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火炎をくぐり抜けて

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部屋をでる。

他の居住スペースも探索する。
ただ、ろくな物資もない割に
頻繁にアンデッドと遭遇することに気が付いたため、
このあたりのドアは無視して進むことにした。

ちなみに、
道中のアンデッドを倒して得た力は
私自身の身体強化に使っている。

といってもあまり大きな変化はない。
少し体が軽く感じる程度だ。



百近い居住スペースのドアが並ぶ直線の通路。
その先に、私たちは上階へ向かう階段を発見した。
地上からの光が差し込んでくる。

シロナと顔を見合わせて頷く。
慎重に進む、とわざわざ伝えなくてもわかってくれたようだ。

階段を上がると視界が開けた。
地上に出られたらしい。
地下の冷気になれた体に熱風が吹き付ける。

周囲を見渡す。

噴水の跡と濁った水たまり。
枯れ木の林。
四方を囲う荒廃した建物。

そして。

山のように折り重なる黒い粒子と骨と灰。
それらを築いてなお衰えを見せない炎。

死体を焼く炎を背に負い、
複数のアンデッドと対峙する赤髪の女性。
胸元まであいた真っ赤なドレスはところどころが裂けている。
消耗しているのか、肌色はひどく悪い。

右手には刃が半円を描くように大きく湾曲した剣。
破損ではなく、もともとの形だろう。
彼女に近づくアンデッドを容赦なく切り裂き、焦がす。

「クロハさん。あの人…味方、でしょうか?」

「どうかな。少なくともアンデッドとは敵対してるみたいだけど」

アンデッドの一体が背後から襲い掛かる。
女性はまともに攻撃を受ける。

しかし、彼女は攻撃などなかったかのように
アンデッドを後ろ蹴りで吹きとばす。
続いて左手の中に火球を生成、
吹き飛ばされたアンデッドに向けて投げつける。

その間、端正な顔には一切の表情がなかった。

直感。
あの女性は多分、生きた人間ではない。
どんなに鍛えられた人間でも、大きな傷を受けたときには多少の怯みがある。
それは訓練で鍛えられこそすれ、ゼロにはならない。

一瞬で彼女を取り囲んでいたアンデッドは灰になった。

そして、炎の女性はこちらを向く。

…!
シロナを抱えて横に跳ぶ。
ゴウッと音をたてながら火球が髪をかすめる。

「階段!」
上ってきた階段に隠れろ、という意味である。
長く話す余裕はない。

敵の注意はこちらに向いている。
今はシロナをかばう必要はなさそうだ。

向こうもこちらの出方を伺っている。

彼我の距離は30メートルほど。
横目でシロナが階段に到着したのを確認。

長剣を構えつつ直進する。

二発目の火球。
まっすぐにこちらを狙ってきている。
斜め前に体を投げ出し、
前転して受け身。
すぐに立ち上がり、走る。

三発目の火球。
やや高めの位置を飛んできたので、
スライディングで回避。

こちらの間合いに入った。
すれ違いざま、
突進の勢いをそのままに長剣を
水平に左から右へ振りぬく。

敵の横腹を深くえぐったものの、
苦悶の声などは聞こえない。

…危険。
本能に従って横に大きくステップ。

ブオン。
敵の曲剣が空を切った音を間近に聞く。

空中で体をひねる。
敵を正面にとらえて着地。

敵は舞うように体を一回転。
空を切った一撃目の勢いをそのままに
着地の隙を狙っての斬撃。


長剣ではじきつつバックステップで距離をとる。

湾曲した刃の切っ先が
長剣の防御を回り込むように
私の腕を裂いていた。

幸い、戦闘に支障はない。

バックステップにより互いの間合いの外に出た。
にらみ合い。

大きく裂けた横腹からは内臓どころか血の一滴もでていない。
確信。すでに人間ではない。
ならば、躊躇する理由はない。

鋭く踏み込み、長剣を振り下ろす。
曲剣に阻まれる。

鍔迫り合いになるかと構えたが、
敵はおもむろに曲剣から左手を離し、右手のみで曲剣を持つ。

離した左手が赤く光る。
火球だ。

曲剣を押し切る前に火球に焼かれると判断。
バックステップしつつ身をひねる。

「くっ」
火球が背中をかすめた。

だが、至近距離で火球を放つために敵は隙を晒した。

身を低くして肉薄。
突き出された左腕に向けて
低姿勢から長剣を切り上げる。

あまりにも軽い手ごたえとともに、敵の左腕を切断する。

敵がよろめく。
といっても痛みによるものではない。
腕を失ったことでバランス感覚に異常をきたしているだけ。

追撃をかける。
切り上げた位置からそのまま真っ直ぐに構え、突きの体勢へ。

「はあぁぁぁっ!」
そのまま敵の喉元を突く。

敵の喉よりも幅のある長剣は
そのまま敵の頭を切り落とす。

頭を失った胴体が地面に倒れる。

「はぁ、はぁ。
危なかった…」

こんな厄介なアンデッド、聞いたこともない。

「クロハ!気を付けて!」
シロナの声。声の方を向くなどという愚は犯さない。

倒したはずのアンデッドに素早く視線を向ける。

転がった頭から、赤いドレスから、
おびただしい量の黒い粒子があふれ続けている。

投石で妨害を試みる。

石は一瞬で粒子に飲み込まれた。
効果はなさそうだ。

「グアアアアアアアアッ!!!」
やがて、粒子の集合体は咆哮とともに一つの姿を形作る。

二足歩行の黒獅子といったところだろうか。

見上げるほどの大きさになったそれは
宿敵である私をまっすぐに見据えていた。

深呼吸して動揺を鎮める。

絶望で膝を折らないため。
闘志を無理やりにでも再燃させるため。
心でつぶやく。

なるほどね、二回戦か。
楽しませてくれる。
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