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吟の帰還 10【商店街夏祭り企画】 Last

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こちらのお話を書くにあたって、饕餮さんにご協力いただきました。
ありがとうございました!

「希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々  二十五話目 秘密の話」に、籐子さんが吟に伝えたお話が出てきます。

これにて、篠宮酒店の夏祭り企画は終了です! 長々とありがとうございました♪
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 祭りを満喫した吟と木戸は、その日も深夜をまたぐ時間まで燗に捕まって飲み明かしていた。
 翌日帰宅予定の為、車の運転をする吟は最初の一杯以外ノンアルコールを貫いていたが、自分が寝た後も木戸は燗に付き合って飲んでいたようだ。

 朝方二階の自室から降りてきた吟は、足を踏み入れた居間の惨状を見て苦笑を零した。
 そこにはタオルケットを掛けられて寝転がる、男二人。元々吟と同じでザルというよりワク状態の木戸ではあるけれど昼間とうてつのお客さんと祝い酒だと飲み交わしているのもあり、興奮して祭りの最中動き回っていた燗とともに居間で潰れていた。

「吟さん」

 男二人を見下ろしていた吟は、小さな声で呼ばれて顔を上げる。
 その先には台所からこちらを見る、雪の姿。木戸と燗の横を足音を立てないように通り抜けると、雪の側へといった。
「おはよ」
「おはよう、吟さん。今日帰るんでしょ? これ、忘れずに持って行ってね」

 以前店頭で使っていた冷蔵ケースに入ってるのは、珈琲の空き瓶に詰められたイカの塩辛。切り分けられたイカのムース。その他にも、いろいろと詰め込まれた発泡スチロールの箱だった。
「保冷剤、これでもかってくらい入れようと思うけど、吟さんの家まで持つかしら。間に合わなそうなら、途中で氷かなんか補充してね?」
「あぁ、ありがと。直接帰るし、多分大丈夫じゃないかな」
 どこかに寄ろうとしても、撃沈している木戸を連れては無理だろう。家に帰れば仕事もあるし、もともと直接帰る予定だったから心配はない。


「何時ごろ帰るの?」

 壁にかけてある時計を見れば、七時過ぎたところ。祭りの後とはいえ、少し遅く起きてしまったようだ。店自体は休みじゃないから、あと二時間もすれば店を開けるのだろう。
 吟は少し考えた後、苦笑した。
「ホントは午前中の内に戻るつもりだったんだけど、木戸があれじゃな。午後一には戻ろうかと思う」
「あ、ホント!? そしたらお昼ご飯は、吟さんが好きだったオムライス作るね」
「お、久しぶりだ。楽しみにしてる」
 チキンライスを薄焼き卵で包んだ雪のオムライスは、幼い頃からの吟の大好物。にんまり笑った吟は、ふと気になって雪を見た。
「醸はもう起きてるのか?」
 結婚の承諾は得たし商店街の皆とも話した。あと気にかかるのは、弟の醸の事だ。


 昨日返ってきた時は予想通りの態度だったから強気に出たが、夕方店に戻ってきたらなんだか上の空だった。
 そんなに落ち込むことかシスコンめと思ったけれど、どうもそうじゃない様で。木戸に対して敵意剥き出しでもなく、いたって普通のいつもの醸だった。その態度に、木戸とともに吟も少し拍子抜けしたものだ。
 夕食を食べた後仕事があるからと店内の事務作業スペースに籠ってしまい、宴会になだれ込んでいた吟たちは醸がいつ寝たのかも気付かなかった。

 雪は少し困ったように軽く握った手を口元にあてる。

「もう起きて、外の片づけをしてるわ。お祭りで何かあったのかしらねぇ」
「うーん」
 二人で悩んだとて、理由がわかるわけでもない。吟はため息をつくと、身支度をするためにもう一度居間を通り抜けた。





「木戸さん、また遊びにいらしてくださいね?」
「はい、ありがとうございます。今回は、本当に済みません。ご面倒をおかけしてしまって……」
 でかい図体を小さくして謝る木戸に、雪はいえいえと手を振る。
「燗さんが飲ませすぎるのがいけないのよ。嬉しいからって、弾け過ぎよ」
「べらぼうめ、いいじゃねぇか。いい酒のみ相手ができたんだからよぉ。醸は酒が好きでもあんま飲めねぇからな」
 な! と隣に立つ醸の背中を叩けば、痛そうに顔を顰めながらため息をつく。
「親父がホントすみません。俺もいろいろと悪い態度をとってしまって、申し訳なかったです。姉をどうぞよろしくお願いします」


 ――え?

 一瞬、篠宮家に静寂が訪れた。


「あ、あら? 醸くん?」
 重度のシスコンを見続けてきた雪は、驚いたように醸と吟を交互に見る。いつの間にか喧嘩でもしたのかしら……というような視線に、吟は思いっきり頭を横に振った。
「反対の立場だったら、俺、すげぇ嫌な奴だよなって思って。すみません」
「なんだ醸!! お前、やっと姉離れかよ! っかぁ、こりゃめでてぇな、今日も宴会か!!」
 燗がでかい声を上げて喜びをあらわにし、こうしちゃいれねぇとかけだそうとした、その刹那。

