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一章 星詠みの目覚め

第10話 蒼い星と美少女

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 一週間。
 それが、私こと蒼星あおほしミロクが那滝ケイという少年と共に過ごした時間だった。

 第一印象は、随分と真面目な人。
 しかし、その背後に何かがあるという事は編入試験の面接で理解できた。

『俺には使命があります』

 使命。
 それが、彼の全てなのだろう。
 その為だけに存在し、その為だけに命を散らすのだ。
 かつて、自分の憧れた先生がそうだったように。
 
 だから、次こそは。
 彼が死なずに済むのならば、それはきっとあの日から立ち止まったままの自分を許すことができるだろうと思っていた。

 これは、私の贖罪であり、偽善であり、虚飾である。
 私は、那滝ケイという少年を通して、もう二度と戻らないあの日の先を救おうとしていたのだ。


 そしてそれは、間違いだった。





 「トアちゃん、狙えますか」

 ケイ君を追って、私達はフェクトム総合学園唯一の初心者用ダンジョンへと来ていた。
 いや、その最奥の実験施設と行ったほうが正しいだろうか。

 既に至る所が崩壊し、天井は崩落。
 陽の光が、本来は薄暗い筈の室内を照らしている。

 その中で、戦う生徒たちがいた。

 一人は、那滝ケイ。
 そしてもう一人。

「アレって、もしかしてあの執行官の事!? む、無理だよ。当てるだけならまだしも、倒せないって!」

 トアちゃんは、自身の武器である巨大な重砲のスコープから顔を外して、必死に首を横に振る。

「ですよね……」

 学園都市に存在する最高位。
 絶対の勝利の象徴。

『Sランク』

 その肩書きをもつ数少ない人物、六波羅。

 彼の存在は知っていた。
 いや、Sランクであれば、知らない探索者の方が珍しいだろうか。

「どうして彼がここに……って、デモンズギアでしょうね。おそらく」

 私達は今、天井に空いた穴から様子をうかがっていた。
 彼等が戦っている部屋は、どうやら昨晩の配信で映されたあのデモンズギアの眠る部屋であるようだ。

 違いがあるとすれば、あの映像で少女が眠っていた水槽が割れ、中に誰もいない事だろうか。

「ミロクちゃん、どうしよう。ミズヒちゃんも手を出せないみたいだし。こ、このままだとケイ君もっ!」

 果たして、どういう経緯でケイ君が戦うことになっているのか。
 それはわからない。

 デモンズギアに関係しているのか。
 それとも、ミズヒを守るためか。

 ケイ君は回避と防御に徹していた。
 恐らくは、これ以上六波羅を刺激しないため。そしてできるだけ、ミズヒから遠ざけるためだろう。

 回避だけで反撃をしていないとはいえ、その動きは洗練されていて私は舌を巻く。

「すごい……私でも目で追うのがやっとの攻撃を、掠る事すらなく全て回避している」

 それだけではない。
 ケイ君はあまつさえ、六波羅と何かを話しているようだった。

 ここからではわからない。
 けれど、彼の表情から真剣な内容である事は理解できる。

「ミズヒちゃんを連れて撤退する?」

 トアちゃんがそう呟く。
 それも一つの手だ。

 現状、ミズヒは戦力としては数えられていない。
 それは、ケイ君の立ち回りが証明している。

 一度、トアちゃんの言葉通り撤退すべきだろうか。
 そう考え始めたその時だった。

 六波羅の攻撃が止んだ。
 ケイ君と何かを話し合っているようで、彼は少し不機嫌になると自分の武器を放り投げる。
 その瞬間、放り投げた武器が少女へと変化した。

「「え!?」」

 トアちゃんと一緒に驚きの声を上げる。
 それから二人で顔を見合わせた。

「トアちゃん、今の見ました?」
「うん。ま、まさかデモンズギアの噂の一部が本当だったなんて……」

 デモンズギアの存在が世間へと知れ渡ったと同時に流れた、いくつかの噂。
 その中に、デモンズギアは少女の形をとるというものがあった。

 私はこの実験施設にいた少女はデモンズギアに関係する重要な何かだと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
 あれ自体が、デモンズギアなのだ。

