違法道具屋の看板娘

丸晴いむ

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鎧の冒険者

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 年中無休での営業が義務付けられている、ギルド支援の道具屋。しかし田舎の村の道具屋だと、見とがめるギルド職員もいないのであった。

「結婚おめでとうファナ。ヨハンさん奥手っぽいから、もっと先かと思ってたわ」
「うん、待ってたらきっと3年は先だったわね…。ミアに色々相談に乗ってもらって、決心が着いたのよ私」
「ってことはファナから告白したの!?やるぅ~」

 昼の仕込みが終わった、食堂開店前の朝10時。誰も居ない食堂内でいくら騒ごうが、文句を言う人はいない。

「やだやだやめてよ、あんまり言わないでよね」
「ねぇ他のパーティーの人はどうだったの。ちゃんと祝福してくれた?」

 食堂の看板娘、ファナ。勝ち気で男勝りな赤毛の美人だ。先日気になっていた常連客をGETしたらしい。男は冒険者で、パーティーを組んでいた。仲間の結婚はめでたい事だが、それに伴ってパーティーを抜けるとなれば話は別だろう。

「彼、魔法使いの姉妹と、剣士と狩人のおじさんと組んでたんだけどね。これを期にパーティー解散するんだって。狩人さんの地元が隣村で、もう年だから引退するみたい。剣士さんは一人で力試ししたいみたいで丁度いいって」
「姉妹ちゃんが気になる」
「…実は妹ちゃん、ヨハンの事気になってたみたいでさー」
「へぇライバルがいたんだ!そりゃ焦るわよね」
「他人事だと思って!」

 たわいない、女子トーク。週に2度は息抜きを入れるミアだった。

「妹ちゃん、緑の冒険者なの。ちょっと気性が荒いから闇討ちとか警戒してたんだけど、今朝村を発ったみたいでちょっとほっとしてたの」

 冒険者には、実績によってランク分けがある。個人貸与されるギルドカードの色ですぐに判別ができるようになっていて、緑は10段階中6番目だ。真ん中、と言ってしまえるが5番目に当たる黄色から緑へのランクアップで躓くものが多く、その実力は線引きされている。
 茶、赤、橙までを初心者。黄、緑を中級者と目安を振り分けられていて、青と紫は上級冒険者とさてている。それより上の灰色は世界で10人も存在せず、白のギルドカードに至っては過去151年中4人しか取得した者はいない。

「へぇ緑だったんだ。珍しいね、この辺初心者が多いのに。ヨハンさん黄色でしょ?」
「まぁ彼後方支援タイプだもん、討伐クエストは多分報酬遠慮したんだと思う。縁の下の力持ちだもん」
「あんたが好きになった人が、優しそうな人でよかった。冒険者って聞いた時はちょっとどうしようかと思ったもん」
「冒険者相手に商売してるクセに…」
「それはそれ、これはこれよ」

「おーい、ミア。店の前で鎧がウロウロしとるぞ、客じゃないか?」

 食堂の店主、ダグ。恰幅はいいが気の弱い彼は、窓の外をそわそわと眺めながら声を張った。

「あー、そうかも。見たことある鎧だわ」

 村に一軒しかない道具屋。冒険者は、まさか閉まっている日があるとは思うまい。訪ねてくる客に対して救済処置がとれるように、ミアは店を閉める日には張り紙をしておく。今日は『昼には帰ります。御用の方は食堂まで』と書いていたはずだ。

「じゃあまたね、今度はおじさんが居ない時に。惚気話期待してるわ」
「うん、是非聞いて!仕事頑張ってね」

 食堂を出ると、すぐに鎧はミアを見つけて反応した。

「あ、道具屋さん…どうも」
「こんにちは鎧さん。何か入用ですか?」
「はい、あの。…傷薬、よく効きました」

 頭の天辺からつま先まで全身鎧で守っているのに、どうやって怪我をするのだろうか。

「よかったです。すぐに店開けますね、行きましょう」
「はい、あの、道具屋さん。よければ、荷物持ちます」
「ありがとうございます、お願いしますね」

 朝市で買い込んだその足で食堂を訪ねたので、抱えるほどの荷があった。この鎧の人は気弱そうだが優しくて、意外と気に入っているミアだった。

「あらジャック、今日も来たのね。ちゃんとお家の手伝いした?」

 店の前まで行くと、ジャックが張り紙を睨みつけている最中だった。

「ミア!店閉めるなら呼んでくれよ、店番してやるから!」
「はいはいごめんね。じゃあ荷物置いてくるから店番しといて」
「おっしゃ任せろ」

 任せろといいながら、鎧の客には見向きもしないで小説の棚に直行した。素直な少年である。

「鎧さん、荷物ありがとうございました」
「どこに置けばいい」

 ミアが荷物を受け取ろうと手を差し出したが、どうやらまだ付き合ってくれるらしい。

「じゃあ台所に運んでください」

 遠慮なくこき使い、運ばせる。

「鎧さん、傷薬買いに来たんですか?まだ容器持ってるなら、中身だけ売りますよ。ちょっと割引95オルクで」

 開店まで待たせてしまった上に、手伝ってもらったお礼の気持ちだ。

「お待たせしてしまったので。今日だけ特別です、皆には秘密ですよ」

 ミアとしては完全に善意の言葉だったのだが。

「…中身だけ?」
「ええ、リサイクルってやつですね。ちょうど昨日作った所なのですぐ入れますよ」

 店に並べる容器に移した分とは別に、村人に売る中身は大きな瓶に移して保管するようにしている。昨日の今日でまだ瓶詰作業をしていないので、薬は鍋の中だ。

「道具屋さんが作ってるんですか?」

 実はこれ、違法である。

「あー」

 いや、自作の薬を売るのは何も違法ではない。ただ、ギルド指定の道具屋はギルドから送られた信頼できる物資だけを並べる義務がある。他の店と兼業の場合でも、ギルドの道具コーナーと他の商品は分けて陳列しなければならないと決められていた。しかし、やはりギルドの信頼度は高いので、同じ商品でもギルドの棚に並べた方が売れ行きがいいのである。

 この気弱そうな男の口封じをするにはどうすればいいか?瞬時にそんな物騒な思考がよぎった。

「すごいですね」

 が、鎧の男は素直に感心しているだけのようだった。
 ギルドの棚にはギルドの商品しか置いてはイケナイ。これは店側からしたら常識だが、冒険者や村人は知る由もない情報であった。

「…で、しょー!うちでしか取り扱ってないので、いっぱい買って行ってくださいね。効果を舐められても困るので、私が作ってるっていうのは内緒ですよ!」

 駆け出しから面倒見てるディーンにはバレているが、問題ない。もしバレたとしても彼はミアの味方をするだろう。まだ信用できない鎧の男を懐柔すべく、ミアは似合わないなと思いつつも可愛い子ぶりっこして接客するのだった。
 
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