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七章 ぞろぞろ偽者ソルシエラ

第204話 ユメユメナイーブ二人組

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 昨夜はかっこいいお姉さんだと思っていたのだが、朝になったらこれですよ。

「う~! ユメちゃん……!」
「だーかーらー! 人違いっす! 私はミユメっす!」
「苗字は?」
「空無」
「ユメちゃあぁぁぁぁん!」
「離れてくださいっすー!」

 ミユメちゃんが、超人フィジカルでネイさんを引きはがす。
 が、次の瞬間には映像が切り替わったかのようにミユメちゃんに抱きついていた。

 これが、結果を取り出す異能……ッ!

『成程、これでおみみをいじめた結果を取り出せば、突然その場で腰砕けになるソルシエラが見れるって事か』

 君にだけは絶対に与えたくない能力すぎる。

「もう、なんなんすかマジでー!」
「うぅっ、よがっだよ~!」

 ネイさんは完全に酔っていた。
 しかも、面倒臭い酔い方をしている。

 ……でも、こんなネイさんを飲み会で軽くあしらうソルシエラは画になるかもしれない。

『ソルシエラ大人アンソロジー!? 成程、そういうのもあるのか……!』
『ならロリアンソロジーがあってもおかしくないだろう!』
『然り』

 然り、じゃねえよ。

「これは、どうしようか。酔いは、焼却出来ないし……。ヒカリ、どうすればいい?」
「うーんとりあえずクローマの風紀委員会にでも突き出しますか?」

 急に冷静になったヒカリちゃんはそう言って光翼を展開する。
 そしてネイさんを掴むとそのまま空中で拘束した。

「あれ~? なんで私浮いてるの……!? もしかして、重力なくなった~?」
「ヒカリちゃん、一応あれでもこの学園の教師だから、優しくしてね」
「教師が朝から酒飲んで他校の生徒に絡んでいいんですか?」
「それは、その、うん……駄目なんだけど」

 正論過ぎる。
 無邪気故に、遠慮のない物言いに俺は目を逸らしてもごもごすることしかできなかった。

 その人、本当は強いし頼りになるんですよ、たぶん。

「うー、ありがとうっす、ヒカリちゃん」
「いいえ! 困ったときはお互い様ですよ!」

 ヒカリちゃんは光翼の一部を器用に動かしサムズアップする。
 器用だね。

「どうしようか……ダイヤ生徒会長に連絡するか……? いやでも流石にこんな事で呼ぶ訳には……」

 ミズヒ先輩は困ったようにそう言ってネイさんを見る。
 ネイさんはヒカリちゃんの光翼の中で器用に酒を飲んでいた。

「再会を記念して、もっと飲んじゃおう~!」

 顔が赤いネイさんを見て、全員で「うわぁ……」となっていると背後から声が聞こえた。

「あ、いたー!」

 同時に、俺達の前に赤い龍が降り立つ。
 その背に乗っていたのは、至って普通の女子校生であった。

「皆やっほ! ごめんね、うちの師匠が」
「あ、リュウコちゃん! おはようございます!」
「うん、おはようヒカリちゃん。で、さっそく上のそれ、回収するから」

 ヒカリちゃんからネイさんを受け取ったリュウコちゃんは、慣れた様子でバルティウスの上に乗せる。
 すると、バルティウスの形状が宝石を纏う龍へと変化した。

「寝心地、最悪……!」
「酔い覚まししてあげてるだけでも感謝してくださいよ、まったく。……ごめん本当に。この人、酔うと過去のトラウマで妄言を吐くようになるの」
「そ、そうっすか」

 なんて答えたらいいんだよそれ。
 すっごい気まずいんだけど。

「今回も誰かに抱きついたんじゃない?」
「あ、私っすね」

 ミユメちゃんが手を上げる。
 すると、リュウコちゃんは拡張領域からお吸い物を取り出して差し出した。

「これ、お詫びと言っては何ですが……」
「ああっ、そんないいっすよ気を使わなくても」
「いえいえ、どうぞ受け取って下さい」

 そう言ってお吸い物を押し付けたリュウコちゃんは笑みを浮かべる。
 おいそのお吸い物あまった在庫だろ!

「いやぁ、関係ない人を巻き込むなって、いつも言ってるんだけどねー」
「関係……あるっす」
「えっマジで?」

 ミユメちゃんは少しだけ悩むような仕草をする。
 そして、何かを思いついたかのように顔を上げた。

「その、一つお願いがあるっす――」

  











 ネイが正気を取り戻したのは、三十分程してからだった。

 酔いを覚ます伝承を元にしたバルティウスの上で唸っていたネイ。
 しかし、起き上がった時にはすっかり顔色も良くなっていた。

「――はっ、私はまた……痛っ、うぅ……飲み過ぎた……」

 そう呟きながら起き上がったネイはバルティウスに腰かける人影を見つける。
 その横顔に、ネイの中の時が止まった気がした。

「君は……」
「初めまして、私は空無ミユメ。ユメの……妹です」

 ミユメはそう言って笑みを浮かべた。
 安心させる様な微笑みと共に告げられた言葉に、ネイは大きく目を見開く。

 そして、ため息を一つついた。

「……ごめん、迷惑かけたね。私、酔っても記憶は無くならない質でさ」
「いいえ。いいっす。それに、ユメの事を知っている人に会えて嬉しかったっすから」

 ミユメの視線の先では、ベンチに座って談笑しているケイ達の姿があった。
 出店で買ったであろうお菓子を片手に楽しそうな姿を見て、ネイは察する。

 ミユメと話す時間を作ってくれたのだろう。

(気を、使わせちゃったな。情けないよ、私はもう大人なのに)

 苦笑いすることしかできなかった。

 相変わらず、自分はまだあの時の事を引き摺っているらしい。
 改めてそう確信したネイは、無意識の内に酒を取り出す。

 が、隣に少女がいることを思いだしその手を止めた。

「…………ユメちゃん、もう逢えないんだよね」

 死んだ、とは聞かなかったのはそれでも一縷の望みに賭けたかったからだろうか。
 俯いたままそう聞いたネイに、ミユメは静かに「はい」とだけ答えた。

「そっか……そうだよね。私の事、知ってる?」

 ミユメは首を横に振る。

 その言葉に、ネイは息を丁寧に吸い込む。
 それは、彼女が舞台に立つ時にしているある種のまじないのような物だった。

「じゃあ、教えて上げよう! ……と言っても、自信満々に言える事じゃないんだけどね」

 自嘲気味にネイは笑う。

「10年前、本土でダンジョンが出現した。その時に派遣されたのは、戦領祭で優勝した学校のチーム。つまり、当時最強だった私達の学院。それだけ理事会も焦っていたんだね。ダンジョンを集めるシステムに不備があったわけだから、尚更」

 ネイの口から語られる事実に、ミユメは静かに耳を傾ける。

「当時、私達は無敗だった。聖域は本土では使えなかったけど、それでも勝てた。勝てた、だけだったけどね。ダンジョンの主は殺した。でも、一人既に毒に侵されていて手遅れだった。それが、ユメちゃん」

 まるで罪人が罪を告白するかのように、ネイは言葉を連ねていく。
 誰かに話すことを望んでいたかのように、そしてこうなることが分かっていたかのように、ネイは続ける。

「最後まで、私達の事を信じていたよ。……私が、もっと早くダンジョン主を倒せていたのなら、未来は変わったかもしれない。無理を通して、学園都市に連れ帰れば助けられたのかもしれない。……でも、そうはならなかった」

 震える両手で拳を作り、ネイは吐き出すようにそう言った。
 
「ヒーロー気取りだったんだ。私なら、なんでも解決できると思ってた。……ごめん、私は、君のお姉ちゃんを助けられなかった」

 ネイはそう言って話を締めくくった。
 独りよがりな罪の独白。
 そう捉えられても仕方がないソレを、ミユメは静かに聞いてそして、笑った。

「きっと、貴女がいたからユメは希望を持てたんだと思うっすよ。死の間際まで、夢を見れた。それが、良い事だったと私は信じているっす」

 答えるその姿に、今は亡きユメの姿が重なる。

 齢を重ねていれば、まさにこの容姿になるのではないだろうか。
 妹という事を考慮しても瓜二つなその姿に、ネイは気が付けば強くミユメを抱き締めていた。

「本当にごめん、助けてあげれらなくて……!」

 ミユメはその言葉に返すことができなかった。
 過去にユメの出来損ないの烙印を押された彼女には、静かにネイを受け入れることしかできない。
 何かを言う代わりに、ミユメは優しくネイの頭を撫でた。

 それは、僅か十秒の抱擁。
 しかし、確かに彼女達の中の何かが変化した瞬間だった。

「ごめん、まだ酔いが残っていたのかも。教師として、情けないよ」

 そう言ってミユメから離れたネイの顔は、今までとは違い教師の物に変わっていた。

「ネイ先生が空無ユメに囚われているって事は、痛いほどわかったっす。あれっすね、リュウコちゃんの言う通り結構ナイーブなんすね」
「なっ、アイツそんな事を……!」

 ネイはリュウコを見る。
 当の本人は、やたらデカいクレープをヒカリと共に食べていた。
 こちらには気が付いた様子もない。

「あははっ、でも良かったっす。私も形は違えど空無ユメに囚われた人間の一人なので。……それを、私はきっとずっと背負い続けなければならない」

 ミユメの言葉に、ネイはもう一度彼女の顔を見る。
 明るい筈の彼女の表情は、妙に寂しく見えた。
 まるで空虚で空っぽな印象を受けるその笑みは、次の瞬間にはどこかにふらっと消えてしまいそうな印象をネイに抱かせた。

 それでもミユメが笑っていられるのは、繋ぎ止める何かが、あるいは誰かがいるからだろうか。

「一人じゃ、辛いでしょう。この悩みは、誰かに気軽に話せるものじゃない。だから、貴女に出会えてよかった」

 そして、その誰かに自分もならなければならない。
 ネイは大人として、そして同じ少女に囚われた人間として直感する。

「友達って言い方でいいんすかね。先生相手に」

 これは、今の自分に出来る数少ない贖罪なのだ。
 
「私と、友達になって欲しいっす」

 故に、その言葉にネイは迷わず頷き手をとった。

「うん。よろしくね、ミユメちゃん」
「はい。よろしくっす!」

 二人で笑う。
 その笑顔はどこまでが本物でどこからが強がりなのか。

 分からずとも、今はそれでいい。
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