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異世界に飛びまして。
15.最後のメール
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それからしばらく、ラグと今後についての話をした。
話す事は出来ても、この世界の常識非常識を知らない私が自立することは難しい。故に、暫くの間はラグかハルくんが私の先生となって世間一般の常識を教えてくれることになった。
主に、ラグ。
シスもハルくんも職務があって、ラグももちろんあるけれどそれは主にこの二人の護衛。その護衛対象であるシスから私の面倒を見るように言われたらしく、任務は部下、もしくはさっき会ったアロニアさん達第三騎士団に暫くの間は任せるとの事だった。
まぁ、私がここに慣れるまで他人との余計な接触を避けたいのが一番の理由なんだろうけれど。
とりあえずは、普通に生活ができるようになる事。
今後については、その後だ。
「シス長官の保護を受ける事で、あんたには少し面倒な思いをさせてしまうかもしれないけどそこは諦めてくれ」
「うん、了解。とりあえずここにいる間は面倒を見てもらうんだから、それに付随することに関しては頑張るよ」
「助かる。あとは何か質問あるか?」
「はい、ラグ先生」
ぴっと手を上げてそう言うと、若干呆れたようなラグが私を指さした。
「はいキリさん」
「なんでラグは第三騎士団副長という地位にいるアロニアさんに対しても、偉そうに話せるんですか」
「では、今日はここまで」
あからさまに話を流すラグに、じーっと視線を送る。
「だっておかしいでしょ。家を乗っ取られそうになったようなラグが、騎士団の副長に対してあの言葉遣いとか、あんた何様状態だったよ」
うんうん、と自分で自分の言葉に頷く。
ハルは地位が高いと言っても幼馴染だしある程度気安く話しても大丈夫かもしれないけれど、どっちかって言ったらアロニアさんの方が敬語を使っていたし、ラグの方が上の立場っていう事?
ラグは面倒くさそうに頭の後ろをかくと、諦めたように浮かせかけていた腰をもう一度ソファに戻した。
「どうしても聞きたい?」
「教えてくれなくてもいいよ、アロニアさんに聞くから」
別にラグ本人から聞かなくてもねぇ。
余裕たっぷりの笑顔を浮かべれば、引きつったような乾いた笑いを返された。
「ホントあんた肝が据わってるよな、俺ンとこに来るか」
「え、初日にプロポーズ? やだ私ってば罪な女」
「馬鹿じゃないの、俺の隊でしごいてやるって意味だよ」
気を使って茶化してやれば、何という言い草だ。
こっちこそ、お断りだ茶髪野郎。
ラグは大きくため息をついて、ごく簡単に教えてくれた。
「暗黙の了解ってやつで、誰でも知ってるんだけどな。俺の父親、国王の従兄」
コクオウノイトコ。
――は?
「え? じゃぁ、別にハルくんの実家の後押しが無くても親戚に乗っ取られるとかそういうのなかったんじゃ……」
「国王の従兄の親戚は、国王の親戚だってこと分かってるか?」
「……なるほど」
そうか、国王の従兄だからって国王の親戚からすれば同じ地位って事。
「まぁ、……田舎暮らしに憧れて早々に王位継承権を放棄して臣下にくだり、ハルの実家が治める領地の隣に移り住んだ変わり者だけどな。っても、俺もよく分かんないんだけどね」
……どこの世界にも、変わり者と呼ばれる人はいるわけだ。
でもいいのか?
国王の従兄が田舎暮らしに憧れてとか、ちょっと無理ないか?
