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第2章 お城の外へ。常識を知る
魔狼フェンリル
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森から、巨大な狼があらわれた。
元の色がわからないほど、その体は血で赤く染まっている。
ファロンたちと戦闘になったことは間違いない。
だが、討伐隊の姿はなかった。コイツを逃がしてしまったのか、それとも……。
と、フェンリルに向かって駆け寄る姿があった。
クナーだ。フェンリルを見つけた瞬間に、戦闘態勢に入ったらしい。
たった一人で、小山のような怪物に挑むのは無謀に思える。
だがクナーとしては、自分を犠牲にしてでも、みんなが逃げる時間を稼ぐつもりなのだろう……。
……ふと、おかしなことに気づいた。
フェンリルが、戸惑うようにその場を動かないのだ。あるいは、すでに身動きもままならないほどのダメージを負っているのかもしれない。
オレが見ている間にもクナーは走る。
目の前に敵があらわれて、フェンリルも覚悟を決めたようだ。
唸り声をあげながらクナーに突進する。
──いや待て、オレはなにをぼうっと見ているんだ……!
ようやく我に返った。こうしている暇はない。逃げるか戦うか、すぐに決めて行動にうつさなくてはならない。
どちらを選ぶにせよ、まずは強化魔法をかける必要がある。
『オーラブースト10分!』
あらかじめ決めておいた呪文を唱えた。
この世界の魔法に呪文は必要ない。
しかし、このように合言葉を決めておくと、スムーズに魔法を発動できるのだ。
しかも、あらかじめ練習しておくことで、複数の魔法を同時起動することも可能だ。「オーラブースト」では、筋力や反射神経など、6つの強化魔法を同時に発動させている。
フェンリルの突進を見て、クナーが立ち止まる。
突然、フェンリルの体が切り裂かれた。肩のあたりから血が吹き出す。
クナーが、風の魔法で斬りつけたのだろうか?
だが肩の傷は、瞬く間に消え失せた。フェンリルは一瞬も動きを止めず、そのままクナーに跳びかかりる。
オレは、右ナナメ前方に向かって走りだした。
ここでオレだけ逃げるのはダメだろう。フェンリルのケガが重いなら、協力すれば倒せるかもしれないのだ。
ただし、まっすぐは突っ込まない。
接近戦に割り込むと、クナーの足手まといになるかもしれない。
──一秒。
おそろしい速度で景色が後方に流れる。あまりの速さにバランスが崩れ、うまく走れない。クソっ、平衡感覚強化も入れておくべきだった。
フェンリルの爪がクナーにかすった。クナーの足から血が吹き出す。
──二秒。
クナーと正対しているフェンリルのナナメ45度の位置までたどり着いた。
クナーに誤射しないために、できればフェンリルの真横までいきたいが……。
フェンリルの爪を避けたクナーに、無数の石つぶてが降りかかる。
あのバケモノ、土系の魔法を使えるのか!
石つぶてのダメージはともかく、魔法のせいでクナーはバランスを崩した。
そうして、フェンリルの噛みつきを避けそこねる。クナーの左肩から先の腕は、そっくり魔狼の口に飲み込まれていた。
クナーの出血もすぐに止まった。けれども、左腕が再生していない。
なんだ、クナーの治療が遅い?
