31日目に君の手を。

篠宮 楓

文字の大きさ
上 下
46 / 112
21~25日目 アオ視点

しおりを挟む

「……はい、それでは一日の午前中……、はい。お願いします」

 見えていないというのに、電話でも頭を下げてしまうのは私が小心者故だろうか。いやそうではないはず、日本人特有の癖のはず。
 そんなわけのわからないことを考えながらも、相手の挨拶を待って通話を切る。そのまま手を伸ばして携帯を座卓に置くと、代わりに麦茶にグラスを取って乾いた口を湿らせた。


 顔を上げれば、見慣れた風景。
 土手と木々と草むら、そして空のコントラスト。

 アースカラーは、優しさと穏やかさを与えてくれる。


 どこかでこの空を、ななしくんは見ているのかな。
 私にとっての、アースカラー自然の綾なす色は、ななしくんの存在そのものだ。



 くすりと、笑う。


 聖ちゃんの時もそうだけど、唐突に気づいてその気持ちにのめり込むのは、私の悪い癖なんだろうね。極端すぎる自分の感情に、戸惑うよりも笑い呆れる。



 ななしくんが合宿に行って、もう一週間以上。
 ずっと、その姿を見ていない。
 寂しいし、切ない。
 けれど、キャンバスに向かっている間は無心で。
 無心で、描き続けていた。



 心に灯る淡い感情を、色に変えて。
 寂しい気持ちを、色にのせて。
 幸せな想いを、色に込めて。


 ななしくんを思い描きながら、私はその世界に浸りきっていた。だから、切ないと感じる時はきっと少なかったけれど。

 ふと、気づくと。
 傍にいない事に心が痛む。


 ……まぁ、いたらいたで怒られてたと思うけどね……。


 その字の通り寝食を忘れて取り掛かったキャンバスは、私の色を描き出してくれたけれど。様子を見に来た村山先生&看護婦さん達に、幾度となく怒られてしまった。
 要さんにも連絡が行ったみたいだけれど、『自己責任』と一刀両断されたらしく、村山先生はななしくんの帰宅を心待ちにしているらしい。
 私を怒ってもらうために。

 ……私、どんだけの人(笑)


 描き終えたキャンバスを置いてある、続きの部屋に視線を向ける。昨日終えたそれを運び込んで、ぴっちりと閉めてある引き戸。



 思うまま描いたその色を次に見るのは、三十日と決めてある。ほぼ一週間……厳密に言えば五日間、私はそれを見ないと決めた。



 思うまま色を描いた。
 余計な事を何も考えず、思うままに筆を動かした。

 聖ちゃんの言葉はない。
 聖ちゃんの視線もない。

 私の描きたいものを、描きたいだけ詰め込んだキャンバス。

 次にそれを見た時。




 私はそこに、私を見つけられるかもしれない――
しおりを挟む

処理中です...