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寄付と釣り合い
しおりを挟む「えっと……ここに合わせた数を記入すれば良いのですか?」
隣にいる雇い人である寡黙な男性に聞くと、彼は無言で頷いてくれた。
私達が立っている蔵の前には、木箱に入った食料があと一箱ある。
「これで全部かな」
もう一人の雇い人の赤毛の男性は、そう言いながら木箱をひょいとかついだ。そして横に止めてある、馬に積まれた荷台の上に、軽快に食料を積んだ。
「はい」
私が答えると、赤毛の男性はこちらを振り返り、にっこりと笑った。
「じゃあ、お嬢ちゃんも一緒に行こうか」
私は目を見開いて驚いた。手元に持っている木の板を、ぎゅっと抱きしめてしまう。
「さあ、乗って乗って」
赤毛の男性はそう言いながら私の背を押した。そして教会に持っていく荷物が乗せられている荷台へ、私も一緒に押し込もうとしてくる。
「あ……はい」
私は小さく言いながら、帆が張られている荷台に足をかける。登った荷台は、思ったよりも広い。見渡して適当に空いている場所に座った。
そんな姿を見守っていただろう2人は、私が顔を向けると一つ頷いて、荷台の前に移動した。
少しするとガタっという音と共に馬が動き出す。私はガタガタという振動を感じながら膝を抱えた。
あれから結局、アンスガーにお世話になっている。ただ何もしないでいるのは気が引けて、商家の裏手の業務を手伝ったりしていた。
今日は慈善活動として、貧しい地区にある教会に、食料を届けるらしい。
生家で領地運営を行っていたときも、自領の教会に寄付は行っていたが、自身で訪れたことはない。寄付に限らず、人前に出ることは避けてきた。
※
教会の前に着き、荷台から降りる。すると先発隊として荷物を運んでいたアンスガーが、驚いた顔をして立っていた。
「エルヴィーラも来てくれたのかい?」
私は苦笑いを返した。
本来ならば大きな商家の跡取りであるアンスガーこそ、慈善活動で荷運びなどする必要はないかと思う。けれどアンスガーは、時間が許す限り、労働力として慈善活動に参加しているらしい。
「……荷物も運べなくて邪魔だと思うけれど」
「そんなことないよ。小さなものもあるから、お願いできるかな」
アンスガーは優しく笑いながら、お菓子が詰まった麻袋を渡してきた。
「ええ」
私は受け取ると、そっと教会を見上げる。貧しい地区にあるからか、もっと寂しい感じを想像していたけれど、質素ではあるが清潔そうな見た目をしていた。
私は視線を反らすと、2人の雇い人に続き、裏手から教会の内部に入った。
木の扉から中に入ると炊事場だった。ここも質素だけれど、綺麗に整えられている。きっと今この地区に派遣されている司祭は、優秀なのだろうなと思った。教会の司祭は持ち回り制で数年でかわる。
「いつものところに置いてくださるかしら」
室内に続く扉から、ひょこりと金髪の美しい女性が顔を出した。そして私を見て、驚いたように、ヘーゼルの目を見開いた。
「あ、はじめまして……最近、雇われた方かしら?」
「エルヴィーラは客人なんだ」
私の代わりに、後ろから来たアンスガーが答えた。
ちらりとアンスガーを見る金髪の女性の瞳が、とろりと溶けた気がして、一瞬だけ胸がちくりと痛くなった。
「そうなの。初めまして、私は司祭の娘の、ベルタといいます」
満面の笑顔で言われ、慌てて頭を下げた。
「エルヴィーラと申します」
「素敵なお名前ですね……お貴族様みたいだわ。きっとお金持ちのお家の生まれなのね」
ベルタの言葉に、慌てて頭を振った。しかし貴族は事実なので、なんて答えたら良いのか迷った。アンスガーと話合って、何かあるといけないから、という理由で貴族ということは伏せている。
「そうなんだよ」
アンスガーは安心させるように、そっと私の肩に手を置いて言った。私は思わず顔を上げ、高い位置にあるアンスガーの美しい顔を見上げる。アンスガーも私を見返して、とてもやさしく微笑んでくれた。
胸がどきどきとうるさい。
「……ではお2人は許嫁ですの?」
ベルタの硬い声に、はっと顔を戻した。ベルタは少し泣きそうな顔をしている。
「まさか、僕じゃ釣り合わないよ」
アンスガーの回答に、ベルタは花が咲いたように微笑んだ。
「まあ、悲劇の恋ですのね」
冗談めかしで言うベルタに、アンスガーも笑った。
私もなんとか笑顔の形をつくるが、熱がすうっと冷め、胸が苦しい。
貴族と平民、醜い私と美しいアンスガー、愛されない者と愛されている者、何もかも釣り合っていないのだ。
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