きっと、何か理由があるんだろうけれど――。
脳内でぐるぐる考えている間も、ラグの話は進んでいく。
「俺は国王の従兄である父親を持つ上にザヴィド家専属ってこともあって、隊自体騎士団の中でも独立してるんだよ。だから、アロニアは副長だから俺の下だし、各騎士長官は俺も同等。団長は上司だけどな」
「……そんなにザヴィド家って、お偉いさんなの?」
ラグは一瞬目を瞠ってから、そっかそっか……と呟いた。
「あんた異世界の人だもんな。当たり前すぎて言い忘れてた。ハルの母親、国王の姉」
「……は?」
「だから、ハルの母親は国王の姉で、国境を守る重要な地の辺境伯であるザヴィド家に嫁いだわけ。ちなみにザヴィド家自体も皇統の血筋」
――なんか、凄いお家に保護してもらっちゃったみたいです……。
そりゃ、ハルくんの醜聞ともなりかねない私の存在を、都合よくねつ造するわな。
他人に下手に接触させるようなことは、避けるわな。
なんか、今更ながらに緊張する。
目に見えて強張った私の表情に気付いたのか、ラグは笑いながら立ち上がった。
「まぁなんだ、背景だけ見ると凄いように思えるかもしれんが、内実はあれだし。特に俺には気を使わなくていいからな。父親が国王の従兄だったとか、遠い話すぎて俺には実感ない。あんたと同じ、ザヴィドに保護されただけの人間だよ」
「……う、ん」
「それにハル達も。あんたとは本名を交わした、あいつに言わせれば家族だから。裏切らないし、精一杯のフォローをする。俺もな」
だからあまり気にするな、とそう言って笑った後、ラグは部屋を出て行った。
今日は疲れただろうから、ゆっくり休めと言い残して。
暫くして夕飯を持ってハルくんが来てくれて。
ほんの少し話をして、そのまま帰って行った。
仕事があってあまり長くいられないんです……としょんぼりしながら。
「……なんだか、凄い、怒涛の様な一日だったな……」
ハルくんが持ってきてくれた食事はサンドウィッチの様な軽食で、下げるお皿もないため夕飯後は早々にお風呂に入って寝台に体育座りで、窓から外を眺めていた。
街灯もないみたいで、真っ暗に沈んでいる窓の向こう。
私が今まで暮らしていた場所では考えられない、闇。
着ていた洋服や持っていた荷物を手の届くところに置いておく辺り、精神的にまだ緊張を解くことができていないのが自分でも丸わかりだけど。
信じるしかないのは分かっていても、いまだにここが日本じゃない事を心から納得できていない。
もしかしたら脚立から落ちて頭打って、寝ている間に見ている夢かもしれないし……。
……なんて。
本当は理解してる。納得したくないだけ。
こんな大がかりな夢なんて、あるわけない。
手を伸ばして、プリーツキュロットを手元に引き寄せる。
そのポケットに入っているのは、スマートフォン。メモ帳は外に出してあるけれど、スマホは入れっぱなしだった。
どうせ、電波とか繋がって無いんだよねぇ……。
小さく息をつきながら、それでも自分の世界を感じたくてスマホを引き出す。
そして画面を見て、思わず息をのんだ。
――母。
おはよう――
メールを開く前に差出人と件名だけ確認できる画面表示には、母親からのメールが表示されていた。
どくり、と、鼓動が早まる。
いつもはない、朝早くからのメール。
震えそうな指先で、画面をスライドしてロックを解除する。
そして新着メールがある事を主張しているアプリを、タップした。
メールの一覧には、やはり「母 おはよう」と差出人と件名が一番上に載っている。
その下には、三宅さんのメール。
届いた時間を見ると、脚立から落ちる直前かその瞬間に届いたことがわかる。
いつもなら夜、一日の出来事に愚痴や兄への気持ちを織り交ぜてかかってくる電話やメール。
それだけに、イレギュラーな時間のメールを思わずじっと見つめた。
もしかしたら。
今まで幾度も思って、そして外れた無意識の期待。
私を心配した、兄とは関係のないメールなのかもしれない、と。
震える指で、メールをタップした。
――そして。
画面を閉じて、電源を落とす。
そのまま寝台の上に横になった。
期待なんか、もう、してなかったじゃない。
長い間。
あの時に、自分の中で家族とは一線を引いたはずなのに。
理解を越えた一日だったから、心が弱くなったんだね。
馬鹿みたい。
家族なんて言葉、大嫌い。
――母
おはよう
桐子、おはよう。
帰ってきた時に言おうと思ったんだけど、我慢が出来なくなったのでやっぱり言いっちゃいます。
お兄ちゃんが結婚することになりました。
ありがたい事に私達と同居してくれるというので、
お兄ちゃんと桐子の部屋を合わせて二人で使ってもらう事にしました。
桐子はあまり戻ってこれないし、誰も使っていないと部屋も痛んでいくからね。
式の日取りはこれから決めるらしいのですが、先に家に入ってくれるとの事です。
突然で悪いけれど、家族だからいいよね?
今日の夜、仕事が終わったら電話ください。
お兄ちゃんの結婚、嬉しいね。
家族が増えるよ。
――――家族が増えるよ。
だから、なに?
