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七章 ぞろぞろ偽者ソルシエラ

第220話 キラキラ聖域大決戦

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 戦況は目まぐるしく変化していた。

 悪による蹂躙から、英雄たる少女との決戦。
 そして、天使と天使との決戦へ。

 この場において、間違いなく戦っている者同士が使っているのは人類の敵となる力である。

「お前が目立つ事は許されていない!」

 叫び、猛り、指揮者が大鋏を振り下ろす。
 どんなものでも斬り潰す凶悪な大鋏が、ソルシエラへと迫る。
 
 が、それは直前で二つの銀星により止められた。

「こんな独りよがりの舞台には、もっと演者が必要でしょう?」

 周囲を旋回するビットをまるで指揮でもするかの如く指先で操る。
 小さなビットに完全に動きを停止された大鋏は、次いで来たもう一つのビットにより木端微塵に粉砕された。

「っ!? 私を壊していいのはあの方だけです!」

 破壊された大鋏が砂により修復される。
 その様をソルシエラは興味深そうに見ていた。

「砂、というよりは鏡界の力をこの世界の理に無理矢理合わせたものといった所かしら。流石に、それを相手にするのは骨が折れそうね」
「だったら――」
「でも、それは私も同じことよ」

 ソルシエラが歩くたびに、地面に小さな波紋が生まれる。
 薄く張られた水は、淡い光を放っていた。

「そうね、その鋏はこうやるのかしら」

 水の中から、突如として大きな鋏が飛び出す。
 それは今しがたソルシエラが破壊した物とまったく同質の存在であった。

「っ!? 貴女も模倣を……ッ!?」
「貴女がそれを砂と定義したように、私はそれを水と定義した。中々に上手くできているでしょう?」
 
 水の中からいくつもの武装が浮かび上がる。
 まるで魚のようにその先端を指揮者へと向けている武装は、このクローマの地のどこかで誰かが今まさに使っている得物だった。

「ふふっ、さあ行きなさい」

 ソルシエラに従い、武装が一斉に射出される。
 蒼の世界から無数に飛び出してくる武装を前に、指揮者は砲撃を放つことしかできなかった。
 砲撃と射出された武装が衝突し、空中で激しい爆発を起こす。

「無茶苦茶なぁ!」
「お互い様でしょう。文明一つ滅ぼせる力、無茶苦茶でなくては道理が通らないわ」
「だ、だが……私のこの体が真に崩壊することは無い!」
「そうね。確かに今のままでは貴女を殺すことはできない」

 そう言って、ソルシエラは笑みを浮かべる。
 幼いながらも蠱惑的なその笑みは、まるで人を惑わす妖精のようであった。

「けれど、ようやくあの子たちも準備を終えたみたいよ?」
「何?」

 その言葉の意味を理解するよりも早く、本能的に指揮者はその方角を見た。
 とめどなく溢れる力の奔流が、黄金に輝く魔力が、そこにあったのだ。

「なっ、まさかその力は……! 渡雷リュウコ、お前まさか!」

 龍に乗った少女は、指揮者を見つめている。
 強い意志と、何かを予感させる光が宿った瞳。

 その瞳に、指揮者はどこか見覚えがある気がした。

「正直、ここまでソルシエラが凄いと私はいらないかもって思ったんだけど……クローマの生徒会長が、ここで黙っている訳にはいかないからね!」

 リュウコはそう叫ぶと、自身の中へと収束していく黄金の光を掴む。

「何より、ここでソルシエラばっかり目立っちゃ人気投票でまた最下位でしょうがぁ!」

 徹頭徹尾私利私欲。
 決戦へ赴いたとは思えない凡人の叫びと共に、黄金の光は少女の足元の龍、バルティウスへと流し込まれた。

「二人だけじゃない。私もいる! この何処にでもいる普通の美少女生徒会長の渡雷リュウコが!」

 また一人、怪物が主役の舞台へと躍り出る。
 その変化は、より劇的にそして可憐で絢爛だった。

「聖域解放!」

 生徒会長となったリュウコの言葉に従い、バルティウスは空へと黄金の光を放った。
 暗雲が一瞬にして霧散し、黄金の光は空へと広がっていく。

「聖域……!? バカな、あれは生徒会長であると認められた者がブローチを手にして初めて起動できる筈……!」
「それは違うよ指揮者」

 指揮者の疑問に答えたのはネイだった。
 初代聖域使いの彼女程、この場で起きた現象に詳しい者はいない。

 彼女は、まるで自分の事のように胸を張って言った。

「元々聖域とは、生徒会長と生徒が一種の共存状態になることにより起こす共鳴現象。そこには理論上、塔やブローチなんてものは必要ないんだ。互いが互いを無条件に信じることさえ出来れば、聖域は起動する」
「そんな事……いや、もしもそれが本当ならッ!?」