魔族なら、誰でも自己強化・自己治療は可能だ。
腕一本は、ふつうの人間には重傷だが、魔族にとってはそうじゃない。ユルテに瀕死にされたオレが蘇ったように、簡単に治療できるはずなのだ。
……そうだ。ノランが気になることを言っていた。
「クナーは、前の戦いの傷が癒えていない」と。
じっさいのところ、クナーにケガの痕など微塵もなかったのに、だ。
ということは、最初の時のオレのように、魔法で仮の治療がなされているだけなのだろう。ほとんどの魔族は、魔法効果を永続化できないのだから。
そして、そのことが戦えない理由になるのだから、一つの推論が浮かび上がる。
おそらく、治癒魔法は重ねがけが難しいのだ。仮治療状態で、さらに魔法をかけると失敗したり、魔力を大量に消費したりするのだろう。
ダメだ、ベストポジションを選んでいる暇はない。
モタモタしていると、クナーが危ない。
『ボロンランス1秒!』
右手に大きな槍が生まれた。原子番号5番、ホウ素からなる投げ槍だ。
ホウ素は硬い。しかもたった一種類の元素でできているため、ボロンランスは少ない魔力で生み出せる。脆いので防御には適さないだろうが、使い捨ての攻撃手段としては申し分ない。
ホウ素の槍を、強化した体で力の限りに投げつけた。
空気を切り裂く音が聞こえ、ほぼ同時に槍がフェンリルの胴体を貫通した。
クナーに食らいついていたフェンリルの動きが止まる。
フェンリルの腹に空いた穴は、すぐに塞がってしまった。残ったのは飛び散った血だけ。残念ながら、敵にはまだ余裕がありそうだった。
「なに、やって、いますの、はやくお逃げなさい……!」
聴力も強化されているせいで、うめくようなクナーの声が聞こえてしまった。
だがその言葉には従えない。オレはすでに二本目の槍を放っていた。
今度はフェンリルもかわそうとしたが、避けそこねて右足に命中する。
一声吠えると、フェンリルはオレに向かって走りだした。
右足はまだ治っていない。
どうしてだろう、治療速度に差がある?
さらに槍を作り出して投げつける。今度は肩を突き抜けたが、すぐに再生してしまった。そのころには、フェンリルの右足も完治している。
足が治ったフェンリルが、凄まじい速さで迫ってくる。
オレは、フェンリルから離れるように走りだした。
とりあえず、ヤツを村から引き離そう。
そうすれば、クナーも村人も安全になる。
──一瞬、ユルテが真っ赤になってオレを怒る姿が思い浮かんだ。
ああ、帰ったら、いくらでも叱られやるさ。だから、なんとか無事にかえらなくちゃな……!
元の色がわからないほど、その体は血で赤く染まっている。
ファロンたちと戦闘になったことは間違いない。
だが、討伐隊の姿はなかった。コイツを逃がしてしまったのか、それとも……。
と、フェンリルに向かって駆け寄る姿があった。
クナーだ。フェンリルを見つけた瞬間に、戦闘態勢に入ったらしい。
たった一人で、小山のような怪物に挑むのは無謀に思える。
だがクナーとしては、自分を犠牲にしてでも、みんなが逃げる時間を稼ぐつもりなのだろう……。
……ふと、おかしなことに気づいた。
フェンリルが、戸惑うようにその場を動かないのだ。あるいは、すでに身動きもままならないほどのダメージを負っているのかもしれない。
オレが見ている間にもクナーは走る。
目の前に敵があらわれて、フェンリルも覚悟を決めたようだ。
唸り声をあげながらクナーに突進する。
──いや待て、オレはなにをぼうっと見ているんだ……!
ようやく我に返った。こうしている暇はない。逃げるか戦うか、すぐに決めて行動にうつさなくてはならない。
どちらを選ぶにせよ、まずは強化魔法をかける必要がある。
『オーラブースト10分!』
あらかじめ決めておいた呪文を唱えた。
この世界の魔法に呪文は必要ない。
しかし、このように合言葉を決めておくと、スムーズに魔法を発動できるのだ。
しかも、あらかじめ練習しておくことで、複数の魔法を同時起動することも可能だ。「オーラブースト」では、筋力や反射神経など、6つの強化魔法を同時に発動させている。
フェンリルの突進を見て、クナーが立ち止まる。
突然、フェンリルの体が切り裂かれた。肩のあたりから血が吹き出す。
クナーが、風の魔法で斬りつけたのだろうか?
