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犬と被害者と少女の夢(その4)

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 仕事場に着くと、月曜日とほぼ同じ水曜日の日常が広がってきた。
 各種機械の点検をし、各ストックヤードでの発酵状態をチェックする。
 午前十時を回ると、回収業者が集積して回った生ゴミの受け入れが始まり、正午までの二時間ばかりの間に、最大で二十台ほどの生ゴミ運搬車が集積した生ゴミを搬入してくる。それぞれの運搬車を、空にしておいたストックヤードに誘導し投下させる。
 投下させた生ゴミはホイールローダーでストックヤードの奥に押し込み、次の運搬車用の投下スペースを作る。さらに誘導し投下させ押し込む。
 この単純な作業を繰り返しながら二時間ほど続け、最後の運搬車の受け入れが終わると、呑み込むようにして昼食を取り、集積された生ゴミに、バーク(粉砕した木屑や樹皮)やウッドチップを投入してホイールローダで切り返す。さらに発酵剤を投入して水分比調整をして一日が終わる。
 ひとつ違うのは、全作業終了後にミーティングを行い、土日の出勤の確認と調整することだろう。
 ぼくは、基本的に土曜が休みで日曜が隔週出勤となり、木曜日が調整日となる。
「木塚。今度の土曜出てくれないか。伐木の破砕とバークの切り返しをやって欲しいんで」
「神村産業の連中は、休みですか」
 ぼくが聞き返すと、有馬工場長は答えず
「じゃ、そういうことで。来週の木曜は休んでいいから」
 とだけ言った。既に決定事項なのだろう。ぼくにノーは言えない。

 伐木の破砕は、堆肥センターに隣接している神村産業のウッドチップリサイクルセンターで行っている。
 センターでは、建設工事や木材伐採などで発生した、木材として利用できない樹木、枝葉や根、竹や建築廃材などを破砕してチップ化し、堆肥などの土壌改良材や特定工法の資材としてリサイクルしている。
 敷地には、大型の重機と自走式の大型木材破砕機タブグラインダーが置いてあって、重機には、グラップル――くちばしのように木材を掴む仕組みのアタッチメントが取り付けてある。
 自走式木材破砕機は、幅三メートルほど、長さ十メートルほどの本体に移動用のキャタピラが着いている。むき出しの操縦席の前には、直径三メートルほどのタブと呼ばれる巨大なお椀状のホッパーが座っている。タブの下には長いベルトコンベヤーが設置してあって、チップの山まで続いている。
 深さ一メートルほどのタブの底には、半径に沿って長さ一メートル、幅三十センチほどの切れ込みがあり、粉砕用の高速回転爪(ハンマーチップ)と受け刃がついている。爪で投入された木材を破砕し、受け刃で削っていくのだが、受け刃と回転爪の隙間には頑丈な網目のスクリーンが据えてあり、特定の大きさ以下でないとタブの下に落ちない仕組みになっている。落ちた木片は、ベルトコンベヤーによって所定の位置まで運ばれる。
 堆肥用のチップは、まず二年ほど野積み――ブルーシートをかけた状態で戸外に積み置きをして腐食(堆肥化)を進める。その二年の間に、何度か切り返しをして資材の状態を均質化し、乾燥や自然発酵を促す。それを堆肥センターに持ち込んで、生ゴミと混ぜて攪拌して完熟発酵させて堆肥となる。

 工場長は、来週の木曜日は休んでもいいと言ったが、当てにはできないし、してもいなかった。大体今度の土曜日の仕事は、事実上は、堆肥センターの休日を利用して神村産業でアルバイトをすることだった。
 本来は他社の仕事だが、隣接しているし関連業務でもある。機械を動かす資格も業務の慣れの問題もあり、神村産業側はしばしば業務の委託をしてきた。
 持ち込まれた資材を粉砕して積み置きし、積み置きしたもの切り返して熟成し、配送する。日常の業務とほぼ変わらない上に、堆肥センターに較べてかなり割高の時給になったから、時間さえあえば誰も断る理由もない。
 工場長などは、夏場の陽の長い時分になると、自分から堆肥センターの勤務終了後に作業を買って出ることもあるくらいだった。
 ぼくは、わかりましたとだけ言った。

 ミーティングが終わると、予想通り甲突川切断事件の話になった。
 動機のこと、自首のこと、被害者のこと。
 全ては報道メディアから得た情報と憶測に基づくものだったが、たぶん彼らが一番聞きたくてうずうずしていたのは、ぼくの見たものについてだったろう。
「すいません。仕事が終わったら、すぐに来てくれと言われてますので」
 ぼくは、嘘をついて逃げた。
 それまで敬遠され続けていたマニアが、ブームに乗っていきなり脚光を浴びるようになったようなもの。どうせすぐに冷めるつかの間の熱。そんな雰囲気が嫌だったのかもしれない。
 案の定、水曜日早朝の犯人の自首を受けて、周囲の熱は一気に下がっていった。
 翌木曜日の帰宅時間になると、それまでゴミステーション付近に潜んでいた報道関係者も全員消えていたし、テレビの内容も犯人の報道一辺倒に変わっていった。
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