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三章 閃きジーニアス

第98話 激突スパーキング

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 六波羅はエイナを構えたまま、ネームレスを見据えた。
 その口元は獰猛に歪んでいるが、思考は怖ろしいまでに冷静だった。

(博士の統一個体を探しに来てみれば、とんだクソ野郎と出会っちまったなァ)

 正体不明の黒い外套の少女。
 ソルシエラよりも未知で構成された目の前の存在について、六波羅が分かっている事は三つ。

(ソルシエラの収束砲撃に、他のデモンズギアの能力……そして)

「テメエの事が、俺は本能レベルで嫌いって事だァ!」

 六波羅がこの戦いに介入した理由。
 それは、自身でも理解できない程の不快感があるからだ。

(異常だ。初対面でここまで気に入らねえと思っちまうなんてよ)

 まるで、存在を許してはならないと体が叫んでいるかのように殺意が突き動かしている。
 荒れ狂う衝動を、六波羅は理性で無理矢理押さえつけていた。
 
「どうしたァ、俺にも色々やってこいよォ!」
「っ、私は貴方と戦うつもりはないんだけどねっ!」

 初めて、ネームレスの声色に焦りが生じた。
 複数の砲撃陣が、六波羅へと展開される。

「ンな猿真似で俺が倒せるかよォ!」

 放たれた黒い砲撃を、六波羅は真正面から纏めて一撃で切り伏せた。

「どうなってるのさ……。一応、あの子と同じ砲撃なんだけど」
「使い手が悪りィんじゃねェか?」
「傷つくなぁ」

 ネームレスは軽く踏み込む。
 瞬間、六波羅のすぐ真横にネームレスはいた。

「獲った」

 世界の切断による強引な瞬間移動。
 本来、踏み込むことの出来ない近距離まで接近したネームレスは太刀を六波羅へと突き出した。

 横合いからの鋭い刺突。
 しかし。
 
「あ? ンだ、その寝ぼけた剣は。ソルシエラの方がまだマシだぞ」

 いつの間にか、六波羅はそれを真正面から受け止める体勢に入っていた。
 双剣の一本を用いて攻撃を受け流したまま、通り過ぎる瞬間に一撃をネームレスの背に入れる。

「ぁっが!?」
「ガキの浅知恵だな」

 怯んだネームレスを、六波羅は回し蹴りで弾き飛ばす。
 壁に叩きつけられたネームレスを見て、六波羅はため息をついた。

「はぁ、なんでこんな雑魚に苦戦してんだアイツ。……いや、アイツだけにメタ張ってんのか。厄介な奴に付き纏われてるなァ」

 頭を無造作に掻きながら、いつもクールを気取っている少女の事を思い浮かべる。
 その背後に、起動した収束砲撃の魔法陣。

「リーダー、後ろ」
「おう」

 砲撃が放たれると同時に、六波羅は振り返るとその黒い閃光を真正面から双剣で叩き折った。
 
「砲撃のセンスはいいな。お前、元はソルシエラと同じ遠距離が得意な奴だろ? さらに言えば、アイツよりも砲撃の置き方が臆病だ。本職はスナイパーか砲撃手か?」

 戦いながら六波羅が行っていたことは分析だった。
 そもそもの話、六波羅はこの戦いの最終目標を勝利としていない。

(アイツを倒すのは無理だろうな。何故だかそんな気がする)

 いくつもの死線を潜り抜けた本能がそう言っていた。
 であればやることは決まっている。

(少しでもネームレスの情報を持ち帰る。コイツは間違いなく異常だ。理事長も、あるいは教授すら知らねえ歪みだ)

 理事長の性格をよく知る六波羅からすれば、彼女の事をSランクに共有しない訳が無い。
 つまりこれは、理事長ですら理解の及ばない存在という事に他ならない。

(教授をぶっ殺すとか言っている場合じゃねェ)

 六波羅は徹頭徹尾冷静だった。
 冷静に、この状況を俯瞰して整理していた。

「ほら、遊びたいんだろ? もっと遊ぼうぜ」
「ははっ、私も人気者の仲間入りかな?」

 迫る六波羅を、ネームレスは斬撃の嵐で迎撃する。
 その中を六波羅は致命傷となるものだけを避けて走り抜けた。

「なってねェなァ! 勝てねェよそれじゃァよォ!」
「化物かよ!」

 世界が切断される音。
 六波羅がネームレスに剣を振り下ろすと同時に、ネームレスは六波羅から離れた場所に移動していた。

「成程」

 空を切った剣を見つめたまま、六波羅は呟く。

「お前――能力を一つずつしか使えねェな?」
「っ!?」
「ははっ、図星か? ポーカーフェイスもアイツから学べよなァ!」

 力強い踏み込みで、アスファルトが砕ける。
 辺りに砂煙を散らしながら、六波羅は弾丸のように駆け出した。
 
 そして、双剣により流れるような連撃を放つ。

「はははははははは! おいおい! ダメだぜそれじゃァ! もっとブラフも張れるようにしねェと! こんな風に距離詰めて思考の隙を奪われたら何も出来ねェだろォが!」
「ぐっ、これだからSランクは……!」

 太刀と大鎌により、当たる寸前で防ぐことが出来ているが、それでも押されている事は間違いなかった。

「ああもうっ!」

 ネームレスは初めて感情的に叫ぶと、無理矢理に切断で距離をとった。
 その代償に、彼女は移動した先で腹部から血を流している。

「痛ェか? ……なあ、お前は戦士か? それとも、戦士のフリをしている臆病者か?」
「誘ってるのかな? ……いいよ、少しだけ見せてあげる」

 ネームレスは息を吐くと、鎌と太刀を放り投げた。
 そして、新たに生み出した魔法陣へと手を伸ばす。

(ようやく次の手か。いくつ持ってんのか知らねェが、ここで出来るだけ吐き出させねェとな)

 六波羅はその動作の隙を、敢えて無視した。
 彼にとってこれは情報を得るための戦闘以下の行動でしかない。

 が、そうして生み出された物は彼の想像を超えていた。

「……あ? なんだあれは」

 ネームレスが召喚したのは、一振りの剣。
 基盤や配線がむき出しの製造途中のような機械的な直剣だ。

 今だ完成には至っていないそれを握りしめて、ネームレスは囁くように言った。

超動アウェイクン――エクスギア」
「ッ!」

 突如として、少女より圧倒的なプレッシャーが放たれる。
 今まで相手にしていた少女と本当に同じなのかと疑ってしまう程の力の奔流。

「Act1――」

 それは、魔法式の起動言語だった。
 まるで世界に語り掛けるように。
 あるいは嘆くように。

 詠う少女の腹部から黒い焔が溢れ出す。
 それは、傷口を覆うとあっという間に傷口を燃やした。

「……おいおい、それ新入りに出来る奴がいるって理事長から聞いたばかりなんだがァ?」

 見覚えがある。
 情報として、理事会に記録されている。

 それは、間違いなくSランクのとある少女の焔と同じだった。

「デモンズギアじゃなくてそういう猿真似も出来んのか。そっかそっか……エイナ」
「は、はい」

 名を呼ばれたエイナは、双剣から弓へと形を変化させる。

「星穿ち形態移行完了です」

 それは六波羅が目の前の存在に対する警戒レベルを引き上げたという事だ。

(あまりに弱いから突いてみれば、思ったよりもやべェの出てきたなァ)
(リーダー、逃げましょう。姉様とルトラってだけでもヤバいのに……そこにSランクまで来たらきついです)
(おい、その脳内に語り掛けるの止めろって言ってるよな?)
(いや、デモンズギアの標準搭載機能ですからね? これを普段オフにしてるのリーダーくらいですよ?)

 頭の中での会話が気持ち悪い、その理由だけで六波羅は脳内会話の機能を封印していた。
 エイナもそれに普段は従っていたが、今回は違うようである。

(リーダー、逃げましょう。あのエクスギアは、マズいです。本質的には、姉様と同じです)

 それは臆病風に吹かれた訳ではない。
 デモンズギアの一個体としての意見だった。

 それを聞いて、六波羅は弓を構えたまま頷く。

「よォし、わかったぜエイナ」
(あ、本当ですか?)

 獰猛な笑みを浮かべる六波羅の足元には、赤い水晶のような物が纏わりつき始めていた。

「あと十二秒だけ付き合えやァ!」
(うわーん! 何も分かってないぃぃぃぃ!)

 六波羅の能力が発動する。
 その効果は、この世界における絶対者への昇華。

 タイムリミットは、十二秒。
 限られた時の中で、六波羅は文字通りの無敵になる。

「ここまでしてやってんだから、きちんと俺の相手をしてくれよォ!」

 矢を放ちながら、六波羅は駆け出す――そう認識した次の瞬間にはネームレスの周りは全てが赤い矢で包囲されていた。
 
「まずは小手調べだ」

 大量の矢が、上下左右全方位から向かってくる。
 ネームレスはそれを前に、杖のように剣を軽く振るった。
 
 その瞬間、辺りを黒い焔が埋め尽くす。
 壁となった焔が矢を次々と焼却していく中を、六波羅は焔ごと突き抜けてネームレスへと接近した。

「ははっ、動体視力は普通の探索者のそれだな」
「っ、Act4!」

 六波羅の蹴りが空間に発生した斬撃により防がれる。
 それは、先程まで彼女が使用していたルトラの斬撃の能力だった。

「成程なァ。その剣があると、能力の同時使用が可能って訳か」

 そう満足げに呟く六波羅の姿は、次の瞬間には何処かへ消えていた。
 否、ネームレスの背後。
 既にハイキックの体勢の六波羅がいる。

「そォら、当たっちまうぞ」

 六波羅は、不意打ちにも関わらずわざとそう言った。
 ネームレスの新たな情報を引き出すための一手。
 
 その誘いに乗るようにネームレスは、振り返る事もなく呟いた。

「Act6」
「あ?」

 確かな手ごたえ。
 しかし、次の瞬間にはネームレスの姿は焔に包まれていた。

 六波羅は、着地して空を見る。
 そこには既にネームレスの姿はない。

「エイナ」
「……いえ、いないです。転移して逃げたみたいですね」
「能力の同時併用で逃げたか。ソルシエラの転移と、新入りの焔。そして最後の――」

 確かに当たった感触はあった。
 しかし、ネームレスはまるで何事もなかったかのように転移をして見せたのである。

(あんだけしても、結局は時間稼ぎか。何が目的だ? つーか、最後のAct6ってのは……)

 そうして思考の海に潜ろうとしたその時、双剣がカタカタと意思表示のように震えた。

「……考えるだけ無駄か」
「リーダー、帰りましょう。マジで。もう無理ですよぉ、間もなく時間切れですぅ!」
「わかったわかった。ダッシュで帰ってやるから黙ってろ」

 臆病な相棒は、無敵な間に帰って欲しいようだ。
 六波羅は呆れたようにため息をついて、次の瞬間にはその場から圧倒的な速度をもって消えた。
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