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三章 閃きジーニアス

第100話 玉響スリープ

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 ケイと別れたミユメは、軽い足取りで生徒会室へと向かっていた。
 朝からケイに会えて、美味しい朝ご飯を食べて、気分はルンルンである。

「ルカさーん、検査に来たっすよー!」

 自動ドアをステップで潜り抜けて、ミユメはビシっと敬礼をする。
 が、そんなやかましい動作に反応する声はない。

「……あれ? ルカさーん? 寝てるっすかー?」

 生徒会室はしんと静まり返っている。

 ミユメは首を傾げると、辺りを探し回った。
 が、ルカの姿はおろか、人の気配すらない。

 検査の続きを朝食後すぐに行うと聞かされていたミユメは、うんうんと一人で唸って手を叩いた。

「あ、きっと医務室っすね!」

 ルカが半ば不眠症である事を、ミユメは知っている。
 眠る際にを色々と考えてしまって脳が興奮するらしい。

 そんな彼女が、ジルニアス学術院製の強力な睡眠薬を愛用していることは、ルカとある程度親しい人であればわかっていることだった。

「もー、世話が焼けるんすから」

 やれやれと首を振って、ミユメは医務室へと軽い足取りで駆けていった。
 



 医務室に来たミユメは、勢いよく扉を開こうとして手を止める。
 仮に、彼女が寝ているのならうるさくする訳にはいかない。

「失礼しまーす……」

 ミユメは、本人的には小声でそっと扉を開けた。
 
 中に入り、キョロキョロと見渡す。
 すると、すぐに金色の髪が視界に映った。

 が、それはどうやらミユメが探していた人物ではなかったようだ。

「あれ……? トアちゃん?」
「うぇっ!?」

 ミユメの声に、ビクッと肩を震わせてトアは振り返った。
 突然声を掛けられて驚いたのか、若干涙目である。

「どうしたんすか? こんな所で」
「その、実は……」

 トアは、重苦しい雰囲気と共に意を決して口を開いた。

「調子に乗って色々食べ過ぎて、お腹が痛くって……」
「えぇ……」

 この人ジルニアス学術院に何をしに来たのだろう、そう思ったがミユメはそっと胸の奥にしまい込んだ。
 レディの食事に口を出すことはデリカシーに欠けるとルカに教わっていたからである。
 ちなみに、教えた張本人はその時の食事を栄養剤とゼリー飲料で済ませていた。

「胃薬がないから、いっその事この鎮痛剤で何とかしようかと思って」
「いやいや、それジルニアス学術院製の鎮痛剤っすよ? 痛覚はおろか、感覚が消えて半日は歩行すらままならない劇物っすから」
「えぇ!? どうしてそんな物が普通に置いてるの!?」
「そこそこの頻度で使われるからっすねー」

 主な使い方は二つ。
 休みをまともにとらない生徒の口にぶち込むか、イカれた実験で大怪我を負った生徒の口にぶち込むかである。
 いずれにせよ、誰かの手によってぶち込まれることに変わりはない。

「胃薬はこれっすねー。はい、普通の胃薬」
「普通の……?」
「魔物や聖遺物を食べた時ようのやつもあるっすけど」

 ミユメはガラス瓶をからからと振って首をかしげる。
 その光景に生物としての生存本能が働いたトアは必死に首を横に振った。

「普通のでいいよぉ!」

 そう言って、トアは胃薬を受け取ると飲み込んだ。
 しきりにお腹を撫でているのは、胃痛が辛いからだろうか。

「それにしても、ジルニアス学術院の医務室って、結構自由なんだね? この『ご自由に薬品をどうぞ』の立札があるし」
「あんまり褒められたことじゃないっすけどねー」

 おかげで気兼ねなく使えてはいるが、そもそも不在の時間が多いというこの現状はよろしくない。

「そう言えば、ミユメちゃんはここにどうして来たの? 具合が悪いとか?」
「いいえ。私はルカさんを探しに来たっす」
「ルカさん? ここにはいないけど」

 トアにそう言われて部屋の中を見渡すが、誰もいない。
 ベッドの一つに誰かいた形跡があるが、今はどうやらベッドの主は不在のようだ。

「んー、困ったっすねー」

 ミユメは首を傾げる。
 ルカが約束を違えるなど滅多にない。

 彼女はごくまれに常識が頭から消えることはあるが、約束事は守る。
 無論、ミユメの身体検査も一度も遅れたことはなかった。

 これは、遅れればそれだけ自分の研究にあてる時間も減る故の行動でもある。

「今日も検査をするって聞いてたんすけどね。ここにいないなら、どこに……?」
「私が来た時にはもう誰もいなかったよ?」
「うーん」

 ミユメは暫く唸って、それから丸椅子を勝手に部屋の端から持ってくるとトアの隣に置く。
 そして、腰を下ろした。

「どうせここに来るっすから、待つっすよ。ルカさんは一日一回はここに寄りますから」
「大丈夫なのそれ……?」
「駄目って言っても本人が聞かないっすからねー。私やお姉ちゃん、コニエ先輩が言っても全然ダメ。一度、三人でルカさんを縛り上げてベッドに投げ込んだことがあったんすけど――あれ?」

 楽しそうに話していたミユメが突然ピタリと動きを止める。
 そして、こてんと首を傾げた。

「それっていつの事っすかね?」
「え? さ、さあ?」

 あわせてトアも首を傾げた。
 両者ともに首を傾げて、顔を見合わせる。

「うーん? 確かにコニエ先輩とお姉ちゃんと一緒にやった記憶があるんすけどねー」
「もしかして……」

 トアは深刻そうな顔をして、口を開く。

「ミユメちゃんも、ルカさん並みに疲れてる……?」
「えぇっ!? 心外っすよ! アレはもはや緩やかな自殺行為っすからね!?」

 本人のいない所で酷い言われようだった。

「うーん思い出せないっすね。最終的にコニエ先輩の頭突きで眠らせた筈なんすけど」
「頭突き……?」
「そうなんすよ。コニエ先輩の頭突き痛いっすよー? 上半身をめっちゃ反らして勢いつけるんすから」

 頭突きについて詳しく知りたいわけではない、と言い出せないトアだった。
 ミユメは、途中までは楽しそうに話していたが次第に表情が陰りを見せる。

「本当に……どうして嫌われちゃったんすかね。私」

 コニエとの関係は良好であった。
 そうミユメは記憶している。

 物怖じしない性格のミユメと、竹を割ったような性格のコニエの相性は良かった。
 傍から見ても仲の良い先輩後輩であった筈である。

「何か、しちゃったのかな……」

 肩を落とすミユメに気が付いて、トアは慌てて言葉を紡いだ。

「そっ、そんな事ないって! 何か、事情があったんだよ!」
「事情っすか……?」
「うん! こう、やむにやまれぬ事情が……」

 トアは逡巡した結果、コニエに真夜中に呼ばれているという情報を開示しなかった。
 それは、ケイと行動の足並みを揃える意味合いがある。
 更に付け加えれば、ここで不確定要素を増やすわけにはいかないという彼女なりに考えた末の行動だった。

 そして、それは正解だったと言えるだろう。

「――いずれにせよ、コニエが貴女を追放したことに変わりはありません」

 声のする方を見る。
 医務室の扉の前に、ルカがポツンと佇んでいた。

 恐らくは、少し前からその場にいたが話しかけるタイミングが無かったのだろう。

「ルカさん!」
「ミユメ……コニエの事はあまり考えてはいけません。もう忘れなさい。ね?」
「え?」
「でないと、貴女が辛い思いをするだけですよ」

 そう諭すルカの顔はひどく疲れていた。
 ミユメは、徹夜明けなのだろうと推測してため息をつく。

「はあ、また眠らなかったんすね。駄目っすよ、ルカさん寝ないと――」

 言い終わるよりも早く、気が付けばミユメはルカに抱きしめられていた。
 普段の彼女からはあり得ない行動に、ミユメはただ名前を呼ぶことしかできない。

「ルカさん?」
「……ごめんなさい、ミユメ。私がヒショウ会長やカノンの様に賢ければ……コニエの様に強ければ……私は……」
「ど、どうしたんすかルカさん! らしくないっすよ! もしかしてまた魔法式ミスって爆発したんすか?」

 ミユメは訳が分からず、とりあえずルカの背中を撫でる。
 その光景を前に、トアはオロオロするばかりだった。

 ルカは少しの間そうしていたが、突然正気に戻ったようにミユメから離れた。

「……私がもっと頼りになれば、ミユメに辛い思いをさせないで済んだと思っただけです」
 
 そう言って笑うルカの目は、少しだけ充血しているようだ。

「ルカさん……よっぽど疲れてるんすね」
「かもしれません」
「私は、もう充分にルカさんに助けられてるっすよ!」
「…………そうですか」

 ニッと笑うミユメに、ルカは短く返事をする。

 それからトアの傍にあったジルニアス学術院製の鎮痛剤を一つ飲み込み、ベッドへとふらふらと向かっていった。

「ミユメ、検査は夕方からにします。それまで時間を潰してください」
「え? まあ、分かったっす」

 余程眠いのだろうか、ルカはベッドへと体を投げ出す。
 その光景を見て、ミユメはトアに部屋を出ようとジェスチャーをした。

「それじゃ、おやすみっす」

 そろそろと部屋を後にして、ミユメはそう言い残すと扉を閉める。

 一人残されたルカは体を丸めて、目を閉じた。

「――理性によってのみ行動し、知性によって物事を測る。私達は、理性の獣でなくてはならない」

 その言葉は、果たして誰に向けたものなのか。
 
 彼女が眠るまでもう少しだけ時間がかかりそうだ。











 同時刻、フェクトム総合学園にある寮の一室。

「いちごミルク、ヨシ! ポテトチップス、ヨシ! ゲーム、ヨシ!」

 現状、唯一やる事が完全にないデモンズギアのシエルは、あてがわれた自室で今日の暇つぶしのアイテム達を指さしして満足げに頷いた。
 そこに、デモンズギアとしての威厳は一切存在しない。

「今日は、ランク帯を一つ上げます故」

 ゲームはシエルにとっては得意中の得意である。
 暇つぶしにと、Sランクになって懐が潤ったミズヒより買い与えられたゲームは、シエルにとっては運命の出会いと表現してもいいだろう。

 歩く演算装置も同義である彼女に掛かれば、どんなゲームもプロ顔負けであった。

 フェクトム総合学園に来てからというもの、シエルは基本的にミロクと書類整理をするか、ゲームをするかの二択しか存在していない。
 そろそろ、ただゲームをするだけの接触厳禁幼女になりかけていた。

「ミロクは何かに向けて待機している様子。であれば、私は邪魔をせずに息をひそめるのみです故」

 ゲームをする大義名分を論理的に作り上げたシエルは、ビーズクッションの上に座る。
 そしてコントローラーを手に取ってマッチングを開始しようとしたその時だった。

「む」

 モニターの前に、突然現れる転移魔法陣。

 シエルは、意味が分からず目をぱちくりさせた。

「え、これって…………姉上? どうしたのですか? あ、引っ張らないでください。理由を、理由を聞かせて欲しいです。私は今、ランクマの最中です故! ダイヤに! 今日はダイヤに!」

 その言葉を最後に、その部屋には誰もいなくなった。
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