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第3章 旧領へ。新たな統治

諜報部隊

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「フィア、面接はそなたからはじめるのじゃ」

 集まった就職希望者を全員雇うわけではない。兵士としての適性があるか、面接と簡単なテストをおこなうことになっている。本来は、武官であるノランとクナーに頼むべき仕事だが、あえてフィアを指名した。

 魔族の戦闘力を聞いたオレは、予定を変更したのだ。
 平民には治安維持を任せようと考えていたのだが、それでは足りない。
 せめて敵との格差を縮めるため、役に立ってもらう必要がある。

 とはいえ、もちろん戦場に連れ出すわけではない。
 戦争を有利に進めるための、情報収集をやってもらうつもりだ。あわよくば、戦争事態を回避できるような、情報操作までできるのではという期待もある。

 思うに、この手の作業は平民でも可能だし、平民の方が優れている場面も多いはずだ。なぜなら、魔族はお互いを魔力感知で見抜いてしまうからだ。敵地への偵察には、たぶん魔族は向いていない。

「なっ!? 兵士の選定は、私たち武官に任せるはずですわ」
「……私?」

 オレの発言に、クナーの目尻が吊り上がる。フィアは意外そうに目を丸くしていた。ノランも口には出さないものの、眉をひそめている。

「魔族が来なかったのだから、違う手段で戦力を増強する必要がある。そのためにフィアには、新しい部隊を率いてもらうつもりじゃ」

「新しい、部隊……。私は、何をする?」
「フィアの部隊の役目は、情報操作じゃ」

 この世界では、諜報機関を作るという思想はあまりない。
 情報が伝わるのは遅く、不正確だ。さすがに商人たちは、独自の情報網をもっているらしいけど……。

 つまり、諜報機関を作って情報収集に励めば、多少なりとも敵より有利に物事を進められるはずなのだ。

「情報……? なんですのそれ。意味がわかりませんわ」
「まず、各地の情報を集め、分析するのじゃ」

「……なんの意味がありますの? そんなこと戦争には関係ありませんわ」

「関係あるじゃろ。例えば、あらかじめ敵の得意な魔法系統がわかっていれば、対策もたてられよう」

「……なるほど。それはたしかにそのとおりかもしれませんわ。相性の良い敵と戦うようにすれば、有利になりそうですの」

 じっさいのところ、オレの求めている情報収集はこれではないのだが、とりあえずクナーが納得してくれたから良しとする。

「それから宣伝じゃな。わらわには有利な噂を、敵には不利な噂を流す」
「……今度はどんな意味がありますの? 噂で人は殺せませんわ」

 むしろ噂で人は殺せると思うのだが、説明が面倒そうだ。
 また、わかりやすい利点だけ提示しよう。

「ディニッサは魔族の部下を求めていて希望者は厚く遇する、と噂を流せば、魔族
が来てくれる可能性が増えるとは思わんか?」

「それは……。そう、かもしれませんわ。領地を与えて貴族として取り立てる、などと知らせれば、やって来る魔族もいると思いますの」

「平民でもこうやって仕事をさせれば、戦争を有利に運ぶ手助けになるのじゃ。わかってくれたかの?」

 フィアとノランとクナーは、一応納得してくれたようだ。
 さらに細かい話は、今日の選別が終わってからあらためてすればいい。

 ──ただ、ユルテとファロンは、ちゃんと話を聞いてくれたのかあやしい。
 ユルテがオレの右頬、ファロンはオレの左頬をつまんでムニムニしだしたのだ。
 真面目な話をしているというのに嘆かわしい……。

