僕は咲き、わたしは散る

ハルキ

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1.再会

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 二年前 4月8日 月曜日
 
 今日、僕は高校二年生になった。新しい教室で、新しいクラスメイトだが、全員出席とはならず僕の前だけ空席になっていた。学年が新しくなる席の位置は出席番号で決まる。僕はこれまでは出席番号は一番で、廊下側の一番前の席になることが当たり前だった。しかし、今回ばかりは欠席している人にそれを譲ってしまった。
 「えー、君たちは二年生になり先輩になる。新しく入学してきた生徒に頼られるような存在になるように」
 新しい担任はありきたりな挨拶を終えると、教室中は騒がしくなった。もうこれで帰ってもいいのだ。クラスメイト達はこれからどこに遊びに行くかと予定を話し合っている。まぁ、僕にはどこか一緒に遊びに行く友達なんていないのだけれど。
 僕はいまだに教室に残っている新しい担任を見た。担任は教壇の上に置かれている席順の表とにらめっこしながらスマホに何かを打ち込んでいた。なんのためにそんなことをしているのだろう、家に帰って覚えるためだろうか。
 「なぁ、慎之介、今日どっか行かね?」
 突然、僕の背後から声が聞こえ振り向くとそこには、一年の時にも教室が一緒だった竹下が立っていた。サッカー部にもかかわらず顔が小麦色に焼け、がっしりとした体格をしているため野球部と間違えられるほどだ。初めて出会った時は外見を見て怖気づいた僕だったが、常に微笑みを絶やさないというギャップがある。ポジションはゴールキーパーだ。
 竹下はいつものようにニコニコしながら僕のほうを見ている。僕が安易に『いいよ』と言うとでも思っているのだろうか。でも残念、僕には行けない用事があるのだ。
 「ごめん、今日はバイトなんだ」
 「そっか、そりゃ残念だ」
 断られた竹下はなぜか嬉しそうに腕組をしながら何度もうなずいた。用事が済んだなら速く行ってくれと願った。しかし、現実は僕の思い通りにはいかなかった。
 「それと、渡辺さんと同じクラスになってよかったな」
 竹下は僕の肩に腕を組んで耳元にそうささやいた。僕は渡辺さん、という言葉を聞くたび顔が熱くなった。そして、無意識に渡辺さんが座っている窓際のほうへ視線を向ける。窓際の一番後ろに座っている渡辺さんは穏やかな笑みを浮かべながら読書を楽しんでいた。そんな渡辺さんの姿を見ていると竹下に肩を二回たたかれた。
 「じゃ、頑張れよ」
 竹下は僕に応援しているぞという目をした後、教室から消えていった。僕はあいつのことが少し苦手だ。
 「す、好きじゃないから」
 竹下に聞こえるように大きな声を出して言った。しかし、もうすでに竹下の姿はなく僕の声が聞こえたのかわからなかった。
 僕が渡辺さんのことを好きだという噂は一年の時のクラスメイトで知らない者はいないほどであり、クラスが一緒になったという今、いつ渡辺さんにそれが伝わってもおかしくはない。そうなってしまったのもあの事件がきっかけだ。
 そのように考えているとクラスメイトたちが次々と教室から出ていく。僕はもう一度、渡辺さんをおそるおそる見つめた。渡辺さんは本の一字一字を丁寧に読んでおり、物語に対して慈しむような目を崩さなかった。きれいな丸顔に垂れている目と一直線に伸びる太い眉、そして・・・・・。
 僕は長い間、渡辺さんのことを見つめていた。それがいけなかったのか僕は渡辺さんと視線が合ってしまった。渡辺さんは少し驚いたような表情を見せた直後、すぐにニコッとおしとやかな笑みをこちらに向けた。僕はすぐさま視線をそらした。だが、僕の胸の高鳴りはやむことを知らず何度もあの笑顔を思い出させた。
