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第2章 お城の外へ。常識を知る
湖畔にて
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磨き上げられた宝石のような青。
おだやかな湖面は、鏡のように陽光を反射している。
オレたちは、ファロンの案内で湖に来ていた。
さっそく湖で、固まった血を洗い流していく。例によって、侍女であるファロンがすべてを取り仕切っていた。オレ自身がやることはない。
「そなたらも、水に入って汚れを落とすのじゃ」
魔物たちに命じる。フェンリルたちは、水音をたてて湖に飛び込んだ。
多少の懸念はあったのだが、彼らは従順に言うことを聞いてくれていた。
野生の狼は、犬より厳格な上下関係の世界に生きている。
フェンリルやヘルハウンドたちも、そのような集団行動に慣れているのかもしれない。
湖に来たのは水浴びがしたかったため、ということになっている。
もちろん完全な嘘ではないのだが、それだけが理由ではない。水浴びなら村でもできるし、他の魔族と別行動をする必要もない。
ファロンだけを連れて移動したのは、トゥーヌルのことを聞くためだった。
ディニッサは父親と、なにやら面倒くさい関係のようだ。そのあたりのことはちゃんと確認しておきたい。
「『わらわ』はトゥーヌルを憎んでおるのかの?」
「んー。ファロンはディニッサ様じゃないからよくわかんないよ。でもたぶん憎んでなんかいないんじゃないかなー?」
最初にディニッサ側の感情を聞いてみたのだが……。
返ってきたのは、ふわっとした曖昧な言葉だけだった。
ああ、うん。ファロンはこういう話に向いてないと思ってた。
……フィアがいたらなあ。あの子は頭もいいし、性格的にも安定している。
とはいえ、いないものはしょうがない。
「……ならば、そなたの目からみて、トゥーヌルは『わらわ』にひどいことをしていたのかの?」
ファロンは無言でうなずいた。
聞いたのを後悔しかけたほど、憎々しげな表情を浮かべている。
「アイツはディニッサ様に一度も話しかけたことがない。会いに来たこともない。きっとディニッサ様の顔だって知らないまま死んだ」
……育児放棄、になるんだろうか。
そもそも中世の王族は、子育てなんかしなかっただろうが。
それにしても、一度の会話もないなんて異常すぎる。
なにせ一ヶ月や二ヶ月という話ではない。180年という、想像もつかないほどの長期間だ。
トゥーヌルの方こそ、ディニッサを憎んでいたのだろうか……?
話を聞いて、ディニッサの引きこもりに疑問が湧いてきた。
じつは面倒だから引きこもっていたのではなく、外に出ることを望まれていなかったのかもしれない……。
どんな気分だろう、同じ城に住んでいる父に無視され続けるというのは。
オレなら発狂しそうだ。
オレが落ち込んでいるのを察してか、葛の葉が頬を舐めてくれた。
すごいタイミングだ。こいつ人間なら魔性の女になっていたな。
お礼に葛の葉を撫でていると、それまで水浴びしていたフェンリルが、急いで上がってきた。ドシーン。腹を見せてオレのそばに寝ころぶ。なでろ、と言っているらしい。
ご要望どおり腹を撫でてやった。固まってへばりついていた血が取れて、白く綺麗な毛並みだ。水浴びしたせいか、意外に柔らかい。
「……そうじゃな、そなたにも名をつけようか」
(ナマエ?)
撫でながら考えた。
ペットのようなものにするのだから、名前がなくては不便すぎる。
「そなたをあらわす表す特別な言葉じゃ。これからはシロと呼ぼう。よいかの?」
(シロ! シロ! シロ!)
シロが尻尾をぶんぶん振った。
どうやら喜んでもらえたようだった。
(ボス、ナマエ?)
「わらわはディニッサ・ロニドゥ・ルオフィキシラル。ディニッサと呼ぶがよい」
(ディニッサ! ディニッサ!)
意思疎通が出来ないのが魔物と聞いたけど、けっこう通じるじゃないか。
この世界のヤツらは、チャレンジ精神が足りなかったんじゃないか?
