃げよう。
……だが逃げるにしても、敵に一撃を加えてからだ。
ただ逃げるだけでは、多数の敵魔族に包囲される危険性がある。
敵を倒す必要はない。ほんの少しの間、ひるませられればいい。
──となると、火の魔法か。
オレは精神集中して魔法を構成しはじめた。
威力は弱くていい。かわりに範囲をなるべく広く。ちょうどセイリオスの逆だ。小さい火花をあたり一帯に撒き散らすイメージ。
魔法の準備をしながらも、敵の観察は続ける。
距離、数メートル。一瞬で接近戦に持ち込める間合いだ。
しかし意外にも、敵は銃を構えた。
発射準備が完了している者だけでなく、すでに撃ち終わった者まで火薬を入れなおして鉄砲を撃とうとしている。
「……?」
オレだったら白兵戦を挑んだだろう。
これだけの人数差があるのだから、包囲して袋叩きにしたほうがいい。
魔力を惜しんだということだろうか……?
たしかな理由はわからないが、オレからするとありがたい。魔法発動のための時間がとれただけでなく、弾薬装填をしてくれているというのがすごい良い。
──魔法名とともに、発動すべき魔法のイメージが固まった。
目をつぶり、大量の魔力をかき集める。
『ムスペルヘイム!』
心のなかで呪文を唱えると、線香花火のような儚い火花あたりに広がった。
火花にたいした威力はない。うまく目に当たれば目眩ましになるていどか。
しかし魔法の発動と同時に、そこら中から爆発音が聞こえた。
もうもうと煙が湧き上がり、世界が白く染まる。その白い世界を超えて、赤い光があらわれる。その光は、同心円状に次々と拡大していった。
──黒色火薬には弱点がある。
火によって爆発しやすいのだ。
火薬が爆発するのは当然のように思える。が、実はそうでもない。
現代で使われているような爆薬なら、火をかざしたところで爆発はしない。
たとえばC4プラスチック爆薬などは、火をつけてもただ燃えるだけで爆発はおこらない。燃料代わりに使われることもあるほど、鈍感で安定性が高い。
対して黒色火薬はそうはいかない。
衝撃、摩擦、静電気。ほんのちょっとした刺激で爆発しかねないほどに敏感だ。
ムスペルヘイムの火花は、生物にダメージは与えられないが、黒色火薬を暴発させるには十分だ。銃には銃口があるのだから、そこから火花が入るのは防げない。
さらには、火薬入れ自体に火花が入ったケースもあるようだ。
装填中か、それとも油断してフタを締め忘れたのか。どちらにせよ、銃の暴発より、そのダメージは深刻だ。
……とはいえ、しょせん威力の低い黒色火薬だ。
魔族に致命傷を与えられるはずがない。この混乱を利用して逃走するのが賢いだろう。
「ディニッサさん、ディニッサさん、ディニッサさん」
走りだそうとした時、女の声が迫ってきた。振り向かなくてもわかる。
……蜘蛛女だ。
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