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第5章 戦争、休憩、戦争

066 ザムゾン司教

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「ディニッサ様ぁ……!!」

 幼女の前にひれ伏す、ヒゲもじゃの老人。
 老人は感極まったように幼女の名を連呼する。
 その顔は興奮に赤く染まり、瞳はキラキラと輝いている。

 ヤベえ。どう考えても、やばい光景だ。
 そのあまりの気持ち悪さに、不当な税に対する怒りを失ってしまったほどだ。

 度を超えた好意というのは、ある種暴力に近いな。精神的プレッシャーがハンパない。これは相手が男だからなのだろうか。……そうかもしれないな。冷静に考えれば、ユルテもかなり頭おかしいし。

「でぃ、でぃに……うひっ」

 もうこの場から立ち去りたい。しかしそうもいくまい。

「アンゴン、軽く殴って正気にさせるのじゃ。このままでは話もできん」
「……姫さんがやったほうがいいんじゃないですかね」

 触りたくないんだよっ、わかれ!
 それに、殴って喜ばれでもしたらどうすんだ。最高にキモいだろ!

 オレの思いが通じたのか、アンゴンはザムゾン司教に歩み寄った。
 しかしアンゴンはドワーフを殴らず、ただ頭に軽く手を置いただけだった。

「どうぞ。もう大丈夫だと思いますぜ」

 ……?

 ああ、精神操作魔法を使ったのか。便利だな。
 今までは習得に力を入れてこなかったけど、今後は注力する必要があるかもしれない。敵に、というより、味方をなだめるのに有効そうだ。

「わらわの質問に答えよ。ちゃんと答えぬなら、わらわは出て行くのじゃ」
「ははーっ、なんなりとご質問くださいませ!」

 まだテンションが高いが、なんとか対話は可能なようだった。

「なぜ、あのような高額な税をかけたのじゃ」
「もちろんディニッサ様のおんためですぞ!」

「わらわの為? ……集めた金はどうしたのじゃ」
「もちろん大切に保管してあります! 戦争が起こるとあっては、何かと金が必要でしょう。使ってくだされ!」

 ああ、そっちか……。
 このドワーフは善意でやっているんだ。それがオレのためになると思って頑張っている。明らかにマイナスなんだけれども。

 これ含めて、すべてが演技ってことはあるだろうか?
 むしろそのほうが気楽だけど、それはなさそうだなぁ……。

 私腹を肥やしているにしては、教会もザムゾンの服もボロすぎる。教会には人気がなく、司教のくせに従者すら付けていないようだ。どうにも金を使っている気配がない。

「ディニッサ様、ぜひともあの邪悪な東の魔王一派に、正義の鉄槌を下してくださいませ! 卑劣な手段で葬られたトゥーヌル様の仇を!」

「わらわは詳しく知らぬのだが、前の戦でなにかやられたのかの?」
「敵は卑怯にも、トゥーヌル様に数倍する人数で襲いかかってきたのです!」

 ……あ、ハイ。
 たしかに卑怯と言えば卑怯ですね。

「話を戻す。そなたは5割もの税をかけて、民が困るとは思わなかったのかの?」

「ルオフィキシラルの民は、すべてディニッサ様の物! ディニッサ様に尽くすことは当然の義務! 喜びこそすれ、不満に思う者がいるでしょうか!」

 いっぱいいんだろ。どう考えても。
 でもコイツは、本気でみんなも喜んでいると思ってそうだ。

 自分と同じ思いを他人も抱いているはずだ、と考える人間は一定数いる。それはまあいいとしても、その手の人間は、自分と違う意見の者を「間違った考え」だとして攻撃する傾向がある。おそらくザムゾンはその典型だ。

「そもそも、この街の者はおかしかったのです。ディニッサ様に逆らい、税を収めぬなど許されることではなかった! 非力なワシは、皆の愚行を止めることもできず、悶々とした日々を送っておりました。しかしこうしてディニッサ様に尽くすことが出来るようになって、今は幸福に包まれておりますぞ!」

 やっぱりそうか。きっとネンズが統治していた時代から、自分の考えを他者に押し付けていたのだろう。街の住人に文句を言って、ガン無視されるザムゾンの姿が目に浮かぶ。

 公平に見て、引きこもりのディニッサを崇拝しているコイツの方がおかしいのだが、本人はまったくそう考えないんだろうな。盲信している人間というのは、おそろしい。

 ともかく無駄な課税はやめさせないとな。多少金が増えたって、たいした意味が無い。ゲームみたいに、金で魔族ユニットが無限に雇用できたりするなら、率先して重税をかけていたかもしれないけど、金出したって魔族は来ないしなあ。

「ザムゾン、わらわは法を定めた。それを破るということは、わらわに歯向かったに等しいのじゃ。だから──」

「なんとォォォッ!!」

 いきなりザムゾンは、床に頭を打ち付けだした。
 ガンッ、ガンッ、ガンッ。

「まさか、ディニッサ様のお心にそむいておったとはぁっ! 死んでッ、死んでお詫び致します!」

「ま、まて、待つのじゃ」

 ザムゾンの動きがピタリと止まった。その血まみれの顔を見て、止めたことを後悔しそうになる。……でもまあ、さすがに死なせるわけにはいかない。

「申し訳ありませんっ! ディニッサ様の望みの死に方も確認しなかったのは、とんでもない不手際でした。どんな刑がふさわしいか、なんなりとお申し付けください!」

 そう言ってザムゾンは、もう一回床にヘッドバットをかました。
 やべえ。魔物相手ですら傷を治してやろうと思えたのに、このザムゾンに対してはまったくそんな気がおこらない。

 なに食ったら、こんなおかしな生き物が生まれるんだろう。それともルオフィキシラル教徒には、一定の割合でこんなのがいるのか? だとしたらルオフィキシラル教会の扱いについて、考えなおさないといけないぞ。

「……たわけめ。死は償いにならぬ。生あるかぎりわらわに尽くすことが、唯一の償いと知れ」

「おお、この愚か者に、ディニッサ様に仕える喜びを与えてくださるのですか!」

「税を払った者や、今回の食料を出した者の名はわかるかの?」
「もちろん、神へ捧げ物をした殊勝な者共の名は、しかと記録してありますぞ!」

 ……正直、まったく期待していなかったので驚いた。だがありがたい。名簿があって供出した品目がわかるなら、みんなが納得するように金を払える。

「ちなみに、食料を集めるにあたって、いくら支払うと約束したのじゃ」

「ディニッサ様から代金を取るなどとんでもないことです。みな喜んで無償で捧げましたぞ! 願わくばお声でもかけていただければ、それに過ぎたることはございません!」

 喜んでいるのはお前だけだ。ザムゾンにすれば、オレに名を知られることが喜びなんだ。だから、名を記帳してオレに見せれば、それが住民に対する最高の報酬になると考えたのだろう。そんなわけないのだが。

 本当に、なんでここまで崇拝しているんだろう。
 そして、なんでこんなのが司教になれたんだろう。

 さてどう説得しよう。民目線の意見は無意味だとわかった。ザムゾンにすれば、自分の神が喜べばそれでいいのだ。というより、神が喜ぶことを領民も喜ぶべき、という発想か。

 となるとオレの考えで否定するしかないが、多少怖い。おそらくザムゾンは、神にも自分の理想を押し付ける手合だ。彼のイメージから大きく逸脱したら「ディニッサ様はそんなこと言わない」と、崇拝が憎悪に転換しかねない。

「……よく考えるのじゃ、ザムゾン。金も払わずに物資を受け取ったら、わらわは乞食のようではないか? わらわにとって名誉なことではないのじゃ」

 ザムゾンはハッとした顔になった。そして小刻みに震えだす。
 まるで神から絶対真理を啓示されたかのようだった。ま、ザムゾンにとってはディニッサがまさしく神なんだろうが。

「ワシが愚かでした! ディニッサ様の仰る通りに致します」

 なんとか説得に成功したようだ。また床に頭を叩きつけているが、もうどうでもいい。

「そなたに命じる。食料を供出した者に報酬を与えよ。あたいは市価の2倍じゃ。それが終わったら、不当に集めた税をすべて返還せよ。よいな」

「畏まりました! ディニッサ様から直々にご命令を頂けるなど、望外の幸福でございます!」

 ザムゾンは狂喜乱舞している。
 すごいな狂信者。入市税の返還なんて、めちゃくちゃ面倒で時間がかかる仕事だろうに。旅人の行き先などわからないだろうし、商人などはヘタしたらもう海の上だ。

「入市税返還は、そなた個人の力でやり遂げよ。役人や信者を使うことは許さぬ。動いて良いのは、そなたと、そなたの財で集めた者のみじゃ」

「はっ!」

 ザムゾンは頭を床に叩きつけた。


 * * * * *


 教会の小部屋に、今回の件に関する資料が積み上げてあった。見ると、食料を出した者の名前どころか、貢物の金銭的価値まで書き込んである。なんでこういう変態に限って有能なんだろう。

 書類が完備してあって助かったのは確かだが、褒めてやる気にはなれない。なぜなら「財産に比べて供物が過小。ディニッサ様に対する信仰心が疑われる」「供物を拒否。教会で性根を叩き直す必要あり」などという、心あたたまるコメントが記載してあったからだ……。

 驚くべきことに合計金額まで出してあった。ミスリル硬貨4枚分と思ったより安く、持ってきた分だけで足りた。

 ……ん、日本円で4000万円相当? よく考えたらぜんぜん安くないな。でもコイン2枚だからなあ。大金を払っている感じがしない。イカンな。このペースで浪費してたら、フィアのお小遣いがあった言う間に霧散するぞ。

 金を受け取った後、ザムゾンはふところから小さな箱を取り出した。

「なんじゃ?」
「感激で危うく忘れるところでした! これはディニッサ様にと、買っておいたものです」

 箱を開けると、綺麗な青い宝石がついた指輪が入っていた。本物のディニッサなら喜ぶかもしれないけれど、オレはアクセサリーに興味ない。突き返そうとしたところ、横でアンゴンが声をあげた。

「すげえな……」
「なにがじゃ?」

「コイツは、魔力がこもった指輪ですぜ。自分の魔力の代わりに、指輪からの魔力で魔法を使えるっていう」

 なに?

 魔力感知をしてみると、たしかに指輪から魔力を感じた。どうやら、ディニッサが使った、家宝の石と似たようなマジックアイテムのようだ。蓄えられた魔力はたいしたことなさそうだが、有用な道具に違いはない。

 オレたちの驚きを見て、ザムゾンが嬉しそうに目を輝かせている。
 指輪は欲しい。しかしこの男から指輪をもらうことには抵抗がある。苦手な相手から高価なプレゼントをされた女性は、こういう気分になるのだろうか。

「し、しかしこれは入市税で買ったものじゃろう」
「いえ、ワシ個人の資産で手に入れたものですぞ! おかげで先祖から伝わっていた山すべてを失いましたわ。ハッハッハ」

 重いよ! 全財産かけたプレゼントとか、キツいだろっ。

「使うときは指にはめて『ザムゾン』というキーワードを唱えてくだされ!」

 どうしよう……。

 指輪は喉から手が出るほど欲しい。魔族の戦闘のあり方からして、この魔力電池は、命を増やしてくれるに等しい。まして今はアカのせいで本調子ではないのだ。1回限りの使い捨てアイテムだとしても、重要な切り札となるだろう。

 しかし、この男に借りを作りたくない……。
 キーワードの「ザムゾン」もキツい。ぜったい使うときコイツを思い出すぞ。


 * * * * *


 ──迷った末、結局指輪を受け取ることにした。
 指輪を右手にはめる。血まみれのザムゾンが満面の笑みになった。

 なんだか、大切な何かを売り渡してしまった。そんな気分です……。
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