上 下
129 / 143
第十一章 両国を巻きこんで動きだします

6 いきなり一触即発です

しおりを挟む

「……はあ。なるほど、そーゆーことを考えてたんスね」
しかり」
 魔王、ふははっと楽しそうに笑った。
「どうだ、《奇跡の聖女》としてはそれは不満か?」
「え? いや、ええっと……」

 いや、ちょっと待ってよ。話の進みが急に早くなりすぎてね?
 俺、ちょっと考え込んじゃった。

 別に俺、自分の──っていうか本来はシルヴェーヌちゃんのだけど──能力にものすごく執着してるわけじゃねえ。怪我をしてたり、ひどい病気だったりする人を助けてあげられるのはすごくいいなって思うけど、軍事的にも大きな意味を持つことがわかってからはちょっと微妙な気分になってたしさ。
 実際、この力はこうやって帝国と魔族の国で議論しなきゃなんないほど大きな問題、大きな存在になっちまってる。ただの若い女の子がたったひとりで背負うには、これは重すぎる能力だと思うんだよ、正直なとこ。

 俺は包み隠さずに、ぽつりぽつりとそんなことを話した。
 魔王はなぜか満足げな顔で俺の話を聞いていた。周囲の重臣たちはほとんど息を止めたように静かに聞いてくれている。帝国の人々も同じだった。
 俺がひと通り言いたいことを言ったのを見届けて、ゆっくりと魔王は言った。

「先ほどは『魔力を分ける』という言い方をしたが、実際は『器を分ける』と言うのが正しい。そなた自身が膨大な魔力を溜めておける、巨大な器なのだと言える。その能力を、わが娘と分け合う形にしたいという話だ」
「ふ、ふーん……? あ、でも、ウルちゃんはもともと魔力があるわけでしょ? それで本当に俺とウルちゃんがイーブン……同じ状態になるんスか?」
「いい質問だ」

 やっぱり楽しそうだな、魔王。なんでこの人、こんな場面でこんなに楽しそうなんだろう。いい気なもんだぜ。

「当然、そこは考える。要は、現在のそなたと娘の魔力量を足して半分にした量に調整する、ということだな」
《……なるほど》
 答えたのは宗主さまだった。
《しかしやはり、マグニフィーク大尉の体に負担がないはずがない。術式の精査は必須かと》
《うむ……》

 と、皇帝陛下がうなずいた時だった。
 魔王が突然、まとう雰囲気をがらっと一変させた。

(ううっ……!?)

 なんだこの殺気。
 部屋の温度が一気に十度は下がったぞ。
 魔王は笑ったままの歯の間から押しだすように言った。

「そなたらは、なにか勘違いをしているぞ。それとも、我ら魔族をさほどまでにあなどっているということか?」
《いや、左様なことは──》

 皇帝陛下が言いかけたときだった。

「ヒッ……!? 」
《ケントッ……!》

 瞬時に場が凍りついた。あっちも、こっちも。

「……くふっ」

 俺の喉が鳴る。
 首筋すれすれのところに、恐ろしく研ぎ澄まされた刃がぴたりと当てられていた。少しでも動けば、俺の喉笛が血を吹き出すだろう。いつのまにか魔王の手に、魔力で作り出したらしい鋭い氷の刃が現れていたんだ。それがまっすぐに、俺の喉を狙っていた。

「あまりにも時間を浪費する議論なら、初めからせぬほうがマシだと思うが? 余が提案しているのは、そなたらにとっても決して悪くはない話のはずだぞ」
《……お待ちを。どうか落ち着いて》
 低い声で言ったのは宗主さまだ。
「余は十分落ち着いている。この娘がこの世から消えるだけでも、我ら魔族にどれほどの益があると思っているのだ? それをわざわざ『器を分けて解決してやろう』と申すのに、一体何が不満なのだ、貴様らは」
「ちっ、父上──いえ、陛下!」

 悲痛な声をあげたのはウルちゃん。
 そして。

「ギャウルルルウッ!」

 凄まじい唸り声とともに俺の体をなにかがぐいっと後方へ押しのけた。氷の刃を押しやったその体の赤い鱗が見るみる目の前で膨らんでいく。
 ドットだ。
 ドットが例の巨大なドラゴンの体に戻って牙をむき、ペリドットの瞳を燃え上がらせて魔王を睨みつけていた。周囲にいた重臣たちが「ひええっ」と叫び声をあげて席を立ち、逃げまどう。
 でも、魔王は微動だにしない。
 冷ややかな笑みを頬にはりつけたまま、氷みたいな目で俺とドットを眺めているだけだ。そこには一片の温もりもない。

(──ああ。やっぱりこいつは魔王なんだ)

 俺はこいつのこと、「ちょっといいヤツかも」なんて思い始めていた自分を叱咤した。
 なにをどうやったって、こいつは魔王。魔族の王だ。
 この交渉がうまくいかなければ俺を殺すことぐらい、なんとも思ってないヤツなんだ──。

「ドット! ダメだ、やめろっ!」

 いくらドットでも、この魔王にかなうはずがない。
 なんなら一撃で瞬殺される。俺をかばってる場合じゃないよ!
 でも、ドットは威嚇の姿勢をやめない。今にも魔王に飛びかかりそうだ。

 が、突然魔王は手にした氷の刃を消滅させた。
 まるで嘘みたいだった。

「──と、いうこともどうか念頭に置いて検討してもらいたい」
「って。え、えええっ……?」
「あ、あの……お父様」
「なんだ? 余が本気だとでも思ったか。みんな肝っ玉が小さすぎるぞ」

 ふはははは、と大笑いして、何事もなかったみたいに席に座って足なんか組んでやがる。
 ……おい! なんだこいつ。
 冗談でもやめろや、こんなこと。もうちびりそうになっちゃったじゃん!

 もちろん、それは俺だけじゃなかった。あっちでもこっちでも、音にならない溜め息と「どっと疲れた」みたいな顔のオンパレードだ。
 ママンはとっくに泣きだしちゃっていて、パパンとベル兄が必死になだめている。皇子は立ち上がり、剣のつかに手を掛けて恐ろしい目で魔王を睨みつけている。歯ぎしりがここまで聞こえてきそうだ。
 ああもう。落ち着いてよ、皇子。
 やがて、頭を抱えた皇帝陛下がやっと言った。

《……御冗談が過ぎまするぞ》
「これを冗談で済ますか否かはそちら次第だ。返答は期待している」

 魔王はどこまでもしれっとした顔だった。
 そしてやっぱり何ごともなかったかのように茶をすすっている。
 こっ……こいつ!
 俺はどうにかドットをなだめ、ドットもようやく唸り声をおさめてもとの姿に戻ってくれた。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

夜の声

神崎
恋愛
r15にしてありますが、濡れ場のシーンはわずかにあります。 読まなくても物語はわかるので、あるところはタイトルの数字を#で囲んでます。 小さな喫茶店でアルバイトをしている高校生の「桜」は、ある日、喫茶店の店主「葵」より、彼の友人である「柊」を紹介される。 柊の声は彼女が聴いている夜の声によく似ていた。 そこから彼女は柊に急速に惹かれていく。しかし彼は彼女に決して語らない事があった。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

処理中です...