31日目に君の手を。

篠宮 楓

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4日目 原田視点

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「……ホントに、干してやがる」


 その日、あまりの暑さから部活の時間が短縮されて、いつもより早い時間に原田はアオの庭先に立っていた。すぐ目に入ったのはアオがいつも腰かけている土手のベンチではなく、庭の端にあるベンチ横の木。ハンガーに掛けられたタオルが、そこでひらひらと川風に揺られる様だった。

 
 あんなことを言っても実はベンチに座っているんじゃないかと思っていた原田は、安堵するべきだというのに少しばかり残念と思う気持ちが生まれて顔を横に振って追い出す。

 
 冗談じゃない。
 あんなのに会えなくてガッカリとか、自分にガッカリだ!




 そう言いながらも、家の方を窺っている自分が空しい。
 いや、ほら。
 なんてーの?
 また倒れてたりしたら、嫌だし。
 じーちゃん先生に、なんかよろしく言われたし。



 あれこれ自分に言い訳を繰り返しながら原田は自転車を庭に勝手に入れてスタンドを立てると、ひらひらとしているタオルを掴んで背伸びをするように縁側へと目を向けた。
 開け放たれた窓の向こう、居間に彼女の姿は見えない。部屋はそこだけではないだろうから、きっと他の部屋にいるのだろう。なんとなく気落ちした自分にまたがっかりしながら、原田はため息をついた。

「ん?」

 そうして帰ろうと踵を返したその時、ちらりと視界の端に何かが映って足を止めた。
 自転車に向き直っていた体を斜め横に逸らして、後ろを向く。こちら側に開けた日本家屋の縁側には、やはり彼女の姿はない。左端に見えるきゅうりを育てているのかネットに絡まった蔓が青々しい緑のカーテンと、反対側、向かって右側には今日の朝自転車を隠されていたよしずが立てかけて……


「っ!?」


 ドクリ。
 鼓動が跳ねる。


 思わず竦んだ体と、行動より早く向いた意識。足がもつれた様に前のめりに倒れそうになって、慌てて自転車に手を置いた。
 その反動で、走り出す。
 背後で自転車が倒れた音がしたけれど、頓着している場合ではなかった。



 よしずから縁側に伸びる、細い腕。
 真っ白なそれに、昨日の夜見たアオの腕が重なる。


「アオ?」


 掠れた声で名を呼んでも、その腕は動かない。
 たった数メートルしかない距離が、とても長く感じた。

 

 やっと辿り着いたそこは―




「……っ」





― いちめんの・あお ―






 目の奥を、支配されるような。
 思考を、塗り替えられるような。
 視界一杯に広がるその色に、そして彼女の存在に原田は息をのんで立ち尽くした。





 よく見れば、すべて画用紙に塗りたくられた青の色。
 それらが乱雑に辺りに散らされ、もっと増やすべくアオの脇に置かれているスケッチブックには塗り途中のページ。その傍らに、水彩絵の具がのせられたパレットと筆洗バケツ。
 全て、青で染め抜かれている。


 そして――


 一面の色の中心に、アオはいた。
 青の中に浮かび上がる、病的なまでに白い肌。
 ところどころについている青い色は、きっと描きながら肌についてしまったものなのだろう。いつもは括っているか背中に流されている長い髪が青色の上に散らされ、横を向いているその顔にも幾筋か黒い線を作り上げていた。



 それがアオの白さを際立たせる。



 一種異空間のような青い世界で、アオはうっすらと唇を開けて目を閉じていた。
 寝ているのだろう。
穏やかに上下する胸が……
 

「……っ!」


 慌てて目を逸らす。
 脳裏にこびりつく、白。



 俺、何観察して……っ!



 思わず手に握ったままだったタオルで顔を押さえた、その途端。



「……綺麗」



 ぽつり、零れる声。
 びくりと原田の肩が震えたのは、内心を見透かされた気がしたからか。
 それでもばれていないはず……と自分に言い聞かせて、ぎぎぃっと音がしそうなくらいぎこちなく顔をアオへと戻した。


「……え、と」


 自分からアオに会いたくないとか言っておいて、なぜここにいるとか突っ込みどころ満載で居た堪れないんだけど。
 そう思いながらもアオと目を合わせようとすれば、彼女の視線が自分の手元に注がれている事に気が付いた。

 とりあえず阿呆な事を考えていたのは、ばれなかったらしい。
 そこにほっとしながら、肩から力を抜く。
 そして彼女の視線を辿れば。


「タオル?」
 軽く持ち上げると、アオの視線も上がる。


「綺麗、ね」

「綺麗?」


 まったく心配しなくて大丈夫だと確信した原田は、タオルとアオを交互に見遣った。
「綺麗って、これが?」
 タオルが?
 不思議そうに問いかければ、アオは小さく頷いて目を細めた。
 そうして目を伏せる。


「どうして……」


「アオ?」


 小さく呟かれた声は、俺の耳には届かなかった。
 ただいつも見せる無邪気な表情ではなく、少しだけ寂しそうに思えたのは見間違いじゃなかったように思う。

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