「ら、らりおしゅるんしゃ!」

 けれどよく見ると、二人の目はかなり怖かった。
 ただ話が理解できなかっただけ、とはとても思えない形相だ。

 ……フィアの自慢気な表情とあいまって、二人の気持ちがわかった。
 ようは、フィアにだけ仕事を割り振ったから嫉妬しているのだろう。

 だがオレがフィアを選んだ理由も考えて欲しいものだ。
 3人とも組織管理能力は未知数だが、性格的にフィア以外を選ぶ気にはとてもなれない。

「1つ質問がある。トゥーヌル様は、商人や各地の領主から情報をえていた。わざわざ独自の部隊を作るほどの価値があるのだろうか?」

「ある。今はわらわを信じて従ってほしい」

 オレは胸を張って断言した。
 こういう場合、自信ありげに言い切るのがポイントだ。

 が、実のところ、かかる出費にみあうだけの成果があるのかわからない。
 でもどの国でも情報機関には金かけてるし、大企業の宣伝部門はすごいし、たぶん大きな意味があるはずだ……。

「姫様が、フェンリルを飼いならした、とみんなに知らせる」
「うむ。民衆も魔族もわらわを見直すじゃろう」

 オレの説明を聞いて、早くもフィアは自分がすべき仕事を割り出したようだ。
 昨日のオレの行動をふまえた良い案だった。フェンリル退治の宣伝は、ぜひやってもらいたい事の1つだ。

「知らせたあと、みんなの反応を調べて報告」
「うむ。情報収集も大事じゃ。フィアはよくわかっておるの」

「姫様に文句を言っていたり、他の者を煽っているものがいたら調べる」
「ほう。そこに気づいたか。なかなか気がまわるの」

「代官たちが姫様に税を納めずに、好き勝手な事をしているという噂を広める」
「うむ。代官たちはなんとかしなければならんからの。悪くないのじゃ」

「そして、スキをついて殺す」
「うむうむ。……いやっ、それは違う! 殺しちゃダメじゃ」

 本来的にはそういう活動もするんだろうが、フィアたちに暗殺をやらせるつもりはない。そもそも魔族の暗殺はかなり困難だろうし。

「ということでフィアが最初に集まった人の──」

「頭がいい者、人付き合いがうまい者、読み書きが出来る者の中で信頼できそうな者を選ぶ?」

「そうじゃ」

 フィアは自分の役目をほぼ把握してくれたようだ。
 やはりフィアに諜報部隊を任せて正解だった。

「われらに残るのは、愚かで、協調性がなく、文字が読めず、信頼に値しない者たちになるのかな」

「皮肉を言わんでくれ。フィアとの相性もあるし、必ずしもそうはならんじゃろ」

 ノランも言葉ほどは不満を持っていないようだ。
 情報部隊の価値を、おぼろげにしろわかってくれたのかもしれない。

「姫様、魔術の研究、どうする?」
「あー……」

 言われてようやく思い出した。
 元の世界に帰るために、魔術の研究を頼んでいたんだった。

 ……でも今は、あの時とは目標が変わってしまったからな。
 それでも、研究はしておいたほうがいいか。戦争で役に立つ可能性もある。

「魔術研究する組織もつくるのじゃ。魔術に造詣が深いものがいたら雇ってよい。そちらもフィアに任せる。ああ、フィアはわらわと一緒に行動してもらうことも多くなる。ゆえに、なるべく早く有能な副官を見つけて欲しい」

 効率だけでいえば、諜報部隊は武官のだれかに任せる方がいい。
 ただ諜報隊は、仕事が仕事だけに絶対に信頼できるヤツにしか預けたくない。
 そしていまのところ、決して裏切らないと思えるのは侍女の三人だけだ。

「兵はどのていど雇うおつもりか?」

「とりあえず諜報部隊100、一般兵500を上限に。訓練が終わったら、追加で募集するつもりじゃ」

「承った。精鋭に鍛え上げてみせよう」

 ノランが胸に手を当てて答えた。

 やる気満々だ。なんだか、すごいスパルタ教育をしそうな気がする。
 兵士たちにはかわいそうだが、時間もないしがんばってもらおう。

「フィアは隊員の選別を開始せよ。ユルテとファロンはフィアの手伝いじゃ。ノラン、武官と、手が開いている兵士をすべて裏庭に集めるのじゃ」
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