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26日目~28日目 原田視点
小話 岸田さん 2
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次話から、ななしターンに戻ります
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しんとした廊下に、ゴム底が床とこすれる音が響く。なぜか並んで歩く事になった辻の存在に、岸田は俯くことで自分の気持ちを抑え込んでいた。
忘れようとしていた、辻と原田の会話を嫌でも思い出してしまうから。
――特定の人を好きになったのなら、不特定への世話焼きは自粛するべきだよって言ってんの
合宿前、部室でそんな事を話していた辻くんと原田くん。
“特定の人を好きに”、そう、指摘していた辻くん。という事は、特定の人を好きになったのは、原田くんの方という事……
「本当に疲れたよね。明日帰れると思うと、ほっとするよ」
「……っ」
辻の言葉に、思考が現実に戻される。岸田は幾度か瞬きをして、俯いたままそれに応えた。
「うん、そうだね」
部活、本当に疲れた。一人しかいないマネージャーにかかる仕事量は多く、手伝いと言っても一年生は合宿になれる方が先という状況。
そして、ずっとずっと気になっている事を辻に聞きたいのに、話をする余裕もなかった。
さっき、脳裏に浮かんだ言葉を噛みしめるように口の中で呟く。
聞きたい……、でも、聞いて……どうする? 原田くんに気持ちを伝える勇気もない癖に……
「岸田さん?」
「……っ!」
かけられた声と、掴まれた腕。驚いて俯けていた顔を上げれば、困ったような笑みを浮かべた辻と目があう。無意識に後ずさろうとする岸田を見て、辻が首を傾げた。
「別に、怖がらせているつもりはないんだけれどな。そっちに行くと、外に出てしまうよ?」
「……え?」
そう言われて、自分が中庭に出る内玄関に足を踏み入れていることに気が付いた。考え事をしていたからか、前をほとんど見ていなかったようだ。
一瞬にして自分の勘違いに気が付くと、頬が熱を持ち始める。
自意識過剰な上に勘違い女って、本当に恥ずかしい。
岸田はあいている片手の掌で口元を押さえながら、それまで固かった表情を崩して辻を見上げた。それを見て辻は片眉を微かにあげると、ふっと表情を和らげる。
「散歩でも、する?」
ゆっくりと掴まれていた腕を離して中庭に出るガラス戸に手をついた辻は、優しげな声音で岸田を誘った。思わずその表情と雰囲気に目を奪われて頷きそうになったけれど、岸田は横に首を振る。
「ううん、いいや。……あ、あ、でも外の自販機で何か飲み物を買ってこようかな。ってことで、私はここで」
まくし立てるように告げると辻は一瞬目を細めたけれど、そう? と言いながらガラス戸を押し開けてくれた。
「まぁ、それなら。ついて行かなくてもいいの?」
「うん! むしろ一人の方がいいというか!」
思わず本音が漏れて両手で口を塞ぐ。しまったと思ったけれど、言ってしまったものは仕方ない。
視線だけ上げると、辻は小さく息を吐いてふわりと笑った。そのまま開けたドアを、押さえていてくれる。
「あまり遅くならないように、ね」
その声が、何時もより低く聞こえたのは……疲れているせいなのか。
ドアを押さえてくれた辻にお礼を言って、中庭へと歩き出す。数歩歩いたところで、ドアが閉まる音が後ろから聞こえた。
考えてみれば気になる事があったとはいえ、辻に対してあまりいい態度ではなかった自分が恥ずかしい。せめてあの会話を聞く前に、戻らなければ。同じ部活の仲間なのだから。
ふと、思う。
もともと穏やかで冷静な辻を苦手だと思い初めたのは、いつ頃だろう。苦手意識を持ったのは、確かにあの会話を聞いた後。
でも、その前から……
「あ……」
そんな事を考えていた、私の視界に、見えたのは――
――私の耳に届いたのは。
「アオさんに、何も買っていかねぇの?」
井上くんと……、原田くんの姿。
その声に、思わず止まった自分の足。顔を上げて声の発生源へと目を向ければ、少し離れた場所のベンチに座る二人の後姿。思わず、傍の掲示板の陰に隠れた。
……アオさん、て。誰?