だが肩の傷は、瞬く間に消え失せた。フェンリルは一瞬も動きを止めず、そのままクナーに跳びかかりる。
オレは、右ナナメ前方に向かって走りだした。
ここでオレだけ逃げるのはダメだろう。フェンリルのケガが重いなら、協力すれば倒せるかもしれないのだ。
ただし、まっすぐは突っ込まない。
接近戦に割り込むと、クナーの足手まといになるかもしれない。
──一秒。
おそろしい速度で景色が後方に流れる。あまりの速さにバランスが崩れ、うまく走れない。クソっ、平衡感覚強化も入れておくべきだった。
フェンリルの爪がクナーにかすった。クナーの足から血が吹き出す。
──二秒。
クナーと正対しているフェンリルのナナメ45度の位置までたどり着いた。
クナーに誤射しないために、できればフェンリルの真横までいきたいが……。
フェンリルの爪を避けたクナーに、無数の石つぶてが降りかかる。
あのバケモノ、土系の魔法を使えるのか!
石つぶてのダメージはともかく、魔法のせいでクナーはバランスを崩した。
そうして、フェンリルの噛みつきを避けそこねる。クナーの左肩から先の腕は、そっくり魔狼の口に飲み込まれていた。
クナーの出血もすぐに止まった。けれども、左腕が再生していない。
なんだ、クナーの治療が遅い?
魔族なら、誰でも自己強化・自己治療は可能だ。
腕一本は、ふつうの人間には重傷だが、魔族にとってはそうじゃない。ユルテに瀕死にされたオレが蘇ったように、簡単に治療できるはずなのだ。
……そうだ。ノランが気になることを言っていた。
「クナーは、前の戦いの傷が癒えていない」と。
じっさいのところ、クナーにケガの痕など微塵もなかったのに、だ。
ということは、最初の時のオレのように、魔法で仮の治療がなされているだけなのだろう。ほとんどの魔族は、魔法効果を永続化できないのだから。
そして、そのことが戦えない理由になるのだから、一つの推論が浮かび上がる。
おそらく、治癒魔法は重ねがけが難しいのだ。仮治療状態で、さらに魔法をかけると失敗したり、魔力を大量に消費したりするのだろう。
ダメだ、ベストポジションを選んでいる暇はない。
モタモタしていると、クナーが危ない。
『ボロンランス1秒!』
右手に大きな槍が生まれた。原子番号5番、ホウ素からなる投げ槍だ。
ホウ素は硬い。しかもたった一種類の元素でできているため、ボロンランスは少ない魔力で生み出せる。脆いので防御には適さないだろうが、使い捨ての攻撃手段としては申し分ない。
ホウ素の槍を、強化した体で力の限りに投げつけた。
空気を切り裂く音が聞こえ、ほぼ同時に槍がフェンリルの胴体を貫通した。
クナーに食らいついていたフェンリルの動きが止まる。
フェンリルの腹に空いた穴は、すぐに塞がってしまった。残ったのは飛び散った血だけ。残念ながら、敵にはまだ余裕がありそうだった。
「なに、やって、いますの、はやくお逃げなさい……!」
聴力も強化されているせいで、うめくようなクナーの声が聞こえてしまった。
だがその言葉には従えない。オレはすでに二本目の槍を放っていた。
今度はフェンリルもかわそうとしたが、避けそこねて右足に命中する。
一声吠えると、フェンリルはオレに向かって走りだした。
右足はまだ治っていない。
どうしてだろう、治療速度に差がある?
さらに槍を作り出して投げつける。今度は肩を突き抜けたが、すぐに再生してしまった。そのころには、フェンリルの右足も完治している。
足が治ったフェンリルが、凄まじい速さで迫ってくる。
オレは、フェンリルから離れるように走りだした。
とりあえず、ヤツを村から引き離そう。
そうすれば、クナーも村人も安全になる。
──一瞬、ユルテが真っ赤になってオレを怒る姿が思い浮かんだ。
ああ、帰ったら、いくらでも叱られやるさ。だから、なんとか無事にかえらなくちゃな……!
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