31日目に君の手を。

篠宮 楓

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12・13日目 アオ視点

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 何も疑問に思わず、ただただ自分の感情のまま日々過ごしていた。
 傍にいるあの人が、何を考えているのかなんて知る事さえしようとせずに――











「描く時は、無心だよ」

 大学の部室で、私はにこやかに言い放つ。
 何も考えない。何も疑わない。
 目に映り心に映り込むその風景その感情のまま、キャンバスにのせていく。
「でしょう?」
 そう問い返すと、彼は目を細めて笑う。
「君が言うなら、そうなのかもしれないね。でも、もう少し自分の心を込めてみて?」
「心を込める? それ、最近ずっと言われてる気がする」
 
 言われて少し考え込む。

 一度自分の描いていたキャンバスを見てから、彼を見上げた。椅子に座ったまま立っている彼と話しているから、どうにも首が痛い。
 そんな関係ない事を思い浮かべながら、それでも答えが見つからず首を傾げた。

「心なら、込めているつもりだけれど」
 頬に手を当てると、冷たい感覚にすぐ離す。

 何時もの事だ。無意識に絵具のついている指で、顔を触ってしまう。
 立っていた彼はくすりと笑って、指を伸ばした。
「絵を描き終える頃の君は、まるで絵具で化粧をしているような感じになりそうだね」
「後で洗うからいい。でも……ねぇ? 私、心を込めて描いているつもりなんだけど……」
 彼の発した言葉が、どうしても気になる。
「いつも言ってるけれど、自分で考えないと駄目だよ。あぁ、僕用事があるからもう行くけれど、あまり遅くまで残らないようにね」
「え、あ……っ」
 彼はぽんと、軽く私の頭に手をのせるとそのまま部室を出て行ってしまった。



音をたててしまったドアを見つめて、溜息をつく。

「分かんないよ、聖ちゃん」
 ポツリ呟いてキャンバスに向き直ろうとした時、そばの机に置いてあった雑誌が目についた。自分の名前が、でかでかと書かれている表紙に思わず眉根を寄せる。

「……他人に認められても、聖ちゃんに認めてもらえなきゃ意味ないのに」


 ずっとずっと、私を見守ってくれた聖ちゃん。
 聖ちゃんが背中を押してくれたから、頑張ってこられたのに。

 学生の自分に浴びせられる分不相応な賞賛に竦んでいた私を、諭して前を向かせてくれた母方の従兄。年は離れているけれど、幼い頃から仲のいい親戚だった。
 けれど、ある日学校で描いた私の絵を見て、その関係は変わった。

 私にはわからないけれど、聖ちゃんはなぜかその絵をものすごく褒めてくれた。
 美大に進学していた聖ちゃんは、よくわからない専門用語を駆使して褒めてくれた。


 よくわからなかったけれど。何を言ってるのかどこがいいのか、全く分からなかったけれど。


 それでも。


 聖ちゃんに特別にみられることが、嬉しくてたまらなかった。
 ずっとずっと抱いていた憧れに、希望が見えた瞬間だった。


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