 指揮者は信じられないものを見るかのように眼を見開く。
 その先には、胸を張ってどや顔のリュウコがいた。

「この子は、歴代で誰も成し遂げなかった支持率100%を成し遂げた! 今、クローマとリュウコは一つになってるんだ。どうだ、私の弟子は凄いだろ!」
「ふふん……いや、なんでネイ先生が得意げなんですか。私ですよ私! 凄いの私!」
「でもここまで育てたのは私じゃんか」
「はー!? 出ましたよ後だし! さっきまであんなにヘラってたのに急にイキりやがって! 昨日お酒飲んでたことコガレ先生に言っちゃいますからね!」
「それはライン超えでしょ! そっちが前に遅刻したときなかったことにしたの、誰だと思って――」

 やいのやいのと騒ぐ二人の間で、レイが手を叩く。
 そして、心底軽蔑した目を向けながら口を開いた。

「決戦の最中に囀るな。ワタシ様よりも年上であるなら、それらしい振る舞いをして見せろ」
「アッハイ……」
「すんませんした……」
「では、行くぞ二人とも。ワタシ様もそろそろ限界だ。異能による拘束は間もなく終わる」

 レイはそう言うと、力がぬけた様にその場に崩れ落ちた。
 それを受け止めたネイは、リュウコを見る。
 
「お願い」
「はい! ではお見せしましょう、私の聖域の真骨頂を!」

 黄金の空、降り注ぐ光がクローマを照らす。
 街の中では、凍結が終わりソルシエラ達が動き出していた。

 が、今までのような悲鳴は聞こえない。
 聞こえるのは、勝鬨を上げるが如き威勢の良い叫び。

 リュウコにより感化されたクローマの生徒達がソルシエラへと向かっていく声だった。
 そんな彼等を押すように、黄金の光が舞い降りる。
 指揮者によって作り上げられた暗黒領域は、リュウコの手によって書き換えられてた。

 一人、また一人と生徒達の体が黄金色の輝きを放ち始める。

 その光景を見た指揮者は、ただ呆然とすることしかできない。
 今まで逃げることしかできなかった一般生徒までもが、ソルシエラ達と互角以上の戦いを繰り広げているのだ。
 
「何が……起きている……? 異能の無効化? 身体能力の向上、いやあるいは敵と定めた者への弱体化……?」

 それは、紛い物とはいえソルシエラであった筈だ。
 恐ろしい力を持つ怪物が次々と倒されていくその光景は、指揮者にとっては悪夢でしかない。

「知りたい? 知りたいでしょ? 教えてあげる!」

 リュウコは自慢げにピースサインを出して言った。
 
「私の聖域、それは力の共有。この瞬間から、クローマの生徒と定義された者は全員が私と同じくらいにちょー強くなる!」
「……は?」
「覚悟しろ指揮者。ここからは、クローマVSお前だ。英雄一人だけなんて、つまらないシナリオが通用すると思うなよ!」

 英雄譚は終わりを告げ、ここに新たな物語が始まる。

 何処にでもいる普通の少女が、友情とちょっとの努力で勝利を手に入れる、そんな陳腐でありきたりな物語。
 端的に言えば、少女の青春の1ページに過ぎないのだ。

「龍位継承――リヴァイアサン!」

 バルティウスのその姿が変化する。
 聖書に語られる巨大なウミヘビ型の怪物は、そのまま地に満ちた水の上に激しい飛沫と共に降り立った。

「ソルシエラ、さん、いや……ちゃん? まあ、どっちでもいいや。ここからは私達も一緒に戦うから!」
「そう、精々足は引っ張らない事ね」
「あ、もしかしてツンデレって奴? 素直じゃな――危なぁっ?!」

