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第十章 問題解決に向けて突っ走ります
2 ヘビににらみつけられます
しおりを挟む「でも……。じゃあ、なんでさらに『恨み』を積み上げたんスか?」
「なに?」
魔王の目がギラッと光った。
ウルちゃんがハッとして目をあげる。「いけません」と言わんばかりの心配そうな目が俺を見つめている。
正直に言おう。俺は怯んだ。怯んだけど、それでも自分の口を止めることができなかった。
「だったらなんで、俺を攫うために第一騎士団を──あいつらを全滅なんてさせたんスかっ……!」
そうだ。
こいつほどの力があれば、護衛たちの目を盗んで俺ひとりを攫うなんて簡単なことだったはずじゃないのか。宗主さまの加護もあったから、まあそこまで簡単とは言えなかったにしてもだ。
騎士団の奴らは、みんないい奴だった。俺は野球を通じてみんなとすっかり仲良くなり、気の置けない間柄になっていたから。
特に同期入隊だったアンリ。あいつとはこれからも、一緒に訓練や野球ができるって勝手に思ってた。
さばさばしてて、見た目はちょっと怖いけど心根はあったかくて、本当にいい奴だったのに。田舎に両親や小さな弟、妹たちがいるとも言ってたな。みんな、あいつの死をどんなに悲しんでいるだろう。それは俺なんかの比じゃないはずだった。
俺だって、もちろん悲しい。
その現場には居合わせなかったけど、どんなに惨い死に方をしただろうって思うだけで、今でも体が震えてくる。もう二度とあいつに、あいつらに会えないんだって思うと目の前が真っ暗になってしまう。
「あんたらにとっては憎い敵でも、俺にとってはあいつらは大事な仲間だった。……皇子のことだってそうだ。俺と交換するためだけなら、なにも……あんな風にっ──」
あの時の皇子の惨状を思い出して、俺は思わず言葉につまった。
「あんな風に傷つける必要がどこにあった? 俺をつれにきた隊長は『部下が勝手にやった』とかほざいてやがったけどよ。あんたがひと言『傷つけるな』って命令してりゃあ、あんなことにはならなかったんじゃねえのかよ!」
魔王はなんとなく、不思議な目の色になって沈黙している。その瞳の意味は不可解だった。
俺と魔王との間にはさまったウルちゃんひとりが、俺たちを見比べるようにしておろおろしている。
「あれを許しちまったのは、やっぱりあんたの間違いだったと俺は思う」
「ふん」
魔王はせせら笑った。
「ついこの間生まれたばかりのような小娘が、小賢しいご意見を垂れてくれるではないか。なるほど、それには一理ある。だが残念だ。お前にはなにも見えていない」
「それはそうかもしんねえよっ! でも──でも、それでも俺は」
「限られた情報をもとに下す結論ほど愚かしいものはないぞ」
「……っ」
俺はテーブルの下で、膝の上の拳をにぎりしめた。
手の中は、もう汗でいっぱいだった。体だってそうだ。ずっと勝手に震えちまってるしな。
──怖い。
本当は怖かった。
人間なんて小指の先どころか、鼻息ひとつで抹殺できるような奴を相手に、サシでこんな恨みごとを並べるのは。
でも、やっぱり止められなかった。どうしようもなく、やるせない怒りと悲しみがそれを上回ったんだと思う。
でもその感情とは反比例して、俺の声は弱々しく、掠れて揺れていた。
「やっぱり……許せねえ。誰かを『殺す』ってのは、そういうことだと思う。遺されたもんが、殺した奴への永遠に消えねえ恨みを抱くもんなんだ、って。それが子孫に引き継がれて、憎しみは延々とつづくんだ。……だからやっぱり、あんたのやり方は間違ってる」
気づいてなかったけど、俺はいつのまにか立ち上がっていた。
ドットが俺のすぐ脇にきていて、緊張したとき特有の低い唸り声をあげ、猫が相手を威嚇するときみたいに背中を丸くしている。
一触即発。
まさにそんな感じだった。
「シルヴェーヌ様っ! どうか、どうかもうそれ以上は!」
その瞬間、ウルちゃんが椅子を鳴らして立ち上がり、俺の目の前へすっ飛んできた。細身だけど大きな体で、魔王と俺の間に立ちふさがる。細くて長い両腕を広げて俺を守るようにしてくれた。
「お父様も、どうかそのくらいで。シルヴェーヌ様が我が国の民にとって重要な恩人であることに変わりはありません。このかたに癒されて、重篤な状態から救い出され、心から感謝の念を抱いている者は非常に多いのですから」
重苦しい沈黙が部屋を満たした。
俺は喘いだ。
なんだか空気が重くなり、自分の体重が普段の十倍ぐらいになったような気がしたからだ。
うまく息が吸えねえ。
目に見えるわけじゃねえけど、そのとき確かに俺は見た気がした。少年の姿をした父と長身の娘の間に、冷たい火花が散っているのを。
「……ふん」
やがて魔王が、いきなり緊張を解いた。
(ううっ……)
とたん、急に体が軽くなり、どっと背中に冷や汗が噴きだした。と同時に心臓がばくばくとやかましく打ち始める。ぐらり、と視界が暗くなる。
今にも倒れそうになって、俺はすんでのところでテーブルに両手をつき、どうにかこらえた。
(なんって、圧力なんだよ──)
それで初めて、自分が思っていた以上の圧力を感じていたことを知った。
ヘビににらまれたカエルって、きっとこんな気分に違いない。
やっぱりやべえ。
こいつとは絶対、ことを構えちゃダメだわ。
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