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しおりを挟む開けた窓から
カーテンを少しだけ揺らす程穏やかな風が部屋に届く
射し込む日差しは既にオレンジ色に染められていて
ここは第二図書室
奪われたのは、俺の唇だった
お目当ての本を俺から受け取ったそいつは、ありがとうとだけ言ってその場を後にする
お礼のつもりだったのか、過剰なスキンシップだったのか
理由を考えるのが面倒な俺は、減るものではないなと眼鏡を押し上げて気にもとめなかった
奪ってきたのは去年同じクラスだった佐々木隆太(ささきりゅうた)
同じクラスだったからと言っても、殆ど喋った事はない
しかしこの日をきっかけに、俺と佐々木の奇妙な友人関係はスタートした
とある共学の高校。俺、鍵本太一(かぎもとたいち)はこの学校の二年生だ。
放課後、俺は毎日階段を登りある場所へと向かう。
その場所は、殆ど使われていない第二図書室。
別に図書委員でも何でもないが、俺はそこの管理を任されてる。
第二図書室は別館の五階にひっそりとある。
本館の二階にある第一図書室の利用者は多いのだが、俺が管理している第二図書室は殆どと言っていい程人が来ない。
置かれている本は大体同じ物だし、冊数だって、第二図書室はかなり狭いから第一図書室の半分位しか置いていないんじゃないだろうか。だからわざわざ渡り廊下を渡り階段を登ってまで来ようとする人は居ない。
静かに読書したいとか、静かに勉強したいと思う人だけが労働と引き換えにやって来る。
その一人が、俺。
確かに今までも階段を階段を登らないといけないのは億劫に感じる事もあった。しかし一年生の時からの習慣になってしまっている今となっては全く苦に感じない。
俺はどうやらその少人数の一人、しかも変わり者認定までされているので、いつの間にか図書室の管理まで任されてしまうようになっていた。
今日もいつも通り第二図書室に訪れた俺は、室内を見渡して少しだけ驚いた。
珍しい、今日は三人も居る。
普通で言ったら少ないんだろうけど、ここにすればこれでも多い方。
珍しい事もあるものだと、感嘆の溜息を漏らしカウンター内に入る。
カバンの中から昨日借りた小説を取り出し、定位置と呼べるイスに座った俺は、ペラペラとページをめくり挟んだ栞を机に置いた。
それから程なくして、一週間前に大量に本を借りて行った先生がまとめて本を返しに来た。
本の貸し出しカードに返却の判を押してそれを受け取った俺は、丁度読んでいた小説も切りがいいからと席を立つ。
先程返ってきた本を、カテゴリ別に分かれた棚へ一つ一つ戻していく。
さっきの先生は、どの教科の担当だっただろうか。多趣味と言ってもいい位に、本の趣味がバラバラだ。
料理、推理、宇宙 謎を呼ぶ組み合わせ。
最後の宇宙工学の本を戻せば、今日の仕事は終わりと言っても過言ではないだろうか。それ程までに、ここでの仕事は少ない。
この図書室では借りていく人は殆ど居ない。読んで行く人は居るが、借りるとなるとまたここまで返しに来なければいけないからだ。
ここはとても落ち着くし、静かで勉強にも最適で俺はお勧めなんだけどな。なんて常々思っている。
第一図書室も静かではあるけれど、やはり人が多いから集中力を削がれてしまう。
俺がここを見つけた時は、飛ぶように喜んだというのに。
最後の宇宙工学の棚に辿り着いた俺は、順番通りに並べられた棚を確認して本の置き場所を探した。
上から二段目の棚に、その本があったであろう隙間。シリーズ二作品が丁度入る隙間を見付けた俺は、間違いないかを確認して一冊目を棚に入れた。
そして二冊目、という所で、入れたばかりの一冊目は呆気なく引き抜かれた。
突如として横から伸びて来た手に、驚いて横に目を向ける。そこには、おおよそこの場には似つかわしくない金髪の少年が立っていた。
身長は俺と同じ位だから175cmは越えてるんじゃないかな。 恐らく染めたであろう金色の髪をそよ風に靡かせて、その少年は本から俺の方へと目線を向けた。
細い目が、少しだけ見開かれた。俺はその行動に首を傾げつつ、そういえばと思う。
こいつは、去年同じクラスだった佐々木だ。不良という訳ではないが、よく授業をサボっている印象。何よりも金髪が目立つ。
校則違反のノーネクタイと、着崩した制服。あまり笑わないせいか、近寄り難い雰囲気を醸し出している。
俺も独りが好きなせいか別の意味で近寄り難いとは言われるけれど、とにかくそんな佐々木がここに居る事自体が不思議だ。
「ねえ」
佐々木が隣に居た俺に話しかけてきた。
しかし既に佐々木から視線を外していた俺は、最初の声かけに気付かなかった。
「ねえ、鍵本」
突然名前を呼ばれて、ハッとなった。
今まで同じ教室に居ても、名前を呼ばれた事なんてなかったのに。
ちょっと、ビックリしたんだけど。
「何?」
「それ、この本の続き?」
「ああ、そうだよ。これも読むのか?」
佐々木が手にしていた本の、続きは俺の手の中にあった。だからこそ佐々木は話しかけてきたようだ。
宇宙に興味があるのかな。なんて疑問符を頭に浮かべながらも、ほら、と言って手にしていた本を渡す。
佐々木が受け取った時、少しだけ俺の指に佐々木の指が当たって。次の瞬間には、何故か、俺の唇にも何かが触れた感触があって。
ちゅっ、と可愛らしい音が鳴った気がした。でも一瞬だった。俺の唇が、佐々木の唇と触れ合ったのは。
とりあえず、俺は固まった。
だって、直ぐに理解出来るような出来事じゃなかったから。
……あれ、俺、今何されてる?
これって、キスだよな。とか考えてる内に、佐々木はただありがとうと言って俺の前から遠ざかって行った。
ありがとうって事は、本を貸したお礼か。はたまた、元々佐々木はスキンシップが激しい奴なのか。
まあ、別に減るようなものじゃないしな。
特にキスの意味も深く考えず、台車を元の位置に戻して再び定位置に座る。
カウンター内からはこの部屋を見渡せてしまう。それ程、狭い室内。その中にさっき本を持って行った佐々木の姿はどこにも見当たらなくて、俺は深い溜息を漏らした。
原則として、貸し出しカードを記入してカウンターに持って来て貰わないといけないのに。
これは、明日昼休みが潰れるな。
と、ぼやきながら天井を仰いだ。
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