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しおりを挟む「何を……やってるんだ」
食べ始めて早々、佐々木が俺の目の前で妙な行動をとっている。それに純粋な疑問を抱いた俺は、自然と声を上げていた。
不思議そうに佐々木の行動を見ているのは近藤も同じ様で、箸を止めてまじまじとその光景を見つめている。
「何って、隆太福神漬け食べられないんだよ。だからカレー頼んだ時はいつも俺が食ってんの」
俺の質問に答えてくれたのは倉持だった。
現在俺の目の前では、佐々木がカレーライスが入っている皿から、福神漬けだけを倉持の前にある皿に移している光景が繰り広げられている。
倉持もトンカツが乗った皿に福神漬けが乗せられていくのに全く動じない。まるで、いつもの事だと言わんばかりだ。
「二人とも仲良いねえ」
「別に、普通じゃねーの」
近藤の言葉に返答をしたのはまたしても倉持だった。佐々木もそれに頷いている。
逆に、近藤の質問に不思議そうに首を傾げる程だ。
これが、二人にとっては普通の事。
そっか、これが佐々木の日常なのか。
俺の知らない、佐々木の新たな一面。
放課後以外の佐々木の日常が垣間見えて本当は嬉しい筈なのに、なんだろう。嬉しいとは、ちょっと違う。
俺は自分のカレーライスをスプーンですくい上げると、そのまま口に運んだ。そしてさも当然の様に倉持が食べている皿に移される福神漬けを見ながら思う。
折角同じカレーライス食べてるんだから、俺にくれたら良かったのに。
教室へ続く廊下で、Cクラスへと帰っていく佐々木と倉持を見送った。
予鈴は、もう既に鳴ってる。
「あれ、ダーリン入んないの」
「……」
「……太一、どうかした?」
廊下に立ったまま一向に動こうとしない俺が気になったのか、先に教室に入ろうとしていた近藤が戻ってきた。
「なあ……悠」
「……っ、な、に」
近藤は知っている。俺が近藤を悠と呼ぶのはごく稀な事であり、それが真面目な話をしたい時だっていう事を。
「……いや、悪い。呼んでみただけ」
下の名前で呼んでるのが、羨ましいだなんて。
「鍵本」
「……」
「なあ鍵本って」
「…………っ、あ、何」
「いや……だから、鍵本こそ何だよ」
放課後の第二図書室。俺はいつものカウンター内の席、佐々木はカウンターから一番近い席に座って小説を読んでいた。
かれこれ、ここに来てから一時間は経過している。
先程まで珍しく女子生徒が本を探しに来ていたが、何も借りずに出ていった。
図書室で俺達が二人切りになった瞬間、ここぞとばかりに佐々木は俺の名前を呼んだ。
「鍵本、さっきからこっち見てたみたいだから。何かあんじゃねえの」
「……は」
佐々木の言葉に、俺は間抜けにも口を大きく開けて固まった。
俺が見てた、って、佐々木を?なんで?
純粋に、疑問だった。
恐らく無意識だったんだろう。その事に対する自覚はない。
「俺、そんなに見てたか」
「ああ。さっき他の奴が居たから、話しかけるタイミング見計らってんのかと思ってたんだけど」
「あー、いや、ごめん。無意識だった」
「何だそれ」
変なヤツ。そう言わんばかりに小さく笑って、佐々木はまた小説の続きを読み始めた。
俺は無意識に見てた自分が何となく恥ずかしくなって、そっと、そっと本で顔を隠す。
穏やかな風が、目の前の金色を揺らす。今日だって、ここから見える景色は何一つ変わらない。
本の縁をなぞる細い指先。少し猫背気味な背中と、ひたすら真っ直ぐに小説へ注がれる視線。
俺の、日常。
「隆太」
「へっ!?」
「……って、名前さ」
唐突に名前を呼ばれて、酷く驚いたんだろう。狼狽えてるのがここからでもよくわかる。
「太一っていう俺の名前と、同じ漢字が使われてるんだよな」
「あ、そ……う、だな」
俺はまだ、佐々木を下の名前で呼んだ事がない。だからかな。ごく自然に呼んでた倉持が羨ましく感じて。
俺も佐々木の友達なのにって、そんな事を考えてしまった。
「あの……さ、隆太って呼んでもいいか」
「な、に。急に」
「……何となく。隆太って呼びたいなって思ったんだけど」
本当は、何となくじゃないんだけど。
「隆太って呼んでもいい?」
さっきの返答が中々返ってこないから、催促をするようにもう一回。
でもやっぱりその返答は返ってこなくて、代わりにガタッというイスがズレる音がした。次の瞬間にはカウンターの扉が開いて、突然、俺の身体を影が覆い隠す。
覆い被さる様にして立つ佐々木の表情は、どう見ても余裕がありませんって顔で。
「……りゅ、むぐっ!?」
「ちょっと、待てっ……、いいからっ、喋んな」
名前を呼ぼうとしたら、勢いよく口を塞がれた。焦った口調で、焦った表情で。
「んむっ……ちょっ、苦しっ……いきなりなにっ」
「それはこっちのセリフだっ。何で、いきなりっ……!隆太って呼ばれ慣れてねえから、マジで、ちょっとっ……」
「えっ、でも倉持からは呼ばれてただろ」
「お前からは呼ばれ慣れてねえっつのっ……」
勘弁してくれと言わんばかりに、深い溜息を漏らされた。まだ普段の余裕が取り戻せないのか、佐々木は一向にこちらを見ようとしない。
でも嫌がる様子がないのが、酷く嬉しくて。困ったな。調子に乗ってしまう。
「じゃあ、慣れればいいんだよな。呼ばれるの自体は嫌じゃないんだろ」
「なっ……それはっ、そうだけど」
「それなら、俺の事も太一って呼んでよ。ほら」
「っ……鍵本って、案外強引なとこあるよな」
「鍵本じゃなくてさ」
「…………」
「もしかして、恥ずかしいとか」
「あーっ、もう、わかった。今呼ぶから待ってろ」
覚えてろよ。なんて言われた所で、耳まで真っ赤になってる姿で言われても全然怖くない。
佐々木がゆっくりと首を横に傾ける。それをレンズ越しに眺めながら、何となく、キスされる気がして目を閉じた。
直ぐそこに感じる息遣い。触れた肌から伝わる熱が、俺の体温を上昇させる。
「………太一」
この時初めて、キスをするのに、眼鏡が邪魔だなって思った。
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