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第5章 戦争、休憩、戦争

071 戦の支度3

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 心臓がバクバクいっている。
 落ち着け、とりあえず落ち着こう。

 城にスパイがいると聞いて、オレは激しく動揺した。しかもそのスパイは、だれあろう料理人のコレンターンだという。

 あの猫娘はディニッサと長い付き合いがあるのに。ディニッサも、領地を捨てて逃げ出すときは、侍女3人とともにコレットも連れて行くと言っていた。それほど信用されているのに、裏切ったというのか。

 ……もしかして、レノアノールが嘘をついてたりしないか? 

 ──ないな。
 仮にレノアノールの方こそが裏切り者だったとしても、料理人を告発する意味が無い。これが侍女の誰かであれば、離間策だと考えることもできるが……。

「ど、どのような証拠があるのじゃ……?」
「は、はい、これを見てください」

 レノアノールに差し出された紙を見ると、城の状況が書き記してあった。
 誰が訪れたとか、誰がどうしただとかが記載されている。中には城の住人でなければ知り得ないような情報まである。

「この手紙をコレンターンが書いたのか……」
「ハイ、いいえ、これは手紙の写しです。フィア様に相談したところ、重要な情報がないので本物はそのままにするということになりました」

 たしかにざっと見た限り、たいした情報はない。
 誰々が訪れたと書かれているだけで、会話内容がのっているわけではない。

「あ、あの、まずかったですか……? やっぱり手紙は奪っておくべきでしたか」
「いや、問題ないのじゃ。この手紙を渡す不利益より、こちらが間諜に気づいたことを知られる不利益の方がはるかに大きいじゃろう」

 国家運営には情報収集が大事だから!(キリッ)っとかやっておいて、すでに自陣にスパイがいたというのは間抜けだが、これを利用して相手を罠にかける手もあるだろう。

 しかし問題は、オレがいるときに出された手紙に何が書いてあったのか、だ。
 この手紙を見る限りでは、危険な情報が漏れたとは思えない。だけどオレがいなかったから、簡単な報告ですまされただけという可能性もある。

「これ以外にも手紙はあるのかの?」
「はい、もう一通あります。でも内容は似たり寄ったりなので……。あ、ただ、ディニッサ様のことが書いてありますので、いちおうどうぞ」

 二通目の手紙は、オレが拉致られた数日後に出されたものだった。こちらも代わり映えはしない。オレが視察に出たとか、教会関係者を呼んで話し合ったとか、オレに関する記述が増えているくらいか。

 やはり会議の詳しい内容などは一切載っていない。そっけなく会議があったことが記されているだけだ。……まあ、会議の盗聴までしているなら、誰かがコレットの異常に気づいただろうしな。

「あ、あの、こんどのアッフェリ戦への影響はあまりないとアタシは思います」
「どうしてそう思うのじゃ?」

「言い遅れましたが、手紙の宛先は東の魔王の本拠地です。たぶんアッフェリには情報が伝わっていないんじゃないかと思います」

 アッフェリは、東の魔王の部下だ。ただし、かなりの自主裁量権を有しているようだ。これは東の魔王に属する他の貴族も変わらない。東の魔王は、始皇帝のような絶対者ではなく、春秋時代の「覇者」のような存在だと思われる。

 東の魔王と配下の貴族は、綿密な情報交換などしないだろう。だから、スパイを潜りこませたのが東の魔王なら、アッフェリに情報が伝わっている可能性は低い。

 隣接領のアッフェリではなく、遠隔地で大勢力を持つ東の魔王がスパイを送り込んできただことは、一見謎だ。しかし情勢を考えれば、逆よりありえそうな事態だとわかる。

 アッフェリは、オレたちをスパイまで使って対抗すべき有力な敵だとは思っていないだろう。その反対に東の魔王はディニッサに執着している気配がある。

 ディニッサがどうでもいい存在ならば、ディニッサの父に勝利したときにルオフィキシラル領を支配していただろう。そうせずに、10年間もの不可侵命令を出したことが、東の魔王の思いを物語っている。

 ディニッサは東の魔王の孫娘である。ルオフィキシラル領が見逃されたのは、肉親の情からだろうか。残念ながら、おそらく違う。東の魔王がディニッサを愛しているなら、むしろルオフィキシラル領を統治下におさめ、彼女を保護したはずだ。

 東の魔王は、いずれ収穫することを念頭に置いて、ディニッサを気にかけているのだろう。その目的が、ライバルの育成か、優秀な部下の獲得かは断定できないけれど。……まさか、嫁候補とかはないよな、さすがに……。