話す事は出来ても、この世界の常識非常識を知らない私が自立することは難しい。故に、暫くの間はラグかハルくんが私の先生となって世間一般の常識を教えてくれることになった。
主に、ラグ。
シスもハルくんも職務があって、ラグももちろんあるけれどそれは主にこの二人の護衛。その護衛対象であるシスから私の面倒を見るように言われたらしく、任務は部下、もしくはさっき会ったアロニアさん達第三騎士団に暫くの間は任せるとの事だった。
まぁ、私がここに慣れるまで他人との余計な接触を避けたいのが一番の理由なんだろうけれど。
とりあえずは、普通に生活ができるようになる事。
今後については、その後だ。
「シス長官の保護を受ける事で、あんたには少し面倒な思いをさせてしまうかもしれないけどそこは諦めてくれ」
「うん、了解。とりあえずここにいる間は面倒を見てもらうんだから、それに付随することに関しては頑張るよ」
「助かる。あとは何か質問あるか?」
「はい、ラグ先生」
ぴっと手を上げてそう言うと、若干呆れたようなラグが私を指さした。
「はいキリさん」
「なんでラグは第三騎士団副長という地位にいるアロニアさんに対しても、偉そうに話せるんですか」
「では、今日はここまで」
あからさまに話を流すラグに、じーっと視線を送る。
「だっておかしいでしょ。家を乗っ取られそうになったようなラグが、騎士団の副長に対してあの言葉遣いとか、あんた何様状態だったよ」
うんうん、と自分で自分の言葉に頷く。
ハルは地位が高いと言っても幼馴染だしある程度気安く話しても大丈夫かもしれないけれど、どっちかって言ったらアロニアさんの方が敬語を使っていたし、ラグの方が上の立場っていう事?
ラグは面倒くさそうに頭の後ろをかくと、諦めたように浮かせかけていた腰をもう一度ソファに戻した。
「どうしても聞きたい?」
「教えてくれなくてもいいよ、アロニアさんに聞くから」
別にラグ本人から聞かなくてもねぇ。
余裕たっぷりの笑顔を浮かべれば、引きつったような乾いた笑いを返された。
「ホントあんた肝が据わってるよな、俺ンとこに来るか」
「え、初日にプロポーズ? やだ私ってば罪な女」
「馬鹿じゃないの、俺の隊でしごいてやるって意味だよ」
気を使って茶化してやれば、何という言い草だ。
こっちこそ、お断りだ茶髪野郎。
ラグは大きくため息をついて、ごく簡単に教えてくれた。
「暗黙の了解ってやつで、誰でも知ってるんだけどな。俺の父親、国王の従兄」
コクオウノイトコ。
――は?
「え? じゃぁ、別にハルくんの実家の後押しが無くても親戚に乗っ取られるとかそういうのなかったんじゃ……」
「国王の従兄の親戚は、国王の親戚だってこと分かってるか?」
「……なるほど」
そうか、国王の従兄だからって国王の親戚からすれば同じ地位って事。
「まぁ、……田舎暮らしに憧れて早々に王位継承権を放棄して臣下にくだり、ハルの実家が治める領地の隣に移り住んだ変わり者だけどな。っても、俺もよく分かんないんだけどね」
……どこの世界にも、変わり者と呼ばれる人はいるわけだ。
でもいいのか?
国王の従兄が田舎暮らしに憧れてとか、ちょっと無理ないか?