浮かぶ、疑問。
引く、血の気。
くらりと眩暈がしそうなほどの、動揺。
けれど二人はこちらには全く気付いていない様で、何でもないように会話を続ける。その内容は、あまり頭に入ってこなかったけれど。“アオ”という名前が、妙に耳につく。
そして、告げられた言葉。
「だからばれたくなかったんだよ……」
「コイゴコロ?」
――恋、心。
「……アオの存在」
その言葉を聞いて、どくりと今まで以上に鼓動が跳ねた。
ばれたくなかった、存在。
それが“アオ”という、人。
そのまま二人は何か言い合いをしながら、岸田とは反対方向にある正面玄関の方へと走って行ってしまった。
残された岸田は、動くこともできず立ち尽くしていた。
辻の言葉が脳裏に響く。
――特定の好きな人
原田の口から、“好きな人”という言葉は出てこなかったけれど。
決定的な言葉を、本人から聞いてしまった。
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しんとした廊下に、ゴム底が床とこすれる音が響く。なぜか並んで歩く事になった辻の存在に、岸田は俯くことで自分の気持ちを抑え込んでいた。
忘れようとしていた、辻と原田の会話を嫌でも思い出してしまうから。
――特定の人を好きになったのなら、不特定への世話焼きは自粛するべきだよって言ってんの
合宿前、部室でそんな事を話していた辻くんと原田くん。
“特定の人を好きに”、そう、指摘していた辻くん。という事は、特定の人を好きになったのは、原田くんの方という事……
「本当に疲れたよね。明日帰れると思うと、ほっとするよ」
「……っ」
辻の言葉に、思考が現実に戻される。岸田は幾度か瞬きをして、俯いたままそれに応えた。
「うん、そうだね」
部活、本当に疲れた。一人しかいないマネージャーにかかる仕事量は多く、手伝いと言っても一年生は合宿になれる方が先という状況。
そして、ずっとずっと気になっている事を辻に聞きたいのに、話をする余裕もなかった。
さっき、脳裏に浮かんだ言葉を噛みしめるように口の中で呟く。
聞きたい……、でも、聞いて……どうする? 原田くんに気持ちを伝える勇気もない癖に……
「岸田さん?」
「……っ!」
かけられた声と、掴まれた腕。驚いて俯けていた顔を上げれば、困ったような笑みを浮かべた辻と目があう。無意識に後ずさろうとする岸田を見て、辻が首を傾げた。
「別に、怖がらせているつもりはないんだけれどな。そっちに行くと、外に出てしまうよ?」
「……え?」
そう言われて、自分が中庭に出る内玄関に足を踏み入れていることに気が付いた。考え事をしていたからか、前をほとんど見ていなかったようだ。
一瞬にして自分の勘違いに気が付くと、頬が熱を持ち始める。
自意識過剰な上に勘違い女って、本当に恥ずかしい。
岸田はあいている片手の掌で口元を押さえながら、それまで固かった表情を崩して辻を見上げた。それを見て辻は片眉を微かにあげると、ふっと表情を和らげる。
「散歩でも、する?」
ゆっくりと掴まれていた腕を離して中庭に出るガラス戸に手をついた辻は、優しげな声音で岸田を誘った。思わずその表情と雰囲気に目を奪われて頷きそうになったけれど、岸田は横に首を振る。
「ううん、いいや。……あ、あ、でも外の自販機で何か飲み物を買ってこようかな。ってことで、私はここで」
まくし立てるように告げると辻は一瞬目を細めたけれど、そう? と言いながらガラス戸を押し開けてくれた。
「まぁ、それなら。ついて行かなくてもいいの?」
「うん! むしろ一人の方がいいというか!」
思わず本音が漏れて両手で口を塞ぐ。しまったと思ったけれど、言ってしまったものは仕方ない。
視線だけ上げると、辻は小さく息を吐いてふわりと笑った。そのまま開けたドアを、押さえていてくれる。
「あまり遅くならないように、ね」
その声が、何時もより低く聞こえたのは……疲れているせいなのか。
ドアを押さえてくれた辻にお礼を言って、中庭へと歩き出す。数歩歩いたところで、ドアが閉まる音が後ろから聞こえた。
考えてみれば気になる事があったとはいえ、辻に対してあまりいい態度ではなかった自分が恥ずかしい。せめてあの会話を聞く前に、戻らなければ。同じ部活の仲間なのだから。
ふと、思う。
もともと穏やかで冷静な辻を苦手だと思い初めたのは、いつ頃だろう。苦手意識を持ったのは、確かにあの会話を聞いた後。
でも、その前から……
「あ……」
そんな事を考えていた、私の視界に、見えたのは――
――私の耳に届いたのは。
「アオさんに、何も買っていかねぇの?」
井上くんと……、原田くんの姿。
その声に、思わず止まった自分の足。顔を上げて声の発生源へと目を向ければ、少し離れた場所のベンチに座る二人の後姿。思わず、傍の掲示板の陰に隠れた。
……アオさん、て。誰?
浮かぶ、疑問。
引く、血の気。
くらりと眩暈がしそうなほどの、動揺。
けれど二人はこちらには全く気付いていない様で、何でもないように会話を続ける。その内容は、あまり頭に入ってこなかったけれど。“アオ”という名前が、妙に耳につく。
そして、告げられた言葉。
「だからばれたくなかったんだよ……」
「コイゴコロ?」
――恋、心。
「……アオの存在」
その言葉を聞いて、どくりと今まで以上に鼓動が跳ねた。
ばれたくなかった、存在。
それが“アオ”という、人。
そのまま二人は何か言い合いをしながら、岸田とは反対方向にある正面玄関の方へと走って行ってしまった。
残された岸田は、動くこともできず立ち尽くしていた。
辻の言葉が脳裏に響く。
――特定の好きな人
原田の口から、“好きな人”という言葉は出てこなかったけれど。
決定的な言葉を、本人から聞いてしまった。
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