 とにかく、だ。この件は、今回の戦争には影響しないと見てもいいだろう。

「コレンターンの処分はどうしますか? 捕まえるなら、兵を連れてきますけど」
「いや、よい。このまま泳がせておくのじゃ。ただし注意は必要じゃな」

「すでに二人のメイドに、コレンターンを監視させてあります」
「うむ。そのまま監視を続けよ」

 レノアノールと話していると、ドドールが近寄ってきた。ふたたび跪く。
 なにか言いたいことがあるのだろう。彼の頭に手を置いた。

『陛下、コレンターン殿の筆跡を調べておくべきかと』

 偽書を想定した進言か。コレットの筆跡をマスターしている者がいれば、相手に誤った情報を伝えることもできるだろう。その有効性はともかく、やっておいて損はない。

「そうじゃな。コレンターンの外出時の監視役には、彼女の筆跡を真似できるよう練習させておくのじゃ」

「……あ、なるほど。すぐに手配しておきます!」

 とりあえずこれでいいだろう。
 ふつう料理人が敵となれば、毒の警戒が必須だ。しかしその点は気楽なものだ。魔族には生半可な毒など効かないからだ。

 ドドールがドタドタと部屋から走り去った。あらためて食べ物をとってくるつもりだろう。しかしレノアノールは、まだその場にとどまっていた。まだ言いたいことがあるのだろうか。

「……あの、ディニッサ様、ありがとうございます」
「なんのことじゃ?」

「アタシの言うことを信じてくれて嬉しかったです」

 そう言ってレノアノールも部屋を出て行った。

 ……そうか、よく考えれば、コレットとディニッサは長い付き合いだ。コレットより臣従したばかりのレノアノールをあっさり信じたのは、すこし不自然だったかもしれない。

 あまりディニッサらしくない態度をとっていると、賢い二人のことだ、オレのことを不審に思うかもしれないぞ。注意しよう。

 それとも、あの二人にもすべてを打ち明けるか……? 相談相手としては、侍女たちより役にたってくれそうな気がする。もう少し様子を見て、信頼できると確信できたら、正体をバラしてもいいかもしれない。


 * * * * *


 その後、食事をしながら明日の作戦を話し合った。
 最初はどちらかに戦力を集中して、各個撃破を狙う作戦も検討された。しかし最終的には、二正面作戦を取ることに決めた。

 東のアッフェリには、オレとトレッケ一族五名、あとは魔物だけで対応する。
 残りのメンバーは、ヴァロッゾ防衛に回ってもらう。

 敵より少ない戦力なのに欲張った形だが、リスク覚悟であえてやってみるつもりだ。敵の油断をつければなんとかなるはず……。なるといいな……。

 起こりえるシチュエーションごとの対策を話し合い、長い会議は終了した。
 こちらの世界には正確な時計などないが、もうとっくに日付は変わっている時間だろう。

 ドドールたちが去ると、そう間をおかずにエルフのメイドたちが部屋に入ってきた。聞くと、オレのことが心配で起きてくれていたらしい。いい子たちだ。

「わらわは大丈夫じゃ。それにアッフェリごときに好きなようにはさせぬゆえ、安心するがよいぞ」

「姫様、無茶はしないでくださいね……」

 メイドたちの不安を和らげようと、景気のいいことを言ってみたが、逆にオレの心配をされてしまった。

 この健気な娘達のためにも、明日は勝たないとな。ついこの間までひどい目に合わされていたというのに、また同じ苦痛を味合わせるわけにはいかない。

 魔族同士の戦争は、ある種スポーツのようでのんきなものだが、平民にとってはそうではない。占領された都市は、ご多分に漏れず略奪される。

 ただし魔族は気取り屋が多いため、そうあからさまな略奪などはしない。かわりに平民の占領部隊が、日頃のうっぷんを晴らすように暴れることが多いらしい。魔族には逆らえないから、せめて弱い者から搾取しようというわけだ。

 もう少し早く城に戻れれば、メイドたちは田舎の村にでも疎開させていたんだけどな……。残念ながら、もうそうしてやる余裕がない。

 最悪の事態を想像して、少し嫌な気分になった。
 しかしメイドたちはオレの気も知らず、楽しげにオレの世話をしていた。

 なんとなく、メイドたちの甘やかしスキルが向上している気がする。以前はどこかぎこちなさがあったのに、今ではユルテたちが世話をしてくれている時のような安定感がある。この一ヶ月、特訓でもしていたのだろうか。謎だ。

 美女と美少女に囲まれ、面倒をみてもらう。元の体なら、きっと大興奮だったに違いない。しかし今は、興奮よりも穏やかな満足感しか感じない。

「そなたたちも疲れたであろう。そろそろ休まぬか?」
「ディニッサ様、もうちょっとです。髪をとかし終わるまで待って下さいね」

 やっぱり対応が少し変わったな。前はなによりオレの言葉が優先だった。今はオレの言葉より、オレのためになる(と彼女たちが信じている)行動が優先されているようだ。

 そういえば毎晩やられていたけど、寝る前に髪をすくのって意味あるのかな。
 そんな、どうでもいい疑問を考えていると、まぶたが重くなってきた──
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