フェンリルを撫でていると、今度はヘルハウンドたちが上がってきた。
仰向けになり腹を見せてくる。この子たちも撫でて欲しいらしい。飼い犬でも、会ったばかりの人間にここまで慣れないのに。ずいぶんと友好的なものだ。
ヘルハウンドたちを撫でていると、すぐにフェンリルが「オレも撫でろ」とばかりにすり寄ってくる。撫でられることが、かなり気に入ったらしい。
オレは、フェンリルを重点的に、魔物たちをひたすら撫でまくっていった。
いったい何をしているんだろう、と多少疑問に思うが、連中が喜んでいるからよしとするか。どうせならブラシがあればよかったなー。今度から持ち歩こう。
水浴びにはそれほど時間がかからなかったが、魔物たちへのサービスで相当な時間をとられることになった。
──このことで約束の合流時間に遅れ、ずいぶんとクナーに叱られることになったのだった。
おだやかな湖面は、鏡のように陽光を反射している。
オレたちは、ファロンの案内で湖に来ていた。
さっそく湖で、固まった血を洗い流していく。例によって、侍女であるファロンがすべてを取り仕切っていた。オレ自身がやることはない。
「そなたらも、水に入って汚れを落とすのじゃ」
魔物たちに命じる。フェンリルたちは、水音をたてて湖に飛び込んだ。
多少の懸念はあったのだが、彼らは従順に言うことを聞いてくれていた。
野生の狼は、犬より厳格な上下関係の世界に生きている。
フェンリルやヘルハウンドたちも、そのような集団行動に慣れているのかもしれない。
湖に来たのは水浴びがしたかったため、ということになっている。
もちろん完全な嘘ではないのだが、それだけが理由ではない。水浴びなら村でもできるし、他の魔族と別行動をする必要もない。
ファロンだけを連れて移動したのは、トゥーヌルのことを聞くためだった。
ディニッサは父親と、なにやら面倒くさい関係のようだ。そのあたりのことはちゃんと確認しておきたい。
「『わらわ』はトゥーヌルを憎んでおるのかの?」
「んー。ファロンはディニッサ様じゃないからよくわかんないよ。でもたぶん憎んでなんかいないんじゃないかなー?」
最初にディニッサ側の感情を聞いてみたのだが……。
返ってきたのは、ふわっとした曖昧な言葉だけだった。
ああ、うん。ファロンはこういう話に向いてないと思ってた。
……フィアがいたらなあ。あの子は頭もいいし、性格的にも安定している。
とはいえ、いないものはしょうがない。
「……ならば、そなたの目からみて、トゥーヌルは『わらわ』にひどいことをしていたのかの?」
ファロンは無言でうなずいた。
聞いたのを後悔しかけたほど、憎々しげな表情を浮かべている。
「アイツはディニッサ様に一度も話しかけたことがない。会いに来たこともない。きっとディニッサ様の顔だって知らないまま死んだ」
……育児放棄、になるんだろうか。
そもそも中世の王族は、子育てなんかしなかっただろうが。
それにしても、一度の会話もないなんて異常すぎる。
なにせ一ヶ月や二ヶ月という話ではない。180年という、想像もつかないほどの長期間だ。
トゥーヌルの方こそ、ディニッサを憎んでいたのだろうか……?
話を聞いて、ディニッサの引きこもりに疑問が湧いてきた。
じつは面倒だから引きこもっていたのではなく、外に出ることを望まれていなかったのかもしれない……。
どんな気分だろう、同じ城に住んでいる父に無視され続けるというのは。
オレなら発狂しそうだ。
オレが落ち込んでいるのを察してか、葛の葉が頬を舐めてくれた。
すごいタイミングだ。こいつ人間なら魔性の女になっていたな。
お礼に葛の葉を撫でていると、それまで水浴びしていたフェンリルが、急いで上がってきた。ドシーン。腹を見せてオレのそばに寝ころぶ。なでろ、と言っているらしい。
ご要望どおり腹を撫でてやった。固まってへばりついていた血が取れて、白く綺麗な毛並みだ。水浴びしたせいか、意外に柔らかい。
「……そうじゃな、そなたにも名をつけようか」
(ナマエ?)
撫でながら考えた。
ペットのようなものにするのだから、名前がなくては不便すぎる。
「そなたをあらわす表す特別な言葉じゃ。これからはシロと呼ぼう。よいかの?」
(シロ! シロ! シロ!)
シロが尻尾をぶんぶん振った。
どうやら喜んでもらえたようだった。
(ボス、ナマエ?)
「わらわはディニッサ・ロニドゥ・ルオフィキシラル。ディニッサと呼ぶがよい」
(ディニッサ! ディニッサ!)
意思疎通が出来ないのが魔物と聞いたけど、けっこう通じるじゃないか。
この世界のヤツらは、チャレンジ精神が足りなかったんじゃないか?
フェンリルを撫でていると、今度はヘルハウンドたちが上がってきた。
仰向けになり腹を見せてくる。この子たちも撫でて欲しいらしい。飼い犬でも、会ったばかりの人間にここまで慣れないのに。ずいぶんと友好的なものだ。
ヘルハウンドたちを撫でていると、すぐにフェンリルが「オレも撫でろ」とばかりにすり寄ってくる。撫でられることが、かなり気に入ったらしい。
オレは、フェンリルを重点的に、魔物たちをひたすら撫でまくっていった。
いったい何をしているんだろう、と多少疑問に思うが、連中が喜んでいるからよしとするか。どうせならブラシがあればよかったなー。今度から持ち歩こう。
水浴びにはそれほど時間がかからなかったが、魔物たちへのサービスで相当な時間をとられることになった。
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