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第十一章 両国を巻きこんで動きだします

6 いきなり一触即発です

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「……はあ。なるほど、そーゆーことを考えてたんスね」
しかり」
 魔王、ふははっと楽しそうに笑った。
「どうだ、《奇跡の聖女》としてはそれは不満か?」
「え? いや、ええっと……」

 いや、ちょっと待ってよ。話の進みが急に早くなりすぎてね?
 俺、ちょっと考え込んじゃった。

 別に俺、自分の──っていうか本来はシルヴェーヌちゃんのだけど──能力にものすごく執着してるわけじゃねえ。怪我をしてたり、ひどい病気だったりする人を助けてあげられるのはすごくいいなって思うけど、軍事的にも大きな意味を持つことがわかってからはちょっと微妙な気分になってたしさ。
 実際、この力はこうやって帝国と魔族の国で議論しなきゃなんないほど大きな問題、大きな存在になっちまってる。ただの若い女の子がたったひとりで背負うには、これは重すぎる能力だと思うんだよ、正直なとこ。

 俺は包み隠さずに、ぽつりぽつりとそんなことを話した。
 魔王はなぜか満足げな顔で俺の話を聞いていた。周囲の重臣たちはほとんど息を止めたように静かに聞いてくれている。帝国の人々も同じだった。
 俺がひと通り言いたいことを言ったのを見届けて、ゆっくりと魔王は言った。

「先ほどは『魔力を分ける』という言い方をしたが、実際は『器を分ける』と言うのが正しい。そなた自身が膨大な魔力を溜めておける、巨大な器なのだと言える。その能力を、わが娘と分け合う形にしたいという話だ」
「ふ、ふーん……? あ、でも、ウルちゃんはもともと魔力があるわけでしょ? それで本当に俺とウルちゃんがイーブン……同じ状態になるんスか?」
「いい質問だ」

 やっぱり楽しそうだな、魔王。なんでこの人、こんな場面でこんなに楽しそうなんだろう。いい気なもんだぜ。

「当然、そこは考える。要は、現在のそなたと娘の魔力量を足して半分にした量に調整する、ということだな」
《……なるほど》
 答えたのは宗主さまだった。
《しかしやはり、マグニフィーク大尉の体に負担がないはずがない。術式の精査は必須かと》
《うむ……》

 と、皇帝陛下がうなずいた時だった。
 魔王が突然、まとう雰囲気をがらっと一変させた。

(ううっ……!?)

 なんだこの殺気。
 部屋の温度が一気に十度は下がったぞ。
 魔王は笑ったままの歯の間から押しだすように言った。

「そなたらは、なにか勘違いをしているぞ。それとも、我ら魔族をさほどまでにあなどっているということか?」
《いや、左様なことは──》

 皇帝陛下が言いかけたときだった。

「ヒッ……!? 」
《ケントッ……!》

 瞬時に場が凍りついた。あっちも、こっちも。

「……くふっ」

 俺の喉が鳴る。
 首筋すれすれのところに、恐ろしく研ぎ澄まされた刃がぴたりと当てられていた。少しでも動けば、俺の喉笛が血を吹き出すだろう。いつのまにか魔王の手に、魔力で作り出したらしい鋭い氷の刃が現れていたんだ。それがまっすぐに、俺の喉を狙っていた。

「あまりにも時間を浪費する議論なら、初めからせぬほうがマシだと思うが? 余が提案しているのは、そなたらにとっても決して悪くはない話のはずだぞ」
《……お待ちを。どうか落ち着いて》
 低い声で言ったのは宗主さまだ。
「余は十分落ち着いている。この娘がこの世から消えるだけでも、我ら魔族にどれほどの益があると思っているのだ? それをわざわざ『器を分けて解決してやろう』と申すのに、一体何が不満なのだ、貴様らは」
「ちっ、父上──いえ、陛下!」

 悲痛な声をあげたのはウルちゃん。
 そして。

「ギャウルルルウッ!」

 凄まじい唸り声とともに俺の体をなにかがぐいっと後方へ押しのけた。氷の刃を押しやったその体の赤い鱗が見るみる目の前で膨らんでいく。
 ドットだ。
 ドットが例の巨大なドラゴンの体に戻って牙をむき、ペリドットの瞳を燃え上がらせて魔王を睨みつけていた。周囲にいた重臣たちが「ひええっ」と叫び声をあげて席を立ち、逃げまどう。
 でも、魔王は微動だにしない。
 冷ややかな笑みを頬にはりつけたまま、氷みたいな目で俺とドットを眺めているだけだ。そこには一片の温もりもない。

(──ああ。やっぱりこいつは魔王なんだ)

 俺はこいつのこと、「ちょっといいヤツかも」なんて思い始めていた自分を叱咤した。
 なにをどうやったって、こいつは魔王。魔族の王だ。
 この交渉がうまくいかなければ俺を殺すことぐらい、なんとも思ってないヤツなんだ──。

「ドット! ダメだ、やめろっ!」

 いくらドットでも、この魔王にかなうはずがない。
 なんなら一撃で瞬殺される。俺をかばってる場合じゃないよ!
 でも、ドットは威嚇の姿勢をやめない。今にも魔王に飛びかかりそうだ。

 が、突然魔王は手にした氷の刃を消滅させた。
 まるで嘘みたいだった。

「──と、いうこともどうか念頭に置いて検討してもらいたい」
「って。え、えええっ……?」
「あ、あの……お父様」
「なんだ? 余が本気だとでも思ったか。みんな肝っ玉が小さすぎるぞ」

 ふはははは、と大笑いして、何事もなかったみたいに席に座って足なんか組んでやがる。
 ……おい! なんだこいつ。
 冗談でもやめろや、こんなこと。もうちびりそうになっちゃったじゃん!

 もちろん、それは俺だけじゃなかった。あっちでもこっちでも、音にならない溜め息と「どっと疲れた」みたいな顔のオンパレードだ。
 ママンはとっくに泣きだしちゃっていて、パパンとベル兄が必死になだめている。皇子は立ち上がり、剣のつかに手を掛けて恐ろしい目で魔王を睨みつけている。歯ぎしりがここまで聞こえてきそうだ。
 ああもう。落ち着いてよ、皇子。
 やがて、頭を抱えた皇帝陛下がやっと言った。

《……御冗談が過ぎまするぞ》
「これを冗談で済ますか否かはそちら次第だ。返答は期待している」

 魔王はどこまでもしれっとした顔だった。
 そしてやっぱり何ごともなかったかのように茶をすすっている。
 こっ……こいつ!
 俺はどうにかドットをなだめ、ドットもようやく唸り声をおさめてもとの姿に戻ってくれた。

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