賢者さまの秘密なお仕事

丸晴いむ

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「どうしたの!怪我してないでしょうね?」
「大丈夫ですよ、躓いて瓶をなぎ倒しただけです。冷やす前でしたから煙りはなくなりましたけど」

 慌ただしく上階を覗くと、ひどく散らかっていた。

「…煙も全部なくなっちゃった、せっかく沢山つくったのに」 
「形あるものはいつか還ります。気にしなくていいですよ、二人とも怪我はないですか」 
「大丈夫だけどさ、先輩って瓶のストックないよね?後でうちのもってくるわ」 

 台の上にも床にも、ガラス片が散らばっている。 
 将棋倒しになったらしく、空瓶が全滅したようだ。 
 部屋の上部が靄がかっているので、リッドが作業していた煙り瓶も被害を受けたらしい。

「あ、すぐ代わりを用意させるよ」 
「おぉ坊ちゃまは話が分かるね~ついでにちょっといい器材お願いしちゃう?」 

 弁償します、と。わりと普通な流れのように思えたが、コムシェンは機嫌を損ねたようで深いため息をついた。

「アル、壊れたものはもう戻りません。取り繕う前に言うべきことがあるでしょう」
「………重ねて悪いことをしたね」

 子供らしくない謝り方をし、そっぽを向いてガラス片を片付ける。

「アルったらプライド高いわねー街でそんなだと友達できないわよ。やっちゃったもんはしょうがないんだから、ごめんなさいでしょ」
「マリエラは素直ないい子ですね、いいんですよ言葉は人それぞれです」

 きっとロローと同じ扱いなのだろう、よしよしと褒めるようにマリエラの頭をなでるコムシェンを見て、メルテは突然テンションをあげた。

「ちょっと!コムシェン!もしかして結構気に入った!?いい感じ?」
「何のことです?」

 いきなりの問いにコムシェンの反応は薄かった。誰もメルテについていけていない様子だ。

「ねぇマリエラちゃん。2、3日でいいからバイト延長してくれない?」
「待って、今の感じからここに残るっぽいんだけど!」
「そうそう、瓶割れちゃって薬の材料がないし人手が欲しいのよね」

 畳み掛けるように押してくるメルテに、マリエラは怯んだ。
 そっと、しかし力強く手を握って懇願され逃げられない。

「急に言われても」
「急でここまできてくれたじゃない?お家にはちゃんと話しておくし、お願い。ね?」
「うううーん」

 正直、材料がなくなって困っているのは見て分かるし、家に帰ってもさして重要な仕事はない。
 遊ぶために前触れもなく仕事を手伝わない日もあるので、おそらく居なくても困られない。
 だが、今日会ったばかりでロクに話もしていない人の家に泊まるのはないなと思う。

「メルテさんもアルも帰っちゃうんでしょ?」
「そうなの、こんな状態だし私が手伝ってあげたいとこなんだけど、坊ちゃんは今日しか自由な時間がないし私も仕事があるし帰らないと。マリエラちゃんもお家の手伝いがあるのはよく分かってるんだけど…」
「いやぁ私はただの手伝いだから居なくても大丈夫なんだけど…リルはいるし」

 同情を誘う話の持っていき方に、マリエラは簡単に乗ってしまった。

「でも、えっとコムシェンさんの家に泊まりこみってことだよね、それはちょっと…」
「待ちなさい、私は頼んでませんよ。困ってるじゃないですか」

 マリエラが勢いに流されそうになっていると、家主から静止がはいった。
 メルテはすかさずコムシェンの元へ飛んでいくと、押さえつけるかのごとく重々しく肩に手を置いた。

「じじ共に、そろそろ弟子を取れって言われてなかった?明るいし素直だし器用だし、彼女いいんじゃないかしら。ロローちゃんとも上手くやれそうだし、若いし」
「マリエラちゃんいくつ?俺18~」

 傍観を決め込んでいたリッドは朗らかに口を挟む。

「15だけど、ねぇちょっと!手伝いはいいけど弟子入りは無理だからね」

 律儀に答えつつ、流石のマリエラも勝手に弟子にされるのはきちんと断った。
 しかしうっかり手伝いの方は了承してしまった。メルテが満面の笑みを浮かべたのは言うまでもない。


 ***


 アルが少し申し訳なさそうにしているので、気にしないで任せてちょうだいと胸を張る。

「僕の為だよね、ありがとう」 
「気にしないで、困ってる友達の力になるなんて当たり前なんだから。…お礼はちゃんと言えるのね?」 
「まぁね、労うのと褒めるのは得意だよ」

 からかってやろうと思ったが、不敵に笑い返された。
 まったくもって子供っぽくない。リルムは子供が嫌いだと常々いっているが、アルとは逆に上手く行くかもしれない。

「こんなに賑やかなのは久方ぶりですよ、ロローも喜んでいますし今日のところはよしとしましょう」

 今後の予定を話し合うからお茶でもしてて、と部屋を片付けながら打ち合わせをしていたメルテとコムシェンが二階から降りてきた。
 続いてリッドが降りてこないところを見ると、どうやら予定は組み終えたが掃除はまだのようだ。

「明日の夕方迎えに来るわ。家の人にはちゃんと説明するから心配しないで」 
「僕も来れる?」
「それは頑張り次第かしら」
「分かった、早く帰って予習しよう」

 見送りの為に外にでると、もう夕暮れだった。 
 外の風に当たると頭が冷えて、やっぱりどう考えても今の状況はおかしいよなと思う。 
 言ってしまったので引っ込みがつかないが、初対面の男の家にお泊まりだなんてありえないだろう。 
 しかし隣でロローがニコニコとそれはもう嬉しそうに体を揺らしているのだから、これはもうロローの家にお泊りということでマリエラは諦めることにした。
 発想の転換。それなら全然おっけー。

「また、明日来るね」
「うんまたね、待ってるわ」

 緑に飲み込まれていく2人を見ながら、そっとため息をつく。 
 ロローがおしゃべりだから間はもつだろうが中々居心地は悪い。

「さて…暗くなる前にお風呂に行ってきなさい。背もそう変わりませんし私の服でいいですね」 

 しかしコムシェンの方は気にしていない、というよりも何とも思っていないようだ。 
 渋ってはいたが結局マリエラを預かるあたり、彼もまた流されるタイプなのかもしれない。
  
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