 ソルシエラへと馴れ馴れしく話しかけたリュウコのすぐ脇を、一つの武器が通り抜ける。
 リュウコはすぐさま頭を下げた。生徒会長の威厳などそこにはない。

「すんませんした……調子乗りました」
「はぁ、さっさと片付けましょう」

 呆れた様子でソルシエラはそう呟く。
 リュウコは頷くと、バルティウスの頭を撫でて言った。

「いっけぇ! バルティウス!」

 怪物となったバルティウスは吠え、その巨躯からは考えられない速度で向かっていく。
 そして真正面からぶつかり、辺りに大きな水しぶきを上げた。

「レイちゃん今だよ」

 塔を塞ぐように存在していた天使を押さえつけ、リュウコは塔の壁に空いた穴を指さした。

「ああ」

 レイはその場所に向けて、氷をいくつも召喚していく。
 その場に即席の氷の道を作り出して、眠気に目を擦りながらレイは言う。

「ここからはお前の番だ。過去にケリを付けて来い」
「ありがとう。行ってくる」

 次の瞬間、ネイの姿が消失する。
 到着の結果を抽出したネイは、既に塔の中にたどり着いていた。

「ミユメちゃん、ダイヤちゃん……!」

 彼女は決心した様子で、塔の中へと消えていった。

「駄目です、私を倒してから救わなければ英雄には――」
「まだ言ってんのかこの厄介ファンがぁ! あの人の事を思ってんなら、そんな一方的な愛の押し付けはダメでしょ!」

 ネイを追おうとした指揮者へと、バルティウスが突進する。
 激しい音と共に倒れた指揮者のすぐ真横の水面から巨大な鋏が生まれ、その脚を悉く切り刻んでいった。

「駄目よ、よそ見なんて。悪役をやり遂げなさい」
「っ、貴様らァ!」

 指揮者は怒りに身を任せてその巨躯で暴れる。
 そして、切断された脚を復元すると、起き上がった。

「うっわ、ヤバいね。キリがないな。あれは聖域を奪ったからこそ出来ていたと思ったんだけどね」
「天使のもつ本来の力よ。模倣と浸食を組み合わせて疑似的な不死を作り出している」
「不死……ね。成程。そういうの、神話じゃ負けフラグだね。むしろやりやすい」

 リュウコはそう言うと、自信満々な笑みを浮かべる。

「下がってていいよ。ここからは、私がアイツを相手するから」
「あら、気を使っているのかしら。安心して、死なない程度で手に余る私じゃないの」

 そう言うと、ソルシエラはその手に持っていたボウガンを構え、空へと矢を放った。
 
 空気を裂く音と共に昇る一本の矢は、指揮者の真上まで到達すると、自由落下を始める。
 その瞬間、矢は無数に別れ、雨のように指揮者へと降り注いだ。

「っ、こんな攻撃で傷つく訳が無いでしょう!」

 鬱陶しそうに矢を払う指揮者。
 しかし、巨大な体を持つ今の彼女に矢が防げる筈もない。

 無数の小さな矢は、指揮者の体に無数に突き刺さった。

「では、始めましょうか。私のステージを」

 ソルシエラはそう言うと、辺りを舞うビット達を撫でる。
 そして、指揮者を囲うように四方に展開した。

「一体何をするつもりか知りませんが、私を殺すことなど不可能です。私を殺せるのはネ――」
『傾聴せよ』

 ビットの一つから、確かにそう声が聞こえた。
 その瞬間、辺りに静寂が訪れる。

 リュウコやバルティウスですら、その声の威圧感に息を殺す。
 
 静寂が包む世界は、まるで舞台の幕が上がる前の劇場のような妙な緊張感が支配していた。 
 そして。

「貴女には、特等席で聴かせてあげる」

 ソルシエラはそう言うと、ボウガンを軽く振った。

 瞬間、持ち手が回転し内部機構が稼働する。
 内部に隠されていた、とある天使の角からつくられたボディが展開、持ち手だった場所にはいくつもの弦が引かれていた。

 形や色は多少奇妙ではあるが、それが何かは見ればすぐに分かった。
 クローマ音楽院に通うリュウコにとっては見慣れてすらいる。

「――ヴァイオリン?」

 ボウガンから変化し、それは一つのヴァイオリンへと変化した。
 ソルシエラは幼いとは思えない程に優雅な動作でそれを構える。

 そして、手の中に弓を生み出すとそっとあてがった。

「星の声を聴きなさい」

 瞬間、その場が音により支配された。
 流麗な手つきと、息をのむほどに美しい音。
 洗練された演奏は、それだけで聴く者の根底を揺さぶる。
 
 物静かで悲し気な曲調から始まり、次第に演奏は激しくなっていく。
 炎を思わせるかの如き苛烈な音に、指揮者は妙なざわつきを覚えた。


(なんだ、これは……体が……音による攻撃?)

 指揮者を囲む四つのビットは周囲を一定の距離を保ちながら回り続けている。
 それが音を互いに増幅し、指揮者へと浴びせ続けているのだ。

(先程の矢は、そういう事ですか! これが、内側まで音を広げる役割を……!?)

  魔力を乗せた音が、指揮者の体へと浸透していく。
 しかし、この攻撃の本質はそこではなかった。

(こ、これは……なぜ体が崩壊を始めている……!?)

 巨大な体が、端から砂となり崩れ落ち始めている。
 まるで、砂の城のように脆くなった体は、一歩踏み出しただけで至る所を崩壊させた。

「どうしたのですか、なぜ修復が出来ない……!  体中から崩壊が始まって――」

 疑問に答える者はいない。
 しかし、結果が雄弁に語っていた。

 音による、死の付与。
 人間の根源とも言える部分への干渉を音を介して行うその力に、指揮者の中の天使は覚えがある。

「まさかっ!?」

 指揮者は天使から授けられた知識によりようやく気が付いた。
 そして慌てて止めようとするが、動かした箇所から砂に変化していく。

 次々と崩れ落ちていく体を見ながら、指揮者は叫ぶことしか出来なかった。

「やめっ、やめろ! この体はこんな終わり方を想定していない! これは脚本にはない事だ!」

 ソルシエラは演奏を止めない。
 砂が崩れ落ち、それでもなお修復を行おうとすれば演奏が激しさを増す。
 この場の全ての死は、一人の少女の音楽の中にしか存在していない。

 支配者は、ただ一人ソルシエラのみである。

 始まりから終わりまで、その全てが幼い少女の手のひらの上だった。

「っ、嫌だ。私はまだこんなところで終わる訳にはいかないんです。早く、あの方を救ってあげなければ……!」

 塔程もあった巨大な体の半身は既に崩れ去り、それでも必死に指揮者は前に進む。
 そして、演奏を続けるソルシエラの前にようやく辿りついた彼女は、残った大鋏を振り上げる。
 しかし、既に遅かった。

 演奏を締めくくるかのように、ソルシエラは弦の一つを摘まむ。
 そしてそれを指先で一度弾いた。

 その瞬間、指揮者が作りだしていた蠍の体は一瞬にして砂へと変化し崩れ落ちる。
 後に残されたのは、砂にまみれた指揮者が一人。

「わ、私は……私は……!」

 崩れ落ち、指揮者は水の中に倒れ込む。
 
「――あら、まだ一曲目なのに」

 見下ろすソルシエラの眼は、恐ろしく冷ややかなものである。
 しかし、既に聴き手は意識を失っていた。

 その時である。
 水の中に倒れた指揮者の体から、一匹の蠍が飛び出した。

 それは水の中に沈んでいく砂を吸収し、再び大きくなり始める。

 指揮者の体を捨てた第五の天使が遂にその真価を発揮しようとしていたのだ。

「あら、アンコール?」

 ソルシエラがその光景を見て嬉しそうにそう呟く。
 が、次の瞬間には何かに気が付いたように、つまらないといった表情で視線を外した。

「トドメは譲ってあげる」
「龍位継承――タナトス」

 漆黒の龍が、ソルシエラの前を横切る。
 狼のように変化したバルティウスは、その鋭利な爪で蠍を引き裂いた。

 攻撃一つ一つに死の意味が付与され、蠍の体が裁断されていく。
 やがてそこには、何も残らない。

 あるのは、機能を停止した天使のコアだけであった。
 
「……か、勝ったの?」
「当然でしょ」
「私の出番……少なくない?」
「そんなの知らないわよ。聖域を取り戻すのが貴女の目的でしょうに」
「いや、そうなんだけど……」

 ソルシエラの突き放すような言葉に、リュウコはしょんぼりと肩を落とす。

 クローマを騒がせた一連の騒動の幕切れは実にあっけないものだった。
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