「……姉泣かしたらどうなるか、その覚悟だけはしといてくださいね」

「……」

 あんま変わってない……

 シスコンがなおったのかと期待した篠宮家一同はがくりと肩を落としたけれど、それでもうざいぐらいの愛情表現? が出てこない事には驚いた。
 吟は少し複雑そうな表情を浮かべながら醸に近寄ると、高い位置にある……木戸よりは低いけれど……弟の顔を覗き込んだ。
「お前、なんかあったのか?」
「ん、大丈夫」
 そう言って笑った醸の顔は、はっきり言って大丈夫には見えなかったけど、吟はそれ以上突っ込むのはやめた。
「ならいい。私は好きな事やって生きてるから、お前も好きなことして過ごせよ?」
「あぁ、もちろん。俺は今、店をやるのが楽しいよ」
 昨日の売り上げもいい感じだったしね、と笑った醸は、いつも通りの笑顔だった。



 客が来たのをきっかけに、雪は店内に戻り、燗と醸は祭りの片づけに出て行った。
 準備を終えた二人が帰ろうかと顔を見合わせたその時、向こうから籐子が歩いてきたのに気付いて吟は駆け寄る。
「籐子さん、どしたの? 今ランチの時間帯じゃ……」
「えぇ、ちょっと抜けてきただけだからすぐに戻らないといけないのだけれど……」
 同じように傍に来た木戸に軽く会釈をした籐子は、声を潜めて吟の耳元へと口を寄せた。
「吟さんとはまた暫く会えないだろうし、商店街の皆には来週あたり話そうと思っているんだけれど……」
 その前提で教えてくれた話は吟の感情を最高潮に高ぶらせるもので。
 口をぽかんと開けたまま聞いていた吟は、全て話し終えた籐子の「それまでは内緒よ?」の言葉に、ゆるりと彼女を見た。
 目の合った籐子は、指を唇に当てて茶目っ気たっぷりに笑っている。

 途端、聞いた話が一気に現実味を帯びて、吟はつい声を上げてしまった。

「え、マジ……!!!?」
「吟」
 叫ぼうとした吟の口を、とっさに木戸が手で塞ぐ。
「ふ、んがが」
 二重の意味で驚いた吟は目を白黒させていたけれど、耳元に降りてきた木戸の吐息に思わず動きを止めた。
「内緒ね、って言われたでしょ?」
 周囲に聞こえないように籐子が言った言葉を復唱されて、吟は勢いよくと上下に頭を振った。
 吟が少し落ち着いたのを見て、木戸は小さく息をつく。そしてゆっくりと手を外した。口から木戸の手が離れた途端ぱっと笑顔になった吟は、今度は周囲に聞こえないような小さな声で「おめでとう! 籐子さん!!」そう、お祝いを伝える。
 少し照れたような笑みを浮かべた籐子はとても幸せそうで、吟はその手を握って嬉しさを噛みしめた。



「吟、実家に戻りたくなったか?」
 籐子と別れて車に乗り込んだ吟たちは、どんどん実家から離れ自宅へと近づいていく。助手席に乗る木戸が缶珈琲を手にしたまま、運転している吟を見つめた。
「もしお前が望むなら、実家に戻っても……」
「いや、いい」
 木戸の言葉を途中で端折り、吟は口端を上げた。
「あの家は醸のもんだ。あそこは住む場所じゃなくて、私にとっては帰る場所なんだってことがよく分かったよ。しかもさ、それがすげー嬉しいんだ」
「吟……」
「あそこを出ていくまでの醸は、もっと頼りなくて私にべったりで、正直やっていけるのかと思ってた。でもそれは違ったんだな。あれはやっぱり私のせいだったんだ」

 私に遠慮してたのもあるだろうし、酒屋を継ぐのは私の方があっていると本心から思っていただろう弟。だからなのか、あの頃はある一定の部分から手を出そうとしなかった。
 燗や私に言われたことをやるべきだと、頑なに思っているところがあった。

 それがどうだろう。醸のいない時に管理台帳や帳簿、取引先のデータを燗に見せてもらったが、自分がやっていた時よりも管理が行き届いていて、なおかつ規模が広がっていた。
 無意識に、私が醸の可能性を潰していたんだ。

 そう聞かせるとはなしに、吟は嬉しそうに話す。
 木戸はそんな彼女を見て、安堵の表情を浮かべた。

「お前が嬉しそうで、俺は安心したよ」
「そうか?」
 ふふふ、と笑う。
「私はやりたいことができて、それを突き進んでる。醸も、店が楽しいと言ってくれた。しかもよくわかんねーけど、私離れし始めたみたいで嬉しいよ」
 木戸は出て来る時に言われた醸の言葉を思い出したのか、半分困ったような笑みをこぼした。
「確かにな、初対面の時とはなんか違った。祭りの時に、何かあったのかな。お前なら聞くと思ったけど……」
「聞かないさ、醸が言わねーんなら。もう、大丈夫だ。悩みがあろうと祭りでなんかあっただろうと、一人で考えて答えを出すさ」
「男前な姉ちゃんだな」
「まぁな! しっかも、嬉しいこともう一個あったしさ!」
「あぁ、籐子さんの?」
「そうそう!」


 全く知らなかった、籐子さんの家族の事。まさか、そうだったとは思わなかった。

「すげぇ、びっくりさせられたぜ。ありゃ、醸の為の意趣返しかもな!」
 姉の突然の結婚宣言で驚かされた醸の為に、私を驚かせようっていう。

「ホント、いいとこだろ。うちの地元」

 そう屈託なく笑う吟に、木戸はそうだなと頷く。


 二人の住むアパートへと車を飛ばしながら、吟の心は驚きと嬉しさで溢れていた。
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