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第十一章 両国を巻きこんで動きだします
1 ナイショ話なんて不可能です
しおりを挟むそれから数日。
俺は自分の──そう言いきるには語弊がありすぎだけど──部屋にこもって、ずっと鬱々と考えた。
やっぱ、皇子や帝国のみんなに連絡すべきなのか。そりゃそうか。
あと、シルヴェーヌちゃんにはなんて言おう。
もしも俺とシルヴェーヌちゃんがもと通りの体に戻れることになったとして、彼女は今の状況を負担に思わずに済むだろうか?
「んん~っ。難しい……」
ばりばり髪を掻きむしる。
あっちの世界で、シルちゃんはシルちゃんなりに野球をやったり勉強したり、充実した生活を送っているのは知っている。姉貴の助けを得て、それなりにうまくやっていけてることもだ。
それがいきなりこっちに戻って、今の「マグニフィーク大尉」として、または魔族の国の捕虜として魔族軍に協力しながら生きる生活になったら、ものすごーく困ったりしねえかなあ。
てか、困らねえわけがねえわな。
特に帝国ではすでに「シルヴェーヌ・マグニフィーク大尉」は「世紀の救世主」とか呼ばれて祀り上げられてるわけで。異世界へぶっとぶ前はいろいろあって部屋にひきこもってたぐらい内気だったシルちゃん自身は、そういう立場がうっとうしいと思うかもしんない。
ああ、悩ましい。どうしたらいいんだろ。
「ん~。でもまあ、こういうのは本人に訊いてみなくちゃわかんねーか……」
そう思ったんで、俺はそこからシルちゃんの連絡を待ち構えることになった。
期待したよりも早くその日は訪れた。
確かあっちは、こっちより三倍遅く時間が流れているはずだ。だからこっちから見ると、連絡と連絡の間はどうしても間遠になる。
その夜、俺は自分の寝室でまたベッドにもぐりこみ、彼女との通信をおこなった。
《……そうだったのですね。正直、心から驚きました。まさか魔族の国で、あなたがそこまでのご活躍をされるだなんて》
シルちゃんの心の声からは、言葉のとおりすごく驚いてる感じが伝わってきた。
魔王に聞かれてるとやっぱりちょっとマズいんで、俺もできるだけ心の声で返事をしている。
《いや、それは言い過ぎだって。俺自身もびっくりしてるぐらいでさ。……でね? 一応、俺と君がもと通りになれるように魔王にはお願いしてみたけど、うまくいくかどうかはわかんない》
《そうですか……》
《えっと。……それでね? もし成功したとして、シルちゃん、困ったりする……かな? やっぱり》
《えっ? ええと……》
さすがにシルちゃん、言い澱んだ。
《ううん……そうですね。あまりにもあなた様の功績が素晴らしいので、正直、気後れするのは本当なのですけれど。わたくしなんかに、とてもその後継が務まるとは思えませんし》
《そ、そんなことないよっ! でも……微妙な気分になるってのは、そーだよね》
俺、がっくりしちゃう。
うん、予想通りの反応だ。無理もないけどさ。
《シルちゃんは俺みたいにガサツじゃねえもんな。ごめんね、勝手なことばっかしちゃって》
《あっ。そんな。謝らないでくださいませ!》
逆にシルちゃんは慌てたみたいだった。
《ケントさんがなさったことは、どれも誠実で優しくて、素晴らしいことだったと思っています》
《え、ほんとに……?》
《本当ですとも! どれもこれも、みなさんのことを考えての行動ですもの。それも、帝国と魔族の区別なく無私のお気持ちでなさったことではありませんか。それはとても尊いことです。わたくしなんかの体と魔力を使ってそんなことまでできるのだと……むしろ感動しているぐらいなのですわ》
《そ、そう……?》
《ええ》
シルちゃんは微笑んだらしかった。
《ですが、問題は多うございますわね》
《うん。そうなんだよなあ──》
《なにより、あなた様のその強大な魔力と行動力は、第一のネックになろうかと思います》
《え、この力が……? どゆこと?》
思わぬことを言われてきょとんとした俺に、シルちゃんは「もちろんですわ」と優しく言った。
《健人さんが今お持ちの力は非常に素晴らしいもの、魅力的なものです。為政者というものは、大きな力を他国に奪われることや占有されることを極度に嫌うものでしょう。魔王は当然ですが、畏れながら帝国の皇帝陛下もそれはご同様なのではないかと》
《ん? そうなの?》
《ええ》
シルちゃんの声は少しだけさびしそうに聞こえた。
《決して攻撃的な力ではないとは言え、やはりその力は両国とも手放したくはないものでしょう。もしもわたくしと健人さんが無事にもと通りの体に戻れたとしても……今のままでは、恐らくわたくしは、魔王のもとに留め置かれることになろうかと思います》
《ええっ! そ、そんな》
そんなのあるかよ。
俺はシルヴェーヌちゃんを家に戻してあげたいのに!
「そんなのダメじゃん! 意味ねえじゃんっ! シルちゃんがこっちで捕虜のままなんじゃ、入れ替わる意味なくなるじゃねえかよっ」
気が付いたときには、もう叫んでいた。
つい、思念じゃなくて自分の口で。
(しまった。魔王に聞かれちま──)
ハッとして口をおさえたけど、もう後の祭りだった。
なぜなら次の瞬間、俺の部屋の真ん中に魔王が出現していたからだ。
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