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第十一章 両国を巻きこんで動きだします

4 議論は渋滞しまくりです

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 最初にやったのは、話し合いのための土台づくりからだった。俺にはこういう交渉のセオリーなんてまるでわかんないので、事前にウルちゃんに指南してもらったんだよな。

 まずは誓約。
 誓約ったって、お互いに崇拝する神みたいなもんは違うから、あくまでも単なるこの場だけの約束ごとだ。
 内容としてはお互いに、この話し合いについている間は完全休戦、いっさいの攻撃をしかけないこと、などなど。
 武力攻撃は当然として、言葉による攻撃もご法度はっと。相手に対してあんまり無礼で攻撃的な発言をした者は、魔王や皇帝の判断で「今後の発言は禁ずる」と言われ、それでもダメなら退場させられる。
 そりゃそうだわな。学級会とかで、話を混ぜっくりかえすだけで相手の気分を害することしか言わないやつっているけど、ほんと時間のムダになるもん。

 武力攻撃で思い出したけど、実は今回、お互いに相当な規模の軍隊を会談場所の周囲に控えさせている。
 なにしろ、ここには両方の国の主要メンバーが集まっている。もしも、たくさんの魔導士をそろえて《転移魔法》を使えば、その軍隊を一気に相手の陣営になだれこませることだって不可能じゃないんだ。もちろんかなり大変な作業だけどな。
 だからお互い、かなりの防備を固めてこの場に臨んでるってわけ。

 そして次の確認は、互いの立場と主張に関してだ。
 水掛け論や泥仕合どろじあいになる確率の高い話題は、最初から除外しておく。時間のロスが激しいからだ。
 たとえばこの数百年やってきたこの戦争で、どちらがより優勢だったか、軍隊が優秀だったか……なんていう不毛な話はしないってことね。これまた当然。だから、戦後補償の話もしない。だって戦後補償ってのは、負けた側が勝った側に渡すもんだからな。今回についてはどっちが勝ったか負けたかを問題にしないんだから、これも当然。

 でもお互いの大臣の中にも、肉親を殺されたりさらわれたり、領地を破壊されたりしていて感情的になりやすい人はどうしてもいる。
 「ですからこうした会談は難しいのですわ」とウルちゃんは言った。確かにそうだよね……。

 和平交渉の面々は、それからやっと話し合う内容の確認に入った。ここまでで、すでに軽く二時間は経過している。

《こちらがなにより懸念しているのは、そちらの捕虜、シルヴェーヌ・マグニフィーク大尉の今後の処遇です》

 発言したのは、たしか帝国の国務長官って役職のオッサンだ。

《大尉の持つ強大な力についてはこちらも存じ上げている。このまま貴国に身柄を預けたままというのは、いかにも無理があろうかと》
「なぜだ?」魔王はにやりと笑って応じた。「こちらは彼女を、至極丁寧にお預かりしているつもりなのだがな」
《そういう問題でないことはお分かりのはず》

 鼻白んだ国務長官に代わって、おだやかな声で答えたのは皇帝陛下だった。

「はて。ではどういう問題が?」

 魔王はひたすら、にこにこしている。
 まったく。お得意のすっとぼけが始まったぞ。
 当たり前だろ? 帝国もすでに、俺が魔族の国の辺境で魔獣の群れを一瞬で赤ん坊の群れに変えちまったことは聞いてるだろう。つまりそれは、数年後にはまた魔族軍に大量の魔獣が供給されることを意味する。
 このまま「シルヴェーヌ」が魔王に協力することが続けば、両国の力の均衡は大きく傾くことになるわけだ。

(つまり、シルヴェーヌ……ってか問題なわけだよなあ──)

 ここまでくると、自分に与えられた能力のあまりの大きさと影響力について考えないわけにはいかない。と言っても、どう考えりゃいいかもわかんねえし、ひたすら頭が痛いだけだ。
 こうなっちゃうと、もう俺個人がどうしたいかなんてことは棚のはるか上にうっちゃられてる。国同士がどうやって今後の力のバランスをとるのかって問題になっちゃってるからな。
 ある程度話が進むと、会談はほとんど「マグニフィーク大尉を戻してくれ」「いや戻せぬ」みたいな押し問答だけになってきた。

(こりゃダメだ)

 聞いてるだけで疲れる。もううんざりだ。ただし、言い合っているのはお互いの臣下たちだけで、皇帝陛下も魔王も黙ってことのなりゆきを見守っている。

 そのあいだ、俺もあっちのクリストフ皇子も、終始無言だった。
 あまりにも自分個人の問題と直結している時、こういう会議に口をさしはさむのって難しい。でもきっと、この中で誰よりも「帰りたい」「返してほしい」って願ってるのは俺たちふたりだっただろうけど。もちろんパパンやママンやベル兄もな。
 皇子は議論の間じゅう、ずうっとひたすら俺を見ていた。悲しそうな目で、食い入るように。
 俺も負けじと皇子の顔を見つめ返していた。

(そんな悲しい顔、すんなよ)
(きっと戻る。きっと俺、あんたのもとに戻るから──)

 そんなことを、ずっと考えながら。
 そうして、遂に。

「さて。議論も白熱してきたところで、余からひとつ提案があるのだが。よろしいかな? 帝国の皆々さま」

 「白熱」どころかいい加減議論が煮つまってしまったこの場面で、魔王がゆったりと口を開いた。
 およそ「煮詰まった議論」に参加していた人とは思えないほど余裕の口調で。
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