僕は咲き、わたしは散る

ハルキ

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 4月11日 木曜日。
 
 僕は二日ぶりに病院に来た。またみらいの顔を見るのは億劫だったが、昨日あかりからラインが来たのだ。内容は ≪昨日、みらいさんとけんかしたでしょう!明日絶対病院へ来い。来ないと殺すよ≫という脅し文句だった。今日はバイトがないことを知っているから今日来るように送ってきたのだろう。
 重い足を無理やり動かし、病室の中へ入るとすぐにあかりの怒声が聞こえてきた。
 「お兄ちゃん、どういうこと!?」
 あかりは顔をしかめて僕のことを見つめていた。
 「だめ、あかりちゃん。お兄さんは何も悪くないの、全部わたしが悪いの」
 みらいは落ち込んだようにうなだれた。すぐにあかりはみらいを気遣うような目を見せるが、僕のほうへ視線を向けると睨みつけるようにすぐに目を細めた。
 「あたし、みらいさんから全部聞いたよ。自分がお兄ちゃんを傷つけることを言ったって。でも、何を言ったのか聞いたらあたしのことじゃない。おにいちゃんは怒る権利なんかないんだよ」
 話を聞いても尚更理解できなかった。みらいの言葉はあかりを忌み嫌うものだったはずだ。では、どうしてあかり自身はみらいに対してではなく、僕に怒りを向けているのだろう。
 「お兄ちゃん、みらいさんの言った本当の意味、わかってる?」
 それを聞いて僕は目を大きく開いた。本当の意味? あれはみらいがあかりに対して、不幸になってほしいという意味ではなかったのか。
 「みらいさんはね、一か月前くらいから入院してるらしいの。最初はこの病室で知らないおばあさんと一緒だったんだけれど、その人は数日で亡くなっちゃって。それからあたしが入るまでこの病室にひとりで暮らしてたんだよ。だから、みらいさんはさびしかったんだと思う」
 あかりはみらいに同情するかのように涙を見せながら語った。それを聞いて僕は大きな思い違いをしていることに気が付いたのだった。あの時、みらいに対して罵声を浴びせた自分を恥じた。みらいの言い分も聞かずに逃げるように去った自分を責めた。
 「ごめん、慎之助」
 さきに謝られた。悪いのは僕なのに。情けない。
 「ごめん、僕が悪いよ」
 「ううん、勘違いするような言い方をしたわたしが悪いの。あの日、あかりちゃんが来てくれてうれしかった。同じくらいの年の子と話すのが久しぶりだったから。けれど、あかりちゃんが一週間しかいないって聞いたとき、悲しかった。あかりちゃんも気を悪くしていたらごめんね」
 みらいはあかりに静かな微笑みを向けた。
 「みらいさん、そんなに自分を責めないでください。大丈夫です、あたしはそんなことで傷ついたり、みらいさんのこと嫌いになったりしませんから。どこかの誰かとは違って」
 あかりは明るく言ったが、次の瞬間には圧力のある眼光を僕に向けて放っていた。僕は皮肉をこめて批判されてもおそろしい妹に逆らえず、「は、はい」と敬語で答えてしまった。すると、みらいは声に出して笑った。
 「あかりちゃん怖がられてるよ」
 「こ、これはお兄ちゃんだけです」
 前ここに来た時のように笑うみらいのことを先ほどのことが嘘かのように思えてしまう。友人との喧嘩の後も普段通りにできるみらいがうらやましかった。
 「慎之介、どうしたの?」
 何か思い悩んだ表情をしていただろうか、みらいは僕に尋ねてきた。
 「あっ、そうだ、忘れてた」
 あかりが突然、大きな声を出した。何かあったのかと僕はあかりを見た。
 「仲直りの握手忘れてた」
 思わず『子どもか』と突っ込みたくなった。けれども、同時に恐ろしい妹にもこんなかわいらしい一面もあるのだと知った。
 「ほら、握手だって」
 みらいはそう言うと、僕に向かって手を差し伸べてきた。どうして、この人は異性に対して躊躇がないのだろうか。あかりを見ると、『早くしろ』という目を向けてきた。
 僕はおそるおそる手を出した。みらいは冷静に僕のことをじっと見ていた。一方のあかりは、乙女のように目を輝かせていた。
 何が楽しいのだろうか。
 みらいの手は白く、僕より一回りくらい小さかった。でも、指は細く長い。僕は心の中がそわそわしていたものの、渡辺さんとよりは緊張していなかった。
 みらいの手をつかむと、僕の身体に暖かいものが伝わってきた。それを感じていると、みらいが思い切り握ろうとしてきた。けれど、それは少し締め付けられる程度で病弱であるといやでも伝わってくる。
 みらいはつないでいた手をほどいて、満足げな表情を見せた。
 「なぁ、あかりこれでいいのか?」
 僕は少し照れ臭くなり、みらいから目をそらすのをごまかして聞いてみた。
 「うん、ばっちり」
 不安げな僕が問いかけると、あかりは親指を立ててニコッと笑った。妹に笑顔をむけられるのが久しぶりでまたも一瞬ドキッとしてしまった。
 
 

 それから、僕らは他愛のない会話をした。みらいの巧みな話術に僕とあかりは翻弄されたりもした。それでも、三人で話すのは楽しかった。まだ、僕はみらいに対して苦手意識を払拭できなかったものの、初めて気楽に話すことができる相手と認識できたのだ。
 窓の外に夕焼けが見えると、僕はふたりに別れを告げた。すると、ふたりは笑顔で見送ってくれた。次に会えるのはバイトがない日、来週の火曜日、予定ではあかりの退院日だ。四日間あかりと会えないのは不安だが、みらいがいるので心強かった。
 病室を出て廊下を歩いて角を曲がると、向こうからひとりの女性が走ってくるのが見えた。僕はその女性とぶつかりそうになったが、間一髪でそれを避けた。しかし、女性は何も言わずに、角を曲がっていった。
 一瞬だったので顔の特徴はよくわからなかったが、体と顔が入院したほうがいいのではないかと思うほど痩せていた。そして、目の下が黒かったからクマができているのだろう。ただ、先ほどの走りにはそれを思わせないほど活力があり、どこからそんな力が湧いてくるのかと疑問に思った。
 しかし、帰って料理を作ったりしなければいけないので気にせずに廊下を再び歩き出した。




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