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第一章 闖入者

1 討伐戦

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 その日我がもとに転がり込んできたのは、やはり「ニンゲン」と呼称される一族のひとりだった。
 ニンゲンたちは、数が多い。一人ひとりは脆弱そのものの存在なのだが、集団になり、力を合わせることで思わぬ威力を発揮することが可能な生きものたちである。
 彼らはそれぞれの得意分野における上級者で集まって「パーティー」などと呼称される一団を作り、我と我の配下の者ら──事実上は別に配下などというものではないが──を「討伐」するために、はるばる遠路を越えてやってくる。

 彼らの言い分はこうだ。
 いわく、
『オークの魔王とその配下により、我ら人間世界は窮地に立たされている』。
 曰く、
『彼ら魔族の侵略を阻止し、頭目たる帝王オークを撃破することこそ、我らが生き延びる最前にして唯一の道』。

 反論したき儀は諸々あるなれど、それが彼らの主張であることは間違いない。
 彼らには我らの言語がまったく通じぬ。ゆえに話し合いが成立したことはかつてなく、彼らはただただ、己が主張のみを信じて攻撃を仕掛けてくるのだ。

 そして今日も、そのパーティーがいくつか集まり「レイド」と呼称される一群をもって、彼らはこのひなびた北の隠居場所へとやってきたのだ。
 
 いつものごとく、「戦い」は呆気なく終了した。
 我は我が身と精神こころに防御をほどこし、最小限の攻撃で彼らを遠ざけようと試みた。レイドを構成するニンゲンたちは弾き飛ばされ、ある者は頭を四散させ、ある者は手足をもがれてただの肉の塊と化し、その場で動かなくなった。
 いつものことだ。
 我がいかに細心の注意を払おうとも、彼らの脆い体はいともたやすく壊れてしまう。

 最後にたった一人残った「勇者」と呼称される者が、細身の「魔法使い」らしき者を抱きしめて俺を見上げた。「魔法使い」はすでに動かぬむくろと化している。躯はすでにあちこちが欠損し、体じゅうを体液の色に染めている。

「アリシア……アリシアっ! しっかりしろ。目を開けてくれ……!」

 ニンゲンには大まかに分けて二種類がある。彼らはそれを「男」と「女」と呼称するが、要はオスとメスの違いであるようだ。彼らはその二性をもって生殖活動を行うのである。ただしこの二性はきっぱりと綺麗に分かれるものではなく、かなり流動的なものでもあるらしい。
 ともかくも。
 今回の勇者はオスであり、魔法使いはメスだった。
 勇者は血みどろの顔をあげ、我を憎しみにまみれた眼光でにらみ据えた。

「貴様っ……貴様! 絶対に許さん。俺のアリシアを──」

《ならば、左様な者をここへ伴ってこぬがよい。なぜそなたは、左様に大切なメスを斯様かような場所へいざなったのか》

 「ヒト」は「ヒト」たる者のいるべき場所にとどまっておればよい。このような場所へ来て、まして我に攻撃を仕掛けるとなれば、どんな結果が待ち受けているかは明白ではないか。彼らには、そのような覚悟も予期もないのであろうか。
 だが、我が何を語り掛けても無駄だった。
 我らの言葉は、この者たちには理解できぬ。
 ただ雷鳴が轟くように、巨岩が砕け散る音のようにしか響かぬらしい。われが言葉を尽くして語り掛けても、彼らはいつも耳を押さえて悲鳴を上げるのみだ。
 今回の勇者もまた同じだった。

「ぐわああっ! あ、頭が……!」

 彼らは我らを頭から「知能なき者」だと見做みなしている。そもそも言葉の質が違うゆえ、意思の疎通がままならぬだけなのだったが、それを単純に「低級な知能しか持たぬゆえ」「下等生物のごとき愚かな者ゆえ」と、自分に都合よく判断しているのだ。
 我は知らず、哀れみを覚えて沈黙した。
 いつもこうなのだ。
 彼らは、自分が理解できる範囲の外のことを、大抵は見下し馬鹿にし、己よりも低いものよと認定して安堵する。どうやら他者を見下すことに大いなる優越心と安心を覚える生きものであるらしいのだ。

 だとするならば。
 我がそなたらを「愚かなり」と認定するとしても、せいぜいがお互い様というものであろうに。
 そう思いながらじっと見ているうちに、勇者はぐらりと頭をふらつかせ、その場にどしゃっと崩れ落ちた。気を失ったのだ。
 周囲の地面に広がる色を観察するに、相当の体液を失っている。このままでは、この者もすぐにその手に抱いたメスのあとを追うは必至だった。

 その時、我が左様なことをしたのはほんの気まぐれにすぎなかった。
 我はそっと指をさし出し、大地と大気の《気》を集めてその者の身体に送り込んだ。彼らが「生気」と呼ぶそれだ。彼らのうちのいくたりかは、この術のほんの欠片を使うことが可能なのだが、ニンゲンの能力でかの者を救うのは不可能のはずだった。

 勇者の傷が見る見る塞がり、体液が温存され、回復していく。
 気を失ったままの勇者を、我は自分の《気》で作り上げた檻のなかに寝かせておいた。体温が下がりすぎぬよう、周囲に気温調節の《気》も張りめぐらせておく。
 ほかのもの言わぬ躯については、周囲を蠢く者たちが好きにするに任せておいた。
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