 これからどうなるのだろう。
 新しい学級での生活を考えると胸が苦しくなる。僕は毎日、渡辺さんを意識してしまうだろう。それに加え、同じクラスメイトが渡辺さんのことを聞いてくる、そんな未来が頭の中でよぎった。どうして他人は人のプライベートなところまで足を踏み込んでくるのだろうか。そうでなければ、きっと。
 僕は机の上に伏せて寝たふりをした。すると、視界は真っ暗闇に変わり、聴覚が研ぎ澄まされたかのようだ。誰かが教室から出て行く音が聞こえる。時々、「がんばれよ」という声が聞こえた。いや、気のせいかもしれない。
 僕は渡辺さんが出ていくのを待っていた。けれど、足音だけでは本当に出て行ったのかがわからない。いつ、顔を上げようかと悩んでいると近くで足音が聞こえてきた。
 この人が出て行ったら顔を上げようかな。
 僕はそう思い、足跡の動向を音でたどる。コツ、コツ、という音の距離感をはかる。落ち着いたような足音で、女の子かなと思った。それは軽やかなリズムを刻みながら僕のほうへ近づいて、くる?
 ・・・・・・あれ?
 その音は教室の扉ではなく僕のほうへ近づいてきているように聞こえた。頬に冷や汗が流れる。そんなことない、きっと僕の席の近くを経由するだけだ。頭の中でそう念じながらも呼吸は激しさを増す。足音よりも呼吸音のほうが大きくなり距離感がわからなくなった。一度、深呼吸で気持ちを落ち着かせ、聴覚で足音を探る。しかし、いくら耳を敏感にしても足音は聞こえてはこなかった。
 「赤谷くん!」
 突然、鼓膜が破れそうなくらいの音が入ってきた。僕はまるで授業中、先生に眠っていることをとがめられたときのように起き上がった。
 僕はそのまま声をかけてきた人物を見た。暗闇から出てきたばかりなので視界は霧がかかったようにぼやけている。少しずつだが、僕の目線より頭ひとつくらい高い目の前の人物をじっと見た。
 髪は黒く、首元までの長さ。
 眼鏡をかけている。
 胸は、そんなに大きくない。
 太い眉。
 瞳は黒く、垂れさがっている。
 視界が元通りになると、僕の頭は目の前の人物を渡辺麻衣と判別する。
 えっ。
 僕の座っていた椅子の二本の脚は地面から投げ出され、僕とともに体制を崩され地面に投げ出されそうになる。だが、廊下側の席でよかった、僕は壁に手をついてなんとか転倒はまぬがれたのだった。
 僕はホッ、と一息つく。
 「驚かせちゃってごめん、けがない?」
 「うん、大丈夫」
 椅子をもとの状態に戻し、努めて明るい声で話した。この時、僕は久しぶりに渡辺さんと会話したのだった。再び、目の前に渡辺さんがいることを認識すると、しっかりと目を見ることができなかった。
 「そういえば、久しぶりだね」
 渡辺さんは弾んだ声で話す。僕はそれに対して小さなうなずきをして返した。
 一年の時は僕と渡辺さんは違うクラスだった。そのため、顔を合わせることがほとんどなく、クラスの合同授業で偶然となりになったときくらいしか話をする機会がなかった。その時にも、僕が渡辺さんと会話できていたのか怪しいのだけれども。それは今回も例外ではない。
 「うん、そう、だね」
 「今日、よかったら、一緒に、帰らない?」
 「・・・・・・えっ?」
 渡辺さんはひとつひとつ言葉を吐き出すように言った。僕は渡辺さんと一緒に帰ったことがない、それどころかお互いが一緒に帰ろうと誘ったこともなかった。あまりにも突然のことに僕の頭が思考するのをやめてしまう。
 「いきなりでごめんね、無理に一緒に帰らなくていいから」
 僕が渡辺さんと帰るのが嫌と勘違いされているのか
 「いや今日、バイトあるから、途中までで、いいかな?」
 「うん、ありがとう」
 渡辺さんはそう言うと口元をほころばせた。
 
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