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第1章 異世界へ。現状を知る
示された道
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オレが四方から襲われそうな現状を嘆くと、ディニッサは逃げればいい、とこともなげに言った。
「王様が逃げ出すって? だいたいどこに」
「わらわの侍女三人──ユルテ、ファロン、フィア──は、みな有力な貴族の出じゃ。実家を頼れば、わらわとあと幾人かを匿うくらいは容易くやってくれよう」
「そう、私もそう聞いてたのっ」
「安全は確保されていたってことか。でもどうやって味方のところまで逃げる? 四方全部が敵になっているはずだろ」
「水上を飛ぶように進む、秘蔵の魔法船がある。城のわきの川を下れば海はすぐそこじゃ。宝物庫の魔法具をすべて詰め込めば、金に困ることもあるまい」
「……それは、まあ、現実的な計画かもしれないな」
魔法の高速艇があれば、逃げられる可能性は高いだろう。
戦争が始まってからならともかく、今のタイミングなら十分うまくいきそうだ。
資金源を確保してあるのもいい。
最悪、侍女の実家とやらに断られたとしても、船と金があればなんとでもなる。
「でも、国民や家来はどうなる? 見捨てていくなんてあんまりじゃないか」
「民はどうじゃろ。上の者が変わったことを、それほど気にするかの?」
……現状で、すでに最悪の統治だ。なにせ、なにもしていない。
ならば相当な暴君でも来ない限りは、今よりマシといえるかもしれない。
「ユルテたち四人は、ともに船で連れて行く約束じゃ。他のものたちは、わらわに仕えているわけではないからの」
ディニッサは寂しげに笑った。
城内に誰も入ってこないことから考えて、侍女たち以外からは避けられているのだろう。ディニッサの自業自得だとしか言えないが。
「あの城も国も、父上が一代で築き上げたものじゃ。ならば父上の死とともに消え去るのも、またよかろうよ」
稀代の名君の後を、幼くして継いでしまったということか。仮にディニッサが熱意にあふれた君主だったとしても、成功は難しかったかもしれない。
話はだいたいわかった。無計画ではなかったようだし、陽菜がオレを嫌いだっていうのも誤解だったんだろう。そう、誤解だったに違いないんだ。
──しかしディニッサの話を聞いて、よけいにわからなくなった。
「なあ。なんで異世界と入れ替えなんて面倒なことしたんだよ? 侍女の実家で、これまで通り引きこもればいいだけじゃないか」
「そんなこともわからんのか?」
ディニッサが鼻で笑った。ちょっとイラつく。
「よく考えるがよい。侍女の家に世話になるのじゃぞ」
「おお、なればいいだろ」
ディニッサは、やれやれこの愚か者は、という態度で手のひらを上に向けた。
「世話になるのじゃから、最初に挨拶とかせねばなるまい」
「すればいいだろ」
「ムリ。やりたくないのじゃ」
「はあ!? そんなくだらない理由でだと。ざけんな、親戚に挨拶するの嫌がるニートみたいなこと言ってんじゃねえぞ!」
オレは陽菜のほうに振り向いた。
「なあ、陽菜、いくら子供でも、そんなの恥ずかしいよな」
当然うなづくと思っていた陽菜は、オレから目をそらした。
え? どういうこと?
「それにじゃ、きっと貴族の礼儀作法とかの勉強をさせられるのじゃぞ」
「やれよ! っていうか、むしろやってなかったのかよっ」
「勝手なことを言うでないわ!」ディニッサが吠えた。「わらわは200歳にもならぬお子様なのじゃぞ。まだまだ遊びたいお年ごろじゃ。むしろ遊ぶのは、自然かつ当然の権利であると言ってよいっ」
なんか、とんでもない単語が聞こえた気がする。
「……いま、なんて言った?」
「遊ぶのは、自然かつ当然の権利であると言ってよい?」
「いや、もうちょっと前」
「勝手なことを言うでない?」
「いや、行き過ぎだ。もしかして、200歳とか言わなかったか?」
「200歳にはなっておらぬ、と言ったのじゃ、たわけめ。いまだ、わずか189年しか生きておらぬわ」
「たわけはおまえだ!!」
9年間いったいなにをしてたんだ、こいつは。
幼すぎてかわいそう、なんて思っていたがぜんぜん責任能力あるじゃねーか!
「ぜったい魔法の練習して、強制的に元に戻してやるからな」
「フッハッハ!」
ディニッサは、腰に手をあてて嘲笑した。
「ムリじゃな。このわらわが、陽菜の抵抗で魔法を失敗したのじゃぞ。わらわが抵抗したならば、誰がかけようと魔法など効かぬとしれ」
くそっ、力だけあるお子様っていうのは、本当にやっかいだな。
「じゃあ、条件をだしてくれよ。言っとくが、そっちの生活もそんなに良いもんじゃないはずだぜ。あれだけ派手な暮らしをしてたんだからな」
「まあ、たしかに家の狭さには驚愕したの」
「国が平和になって、静かに暮らせるようになったら、いいか? おまえだって本当はユルテたちといっしょにいたいんだろ」
「それはたしかにそうじゃ。あやつらがおらんと寂しい」
ディニッサは腕を組んだ。
「……うむ。今までのような暮らしが戻るなら、考えてもよいじゃろう。ただし、確約はせぬ。あくまで条件を検討してからじゃ」
「よし、それで──」
唐突に二人の姿がかき消えた。魔法の持続時間が切れたのだろう。
そしてオレには、2つの選択肢が残った。
一つは、侍女たちと逃げる道。こっちを選んでも、安定した生活を送れるようになれば、取引が成立する可能性は十分ある。
もう一つは、ディニッサのかわりに王をつとめる道。こっちは相当に難しい。
そもそも生き残れる保証もまるでない。
さて、オレが選ぶ道は──
「王様が逃げ出すって? だいたいどこに」
「わらわの侍女三人──ユルテ、ファロン、フィア──は、みな有力な貴族の出じゃ。実家を頼れば、わらわとあと幾人かを匿うくらいは容易くやってくれよう」
「そう、私もそう聞いてたのっ」
「安全は確保されていたってことか。でもどうやって味方のところまで逃げる? 四方全部が敵になっているはずだろ」
「水上を飛ぶように進む、秘蔵の魔法船がある。城のわきの川を下れば海はすぐそこじゃ。宝物庫の魔法具をすべて詰め込めば、金に困ることもあるまい」
「……それは、まあ、現実的な計画かもしれないな」
魔法の高速艇があれば、逃げられる可能性は高いだろう。
戦争が始まってからならともかく、今のタイミングなら十分うまくいきそうだ。
資金源を確保してあるのもいい。
最悪、侍女の実家とやらに断られたとしても、船と金があればなんとでもなる。
「でも、国民や家来はどうなる? 見捨てていくなんてあんまりじゃないか」
「民はどうじゃろ。上の者が変わったことを、それほど気にするかの?」
……現状で、すでに最悪の統治だ。なにせ、なにもしていない。
ならば相当な暴君でも来ない限りは、今よりマシといえるかもしれない。
「ユルテたち四人は、ともに船で連れて行く約束じゃ。他のものたちは、わらわに仕えているわけではないからの」
ディニッサは寂しげに笑った。
城内に誰も入ってこないことから考えて、侍女たち以外からは避けられているのだろう。ディニッサの自業自得だとしか言えないが。
「あの城も国も、父上が一代で築き上げたものじゃ。ならば父上の死とともに消え去るのも、またよかろうよ」
稀代の名君の後を、幼くして継いでしまったということか。仮にディニッサが熱意にあふれた君主だったとしても、成功は難しかったかもしれない。
話はだいたいわかった。無計画ではなかったようだし、陽菜がオレを嫌いだっていうのも誤解だったんだろう。そう、誤解だったに違いないんだ。
──しかしディニッサの話を聞いて、よけいにわからなくなった。
「なあ。なんで異世界と入れ替えなんて面倒なことしたんだよ? 侍女の実家で、これまで通り引きこもればいいだけじゃないか」
「そんなこともわからんのか?」
ディニッサが鼻で笑った。ちょっとイラつく。
「よく考えるがよい。侍女の家に世話になるのじゃぞ」
「おお、なればいいだろ」
ディニッサは、やれやれこの愚か者は、という態度で手のひらを上に向けた。
「世話になるのじゃから、最初に挨拶とかせねばなるまい」
「すればいいだろ」
「ムリ。やりたくないのじゃ」
「はあ!? そんなくだらない理由でだと。ざけんな、親戚に挨拶するの嫌がるニートみたいなこと言ってんじゃねえぞ!」
オレは陽菜のほうに振り向いた。
「なあ、陽菜、いくら子供でも、そんなの恥ずかしいよな」
当然うなづくと思っていた陽菜は、オレから目をそらした。
え? どういうこと?
「それにじゃ、きっと貴族の礼儀作法とかの勉強をさせられるのじゃぞ」
「やれよ! っていうか、むしろやってなかったのかよっ」
「勝手なことを言うでないわ!」ディニッサが吠えた。「わらわは200歳にもならぬお子様なのじゃぞ。まだまだ遊びたいお年ごろじゃ。むしろ遊ぶのは、自然かつ当然の権利であると言ってよいっ」
なんか、とんでもない単語が聞こえた気がする。
「……いま、なんて言った?」
「遊ぶのは、自然かつ当然の権利であると言ってよい?」
「いや、もうちょっと前」
「勝手なことを言うでない?」
「いや、行き過ぎだ。もしかして、200歳とか言わなかったか?」
「200歳にはなっておらぬ、と言ったのじゃ、たわけめ。いまだ、わずか189年しか生きておらぬわ」
「たわけはおまえだ!!」
9年間いったいなにをしてたんだ、こいつは。
幼すぎてかわいそう、なんて思っていたがぜんぜん責任能力あるじゃねーか!
「ぜったい魔法の練習して、強制的に元に戻してやるからな」
「フッハッハ!」
ディニッサは、腰に手をあてて嘲笑した。
「ムリじゃな。このわらわが、陽菜の抵抗で魔法を失敗したのじゃぞ。わらわが抵抗したならば、誰がかけようと魔法など効かぬとしれ」
くそっ、力だけあるお子様っていうのは、本当にやっかいだな。
「じゃあ、条件をだしてくれよ。言っとくが、そっちの生活もそんなに良いもんじゃないはずだぜ。あれだけ派手な暮らしをしてたんだからな」
「まあ、たしかに家の狭さには驚愕したの」
「国が平和になって、静かに暮らせるようになったら、いいか? おまえだって本当はユルテたちといっしょにいたいんだろ」
「それはたしかにそうじゃ。あやつらがおらんと寂しい」
ディニッサは腕を組んだ。
「……うむ。今までのような暮らしが戻るなら、考えてもよいじゃろう。ただし、確約はせぬ。あくまで条件を検討してからじゃ」
「よし、それで──」
唐突に二人の姿がかき消えた。魔法の持続時間が切れたのだろう。
そしてオレには、2つの選択肢が残った。
一つは、侍女たちと逃げる道。こっちを選んでも、安定した生活を送れるようになれば、取引が成立する可能性は十分ある。
もう一つは、ディニッサのかわりに王をつとめる道。こっちは相当に難しい。
そもそも生き残れる保証もまるでない。
さて、オレが選ぶ道は──
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