きっと、何か理由があるんだろうけれど――。
脳内でぐるぐる考えている間も、ラグの話は進んでいく。
「俺は国王の従兄である父親を持つ上にザヴィド家専属ってこともあって、隊自体騎士団の中でも独立してるんだよ。だから、アロニアは副長だから俺の下だし、各騎士長官は俺も同等。団長は上司だけどな」
「……そんなにザヴィド家って、お偉いさんなの?」
ラグは一瞬目を瞠ってから、そっかそっか……と呟いた。
「あんた異世界の人だもんな。当たり前すぎて言い忘れてた。ハルの母親、国王の姉」
「……は?」
「だから、ハルの母親は国王の姉で、国境を守る重要な地の辺境伯であるザヴィド家に嫁いだわけ。ちなみにザヴィド家自体も皇統の血筋」
――なんか、凄いお家に保護してもらっちゃったみたいです……。
そりゃ、ハルくんの醜聞ともなりかねない私の存在を、都合よくねつ造するわな。
他人に下手に接触させるようなことは、避けるわな。
なんか、今更ながらに緊張する。
目に見えて強張った私の表情に気付いたのか、ラグは笑いながら立ち上がった。
「まぁなんだ、背景だけ見ると凄いように思えるかもしれんが、内実はあれだし。特に俺には気を使わなくていいからな。父親が国王の従兄だったとか、遠い話すぎて俺には実感ない。あんたと同じ、ザヴィドに保護されただけの人間だよ」
「……う、ん」
「それにハル達も。あんたとは本名を交わした、あいつに言わせれば家族だから。裏切らないし、精一杯のフォローをする。俺もな」
だからあまり気にするな、とそう言って笑った後、ラグは部屋を出て行った。
今日は疲れただろうから、ゆっくり休めと言い残して。
暫くして夕飯を持ってハルくんが来てくれて。
ほんの少し話をして、そのまま帰って行った。
仕事があってあまり長くいられないんです……としょんぼりしながら。
「……なんだか、凄い、怒涛の様な一日だったな……」
ハルくんが持ってきてくれた食事はサンドウィッチの様な軽食で、下げるお皿もないため夕飯後は早々にお風呂に入って寝台に体育座りで、窓から外を眺めていた。
街灯もないみたいで、真っ暗に沈んでいる窓の向こう。
私が今まで暮らしていた場所では考えられない、闇。
着ていた洋服や持っていた荷物を手の届くところに置いておく辺り、精神的にまだ緊張を解くことができていないのが自分でも丸わかりだけど。
信じるしかないのは分かっていても、いまだにここが日本じゃない事を心から納得できていない。
もしかしたら脚立から落ちて頭打って、寝ている間に見ている夢かもしれないし……。
……なんて。
本当は理解してる。納得したくないだけ。
こんな大がかりな夢なんて、あるわけない。
手を伸ばして、プリーツキュロットを手元に引き寄せる。
そのポケットに入っているのは、スマートフォン。メモ帳は外に出してあるけれど、スマホは入れっぱなしだった。
どうせ、電波とか繋がって無いんだよねぇ……。
小さく息をつきながら、それでも自分の世界を感じたくてスマホを引き出す。
そして画面を見て、思わず息をのんだ。
――母。
おはよう――
メールを開く前に差出人と件名だけ確認できる画面表示には、母親からのメールが表示されていた。
どくり、と、鼓動が早まる。
いつもはない、朝早くからのメール。
震えそうな指先で、画面をスライドしてロックを解除する。
そして新着メールがある事を主張しているアプリを、タップした。
メールの一覧には、やはり「母 おはよう」と差出人と件名が一番上に載っている。
その下には、三宅さんのメール。
届いた時間を見ると、脚立から落ちる直前かその瞬間に届いたことがわかる。
いつもなら夜、一日の出来事に愚痴や兄への気持ちを織り交ぜてかかってくる電話やメール。
それだけに、イレギュラーな時間のメールを思わずじっと見つめた。
もしかしたら。
今まで幾度も思って、そして外れた無意識の期待。
私を心配した、兄とは関係のないメールなのかもしれない、と。
震える指で、メールをタップした。
――そして。
画面を閉じて、電源を落とす。
そのまま寝台の上に横になった。
期待なんか、もう、してなかったじゃない。
長い間。
あの時に、自分の中で家族とは一線を引いたはずなのに。
理解を越えた一日だったから、心が弱くなったんだね。
馬鹿みたい。
家族なんて言葉、大嫌い。
――母
おはよう
桐子、おはよう。
帰ってきた時に言おうと思ったんだけど、我慢が出来なくなったのでやっぱり言いっちゃいます。
お兄ちゃんが結婚することになりました。
ありがたい事に私達と同居してくれるというので、
お兄ちゃんと桐子の部屋を合わせて二人で使ってもらう事にしました。
桐子はあまり戻ってこれないし、誰も使っていないと部屋も痛んでいくからね。
式の日取りはこれから決めるらしいのですが、先に家に入ってくれるとの事です。
突然で悪いけれど、家族だからいいよね?
今日の夜、仕事が終わったら電話ください。
お兄ちゃんの結婚、嬉しいね。
家族が増えるよ。
――――家族が増えるよ。
だから、なに?
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