「これは、想像以上に可笑しなことに巻き込まれたのかも知れませんね……」
「うぅ」

 私達の視線の先で、六波羅は少女に何かを命令する。
 少女は少し離れた所で、床に触れ何かをしているようだった。 

 戦いが終わったのだ、そう考えて合流しようとしたその時。

 六波羅は新たな武装を展開した。

「トアちゃん」
「うん」

 私とトアちゃんは同時に理解した。
 六波羅を取り巻いていた、妙な重圧感が消失している。
 仮にそれがデモンズギアを手放した事による物だったとしたなら。
 
 今の六波羅が所持している武装はただのダイブギアの生成物。
 故に、僅かながらの勝機がこの瞬間に生まれた。

 ミズヒも同様に理解したのか、得物である二丁拳銃の銃口を六波羅へと向けている。

「私の合図で撃ってください」

 六波羅が剣を構えて飛び出す。
 彼等の距離は十メートル。

 五、四、三、二――。

「今」

 ごうっと、耳元で風が唸る音。
 同時に、視界の端から中央へと高密度の魔力弾が放たれたのが見えた。

 それは、寸分違わずに六波羅とケイ君の間に着弾する。
 両者の思考に空白が生まれたその瞬間に、私はトアちゃんを抱えて実験施設へと降り立った。

「……なるほどなァ」

 私達の姿を確認した六波羅が納得したように頷く。

「エイナを俺から引き剥がして、オマケに自軍の頭数も増やす。はははっ、性格が悪いってよく言われねえか」
「前の学園では聞き飽きるほどに言われていたな」

 自嘲気味に、ケイ君は言った。
 どこか辛そうな顔だ。

「普通ならこれで逆転なんだろうが、俺はSランクだぜ? その意味は分かってんだろ。テメエら全員殺すことなんか、訳がねェ」

 殺気が、辺りを支配する。
 先程のような全てを押しつぶす感覚とはまた別種の、鋭利な殺意。

 私は自身の武器である細剣を構え、トアちゃんに目くばせする。
 トアちゃんは頷いてすぐにその砲を六波羅から離れた少女に向けた。

 が、それでも六波羅は動じることなく、それどころか私達を見てあざ笑うように言った。

「冗談だよ。オイ、テメエ名前は」
「……那滝ケイ」
「そうか。ケイ、テメェだけってのは不平等だ。それじゃ、楽しめえねよな……まだ何か隠し持ってんだろ、お前」

 ケイ君は答えない。
 弱点……それはきっと私達の事なのだろう。

 私たちを庇いながら戦うとなると、ケイ君は本気を出せなくなってしまう。
 そんなどうしようもない事実が、今は無性に腹立たしい。

「ケイ、お前は今の自分にある全ての手札を切った。その結果、ゼロ%だった勝利の可能性を数%だが引き上げやがった」

 六波羅はそう言って、偉そうに拍手をする。
 が、その動作の間でも、警戒せざるを得ない。

 今ここで仮に動き出したとしても、呆気なく敗北すると理解できているからだ。
 それでも逃げ出すわけにはいかないと、武器を構えた姿勢は崩さない。

「……その度胸に免じて、今は見逃がしてやるよ」

 確かに、六波羅は私達を一瞥してそう言った。

「そうか」

 ケイ君は端的にそう返事をする。
 普段の敬語で優し気な彼からは想像もできないような、底冷えのする冷たい声。

 もしも、ここに私達がいなかったのならケイ君は六波羅を――。
 そう思えてしまうほどに怖ろしい声だった。

「なら、行くべき場所があるんじゃないか」

 吐き捨てるように、ケイ君は言った。
 六波羅は、肩をすくめると少女の名を呼ぶ。

 そして「じゃ、さっさと行くぞ」と言ってその場を去ってしまった。
 
 隣で、トアちゃんが大きく息を吐いて重砲を下ろす。
 緊張の時間が、ようやく終わりを迎えた。

「ふぅ」

 ケイ君は息を吐く。
 次の瞬間には、いつも通りの彼に戻っていた。

 真面目なだけの普通の男の子。
 けれど、私達には既に違うものに映っている。

「ケイ、お前……」

 真っ先にミズヒが声を上げる。
 いつも、こうしてどんな事実にも真正面から向き合おうとするのが、彼女だった。

 それは、幼馴染の私にとっては彼女の誇るべき美徳であるし、尊敬する部分でもある。
 が、今だけはそれは誉められるものではなかったようだ。

「ぁ」

 小さな声。
 ミズヒもトアちゃんも彼の異常性に呑まれて気が付いていない。
 私だけが、彼の漏らした小さな声を聞いていた。

 まるで、隠し事がバレてしまった幼い子供のような。
 あるいは、喪失を理解した瞬間のような。

 それは、泣きたくなるほどに身に覚えのある哀れな姿だった。

「えっと、その……」

 ケイ君は、必死に言葉を探している。
 先程までの殺気も威圧感も無い。

 この少年が、つい先程までSランク相手に渡り合って無傷で生還したと聞いて誰が信じるだろうか。

 だから、気が付けば私はこう言っていた。

「帰りましょうか」
「……え?」

 ケイ君は呆然とした声を出す。

 私はミズヒにこれ以上は何も言わないようにと、目で伝えてから歩き出した。
 彼女達は、きっと付いて来るだろう。

「ああ、帰るか」
「ミロクちゃん!?ミズヒちゃん!?」

 パタパタと足音を立てて、騒がしい空気が私の辺りに広がる。
 ミズヒは私の心情を理解して、トアちゃんは私に共感をして行動を合わせてくれた。

「あの!」

 背後で声が聞こえる。
 
 私達は、足を止めて言葉の続きを待った。

「……今の俺ってかなり怪しくないですか?」

 他愛もない言葉だ。

「そうですね。でも、私達を守るためにここに来てくれたんでしょう?」
「それは……そうです」
「なら、今はそれでいいんです」

 そう。これはただそれだけの話だったのだ。
 同じ学校の友達を助ける。
 ただそれだけの話で終わるべきなのだ。

 私は振り返ってケイ君を見る。

 蒼い眼だ。
 どこまでも深い海の底のような、まるで彼の心を表しているかのような、そんな目だ。
 
 手を差し伸べなければ、彼はきっと海の底に沈んでいってしまう。
 不思議と、そう確信できた。
 だから。

「……もしも助けが必要になったら絶対に言ってください。私達が、必ず力になりますから」
「……はい」

 彼は何を思って返事をしたのだろう。
 たかが一週間程度の付き合いしかない私にはわからない。

 けれど、それでも一つだけ。
 一つだけ分かったことがある。
 
 私は一つ大きな勘違いをしていたのだ。
 彼が垣間見せた、今にも泣きそうな、捨てられた幼子のような表情。

 あれは私だ。

 あの日、先生に置いていかれた無力な私。
 泣くことすら出来なかった出来損ないの私。
 
 そこで、理解する。
 私が彼を通して真に何を見ていたのかを。

 私が見ていたのは、先生の影ではない。
 彼女になろうとしている、彼女に追いつこうとしている私の姿だったのだ。

「ふふっ」
「……ミロクちゃん?」
「何でもないですよ」

 思わず、自嘲的な笑みがこぼれる。

 私にはわかる。 
 彼も、あの人を救うことが出来なかったのだ。
 あの強さはきっとその悲劇が生み出した後悔の産物。

 私と同じ。
 私と彼は鏡合わせなのだ。

 ならばこそ、受け入れる他ないだろう。

 私は、那滝ケイという少年を通して、もう二度と戻らないあの日の先を救おうとしていた。

 けれど違った。

 彼自身も、私と一緒に救われるべき存在。

 この瞬間、私は本当の意味で彼を仲間と認識することができた。

 私達はどうしようもない臆病者で。
 私達は救いようのない敗残兵で。
 私達はそれでも。

 いつか自分たちを救える日が来ると信じて戦う。

 ふと、ケイ君を見る。

 今まではなかった熱い感情が胸の奥に確かにあった。

「さ、ケイ君も行きましょう」

 恋などというふざけたものではない。

 これは、もっと根源的で悲劇的な――敗北者同士の、歪な絆